【第5話】
「ねぇ、これからご飯でも食べに行く?」
授業が終わって声を掛けて来たのは麻須美だった。
彼女もまた、未由の家庭事情は知っている。ただ、麻須美自身も、離婚した両親の元を離れて自活している身だ。
彼女の実家は千葉の松戸なのだと言う。小さい頃から両親の仲は最悪で、弟と二人、何時もびくびく暮らしていたと言う。
夫婦喧嘩が始まると、父親は家のものを片っ端から壊し出すそうだ。
それなりの企業勤めをしていた父は、また直ぐに壊した物を買い揃えるらしく、家の中は何時も新製品で溢れていた。
そんな中で暮らしていた麻須美は、お店で酔っ払いが多少暴れても動じないのだと言う。
暴れる父の行為がトラウマになったのではなく、それに比べれば何でもなく感じるそうだ。
それだけ、父親の暴れ方は凄まじかったのだろう。
麻須美の両親も、未由と同じ頃離婚したらしい。
未由と麻須美が最初に弾んだ会話は、親の離婚話だったほどだ。
中学を卒業して直ぐに、麻須美は東京へ出てきた。地元で知り合いだった人が、池袋に店を構えて、それを伝に仕事にありついたのだと言う。
二つ歳の離れた弟も、今は家を出て高校の寮に入り、浦安で暮らしているそうだ。
女友達とは言え、そこが、長谷部とは違う所だった。
「ああ、ごめん、今日は約束があるんだ」
「えぇぇ、未由。さては男できたな」
「そんなんじゃないけど」
「じゃぁ何よ。誕生日に親友の誘いを断る用事って」
その時、未由の携帯が鳴った。
鞄から取り出した電話に出る彼女の横で麻須美が
「ほら来た。男からの誘いだ。いいなぁ、いいなぁ」
未由は笑いながら、麻須美が自分から離れるように手で押しやって
「もしもし」
「あ、俺」
長谷部だった。
「ああ、今ちょうど授業が終わった所」
「どうする?」
「うん。大丈夫なんだけど………」
未由は少しためらいながら「友達も一緒じゃダメ?」
「友達?」
「うん。学校の友達なんだけど」
「別にいいよ。今日は未由の誕生日なんだから」
長谷部は何もためらわずに言った。
長谷部の電話の向こうで、「やったぁ」と言う声が小さく聞こえた。
横で会話を聞いていた麻須美の声だ。
長谷部は思わず笑いながら、時間と待ち合わせ場所を決めて電話を切った。
「ほんとにあたしも行っていいの?」
電話を切った未由に、麻須美が言った。
「もちろん。別に彼氏って訳じゃないから」
未由は電話を鞄に仕舞いながら
「それにあんた、今日わざわざ仕事休みにしてくれたんでしょ」
そう言ってから歩き出した。
未由は、麻須美がそういう娘だと言う事を知っている。だから親友でいられるのだ。
麻須美が食事に誘ってきた時点で、彼女が今日わざわざ仕事を休みにした事はおのずと予想がついた。
「へへぇ、さすが未由、よく判ったね。超能力でもあるんじゃないの?」
「あんたの考えなんて簡単にわかるよ」
2人は江古田から電車に乗って、待ち合わせの練馬へと向かった。