【第3話】
空は晴れ渡り、月明かりに照らされた流れる雲がくっきりと見えていた。
「ねぇ、未由。呑みにいかない?」
「麻須美は今日お店お休み?」
麻須美は、夜学が終わってから夜の仕事をしているのだ。そして、朝から、午後まで眠ると言う、全く夜行性の生活をしている。
麻須美の身長は165センチと、最近にしては普通だが、彼女と一緒に歩くと156センチの未由は、いつも妹のようだとからかわれる。
麻須美はスナックで働いている関係でいつもヒールを履くから、実際は170センチ近い高さがあるのだ。
「俺も行こうかな」
敦が後から二人に声を掛けて来た。
「行こう、行こう」
麻須美が明るく笑って未由にも「ね、行こうよ」
未由はなんとなく渋々と促されて江古田の居酒屋へ向かって歩いた。
「俺、そろそろ帰るよ。明日も朝から仕事だから」
敦がそう言って財布を取り出した。
「あたしも、そろそろ」
未由が言った。
「えぇぇぇっ、まだいいじゃん」
ごねる麻須美に、未由は
「普通の人は朝から働いてるんです」
と言って「さぁ、あんたもたまには早く帰って寝な」
決して早いと言う時間ではなかったが………
3人が居酒屋を出て駅へ向かうと、上り口の階段で、4人の男が大声で口論しているのが見えた。
2対2の他人同士のようだ。4人とも酒が入っている事は誰の目にも明らかだった。
4人は口論に夢中で、駅の上り口を塞いでいた。
二人の女性が、駅へ入れず立ち往生している。
「なぁんか、困った連中ね」
酔っ払いになれている麻須美がポツリと言った。
未由たち3人も一度は足を止めたが、このままでは、4人の口論に決着が着くまで、誰も駅へ入れない。ぐるりと周って、踏切を渡れば、向こう側の出入り口から入れない事も無いが、そんな事をする義理は無い。
「おい、みんなが迷惑してるだろ。喧嘩ならもっと端でやってくれ」
敦が4人に声を掛けた。
「なんだと!」
「てめぇに言われる筋合いはねぇ」
当然の展開だ。4人のうち、優勢に立っていた二人組みが凄んで声を出した。
「いや、みんな迷惑してるから。だからもっと端で……」
「てめぇにはかんけぇねぇンだよ」
駅へ入りたい人たちには大いに関係あるのだが……
一人が敦の襟首を掴んだが、彼は動じなかった。
何か、何か飛ばせるものは?
未由は空き缶でも飛ばして、凄んでいる男にぶつけてやろうと思い、辺りを見回した。
最近はなんだかんだ言っても、ぱっと見て直ぐに空き缶が転がっている事は少ない。
未由は隅々まで暗闇に目を凝らして、やっと緑茶の空き缶が転がっているのを見つけた。
「おめぇは引っ込んでろ」
男が敦に殴りかかろうとしたので、未由は急いで転がっていた空き缶に視線を集中させて飛ばした。が、彼女は酒が入っていた。それほど飲んではいないが、彼女は酒にめっぽう弱いのだ。
思ったよりその影響があったらしく、空き缶は浮き上がったものの、まったく見当外れの方向へ飛んだ。
「あっ」
未由が声をあげた時、同じく麻須美も声をあげた。
ガツンと敦が男に殴られたのだ。
彼は後ろへよろめいて、片手を地面に着いた。
「ちょっと、やめなさい!」
見かねた麻須美が小走りに割って入る。
「あんたたち、関係ない人に手をだすんなら、警察呼ぶわよ」
麻須美が携帯電話を片手に通話ボタンを押しながら言った。
さすがに、彼女は酔っ払いの扱いにも慣れているのか、凄んでいた男二人はいそいそと階段から離れて去っていった。
残された男2人組みは少し呆然としている。
未由は敦に駆け寄って
「大丈夫?」
「ああ、平気だよ。酔っ払いのパンチなんて」
「ごめんなさい」
「なんで、未由が謝るんだ?」
「あ、いえ………何となく」
未由は空き缶を素っとん狂な方角へ飛ばしたことを、つい謝ってしまったのだ。
「あんたも無茶ね」
麻須美が敦に向かって言った。
「大丈夫ですか?」
最初に立ち往生していた女子大生風の2人連れが敦に声を掛けた。
「ああ、平気、平気」
敦が笑って言うと
「助かりました」といって、二人連れは階段を上がって行った。
「あら、惜しかったわね。もう少しでナイトになれたのに」
麻須美が敦に向かって悪戯っぽく笑って言った。