【第4話】
未由の日常はごく平凡に過ぎてゆく。それは周りに映るものがそうなのであって、彼女自身の生活は決して平凡とは言えないかも知れない。
ただ、自分の誕生日に、辰彦の墓参りをする未由も、他人の目にはごく平凡に映ることだろう。
未由がこの日、休憩室でお昼を食べていると、長谷部徹が入ってきた。
彼は未由と同い年だが、全日の高校を出ているので、今はフリーターをしている。
夏までは、服飾の専門学校へ通っていたのだが、あまりの課題の多さに挫折してしまったのだ。デザイナーを目指していたらしい彼は
「そのうちメーカーにでも就職するさ」とお気楽な感じだ。
「長谷部もお昼?」
「ああ、今お客が引けたから」
長谷部はそう言いながら、近所で買って来た弁当を片手に、未由の向かい側に腰掛けた。
「未由は何時も自分で弁当を作るのかい?」
「ええ。慣れると何でもないわ」
「なんか、偉いな」
「ふふ、そうかな」
未由は少しだけテレ笑いを浮かべた。
長谷部は、お弁当をかき込むように食べ終わると、自分の鞄からゴソゴソと何かを取り出して、未由の前に置いた。
かわいらしい包装紙に包まれた箱をみて、まだ食べ終わっていない未由の箸が止まった。
「何?」
「今日、誕生日でしょ」
未由の驚いた顔は、直ぐに笑顔に変わって
「ありがとう。よく知ってたね」
「ほら、前に店長たちと喋ってたじゃん」
「そう言えば、そんな話したね」
未由は両手でプレゼントを持ち上げると
「なぁんだ、じゃあ、覚えていてくれたのは長谷部だけか」
彼女は冗談交じりで呟いて笑った。
「まぁあね。俺、記憶力はいいから」
長谷部が彼女の誕生日を覚えていたのは、記憶力とかの問題ではない。気になる女の子の誕生日なら、誰だって一度聞けば記憶するものだ。
「開けてもいい?」
「ああ、もちろん」
未由は嬉しそうに、プレゼントの包みを開けた。
長谷部はその様子を眺めながら、タバコに火をつけた。
「あっ、かわいい」
古木をくり貫いて、くり貫いた部分をそのまま引き出しにしてある小さなアクセサリー用の小箱だった。パッと見が、まるで森に落ちているただの木片に見える。
「ありがとう」
未由の素直に喜ぶ笑顔に、長谷部はつい紅潮して笑った。
彼は、彼女の複雑な家庭の事情を、少しだけ知っている。
自分は何不自由なく普通に高校を出て、専門学校も途中で辞めて両親と同居したまま、気ままなフリーターなどをしている。
だから、少しでも未由が嬉しい笑顔を見せると、長谷部徹もまた嬉しくなるのだ。
彼女が一人暮らしをしている事情は、たまたま雑談の中で聞いた話だが、長谷部は未由の何気に頑張り屋な所が好きだった。
そして、もっと早く彼女の事を聞いていたら、自分ももっと頑張って専門学校も辞めなかったのではないかと思った。
嬉しそうにプレゼントを箱に仕舞う未由の姿に、長谷部は何ともいえない暖かい気持ちになるのだった。
「あ、あのさ……」
長谷部が、再びお弁当の残りをつつきだした未由に言った。
「なに?」
「今日、夜暇だったら、飯でも………どうかな」
未由はポカンとして長谷部を見つめた。
プレゼントはただの同僚の好だと思っていたからだ。
それが、夕食の誘いと続けば、未由とてそんなに鈍い女ではない。
しかし、未由も長谷部の事は慕っている。なんと言っても、自分が仕事を教える立場になって初めて入ったバイトの後輩が長谷部なのだ。
ミシンがなかなか踏めるようにならずにイライラしたのも、今はウソのように軽やかに丈詰めなんかをする。
「いや、別にプレゼントの見返が欲しくて誘ってるんじゃないぜ。他の友達と約束とかあるなら別に……」
少し慌てるように言う長谷部を見て、未由は思わず笑った。
「別にいいけど」
彼女は少し考えてから「でも、学校が何時も通りに終わるか判らないから」
「じゃぁ、9時過ぎに一度電話いれるよ」
「うん。じゃあ番号は……」
未由は自分の携帯番号を告げると
「やったじゃん。携帯番号ゲットしたね」
食べ終わった弁当箱を鞄に仕舞いながら、未由は他人事のように笑って、長谷部をからかった。