【第6話】
翌日、学校へ行くと真っ先に敦が未由に声を掛けて来た。
「未由。昨日誕生日だったんだって?」
「えっ、ええ」
未由は大きな包みを渡されて、思わず戸惑いの表情を浮かべた。
「一日遅れたけど」
敦の差し出した包みは、思わず躊躇してしまう大きさがあった。
「あ、ありがとう」
未由はとりあえず笑顔で「いいの?こんな大きいの貰って」
「そんな、たいしたもんじゃないよ」
敦は笑いながら「昨日休むんじゃなかったなぁ」
「あ、いいなぁ。未由ばっかりモテモテで」
後から教室に入ってきた麻須美が言った。
「麻須美の誕生日にもプレゼントあげたろ」
敦が言った。
「なんか、大きさが全然ちがう」
麻須美が冗談混じりに口を尖らせて笑った。
闇に浮かびあがるビルのシャンデリア。連なる街路灯とそこを行き交う車の群れ。
高所から眺める東京の夜の街は、光のペイジェントに溢れている。
その夜、学校が終わってから未由は、敦に誘われて池袋サンシャインビルの最上階にあるフランスレストランにいた。
「こんな所、初めて来たわ。高いんでしょ?」
未由は左右に並べられた複数のナイフとフォークを見て
「どれから使うのかさっぱりわかんない」
「あはは、未由は一緒にいると和むよ」
敦はそう言って笑った後、ワインを注ぎに来たウエイターに「あ、車なんで」
そう言って、自分のグラスを手のひらで塞ぐジャスチャーをした。
「未由は少し飲めば」
未由は、敦に促されるまま、注がれたワインをそっと口にした。
窓の外を眺めると、浮び上る街の灯がいかにも非現実的で、未由は日常の悩み事などすっぽりと忘れてしまうようだった。
レストランを出ると、敦は未由を送って桜台へと車を走らせた。
「今日は有難う」
「いや、喜んでくれてうれしいよ」
敦の車は大通りから裏道を抜けるようにして、桜台まではあっという間だった。
本当はそれなりの時間が掛かっているのだが、未由にはそう感じたのだ。
未由はどうしてか、このまま一人になるのが寂しかった。
アルコールのせいなのだろうか。
いつも、一人の夜には慣れっこなのに……
何時もは何とも感じない、慣れたすぎた孤独感が、今日は何故か胸の奥に大きく圧し掛かっていた。
「お茶でも、飲んでいく?」
アパートの前で車を止めた敦に、未由が言った。
「いいの?」
「えっ…… ええ。どうそ」
未由は笑った。
「それじゃ」
と敦はさらりと車を降りて「ここ路駐へいき?」
「大丈夫よ」未由は笑って彼を自分の部屋へと促した。
「コーヒーがいい?それとも紅茶?」
未由が紅茶の葉とコーヒー豆を両の手に持って敦に訊いた。
「さっきコーヒーを飲んだから、紅茶を貰おうかな」
敦はそう言って、ちいさなソファに腰をおろすと、部屋の中を何となく見渡した。
「何じろじろ見回してんの」
未由は入れてきた紅茶をテーブルに置いて「お砂糖は自分で入れてね」
敦は紅茶に砂糖を入れながら
「やっぱり女の部屋はきれいだな」
未由はプッと吹きだして「何言ってるの。女の人の部屋初めてじゃないでしょ」
「そうだけど、そんなに頻繁には入ったこと無いよ」
敦は、急に真剣な顔になって
「俺、なんだか未由を見てると、守ってやらなくちゃって思っちゃうんだ」
「あたし、そんなに頼りないかな」
未由は少しだけ切なく笑って見せた。
「その逆さ」
敦は紅茶を一口飲んで、少し俯くと
「しっかりしなくちゃって頑張ってる気がして、支えてあげたくなるんだ」
未由はその言葉に、何故だか涙が込み上げて来た。
自分ではそんなに意思はしていないつもりだ。それでも、自分を育ててくれた母を少しでも助けようと定時制の高校を選び、働き、そしてつかの間の幸せだった辰彦を失った。
それでも未由は、立ち直ってこうして日々の生活を過ごしている。
敦の言葉を引き金に、そんな自分に少しだけ、哀れさを感じてしまったのかもしれない。
「ごめん、俺、何か悪い事言った?」
敦は、未由の頬を細く伝う涙に動揺した。
「ううん」
未由は大きく首を横に振って「ありがとう、敦」
敦はソファから降りて、未由と同じように直に床に座ると、彼女を抱きしめた。
久しぶりに抱きしめられる感触はとても暖かくて、未由に安堵を与えた。
未由はますます涙が止まらなくなって、敦の胸に額を擦り着けた。