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秋時雨  作者: 徳次郎
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【第2話】

 未由は自宅の窓から外を眺めていた。たいした風景は見えないが、通りを挟んでマンションと一戸建ての家並みが見える。

 彼女の部屋は4階なので、二階建ての民家は全て見下ろせるのだ。

 庭の塀に跳び上がる猫や、ほのぼのと眠る犬。そして、軒先に吊るされた籠のなかにいる、なんだか騒がしいオオム。

 未由の部屋は、ベランダとそれに通じる大きな窓は南側にあるのだが、角部屋の為小さな出窓が東向きについているのだ。

 未由はベッドに座って、その出窓からよく外を眺める。

 そう、あの時のように……


 未由はあの日、彼氏が来るのを待っていた。

 昼の1時には来れると言っていたが、もう1時30分。

 その日は未由の18歳の誕生日だった。

 彼は未由よりも2つ年上の、運送業者に勤める支倉辰彦。休みのはずだった彼は、急ぎの集荷があって早朝にかり出された。

「川越までの配達だから、午前中には上がれる」

 辰彦はそう言って、電話口ですまなそうに笑った。

 仕事が大変なのは判る。母親も、自分を育てる為にパートへ出て忙しい日々を送っていた。授業参観など来てもらったためしが無い。だから、そう言う面では束縛したくは無かった。

 自分も働いているので、何時臨時の出勤があるかもしれない。未由は仕事の大切さ、その責任の重さも知っているのだ。

「うん。大丈夫。待ってるよ。急がなくていいから気を付けてね」

 未由はそう言って電話を切った。

 1時50分を回った頃、辰彦のバイクの音がした。

「来た」

 未由の心は躍った。

 出窓から通りを眺めると、先の交差点を辰彦の青いバイクが曲がってくるのが見えた。

 彼からは見えるはずもない距離で、未由は思わず手を振った。

 その直後、未由の目には信じられない光景が映し出された。

 辰彦が曲がってきた交差点から未由のアパートまでの道には、それと交差した路地が3つほど在る。

 何れも、一方通行の細い路地だった。

 2本目の路地と交差する場所。もちろん、辰彦の走っている道が優先で、細路地は一時停止がある。

 しかし、一台の乗用車が細路地から交差点へ進入して来た。その車は一時停止どころか、減速すらしていなかった。

 辰彦のバイクは、乗用車に大きく弾き飛ばされた。

 バイクはおもちゃのように弾け飛び、辰彦の身体はマネキン人形のように転がった。

 未由は夢か錯覚かと思った。

「辰彦!」

 彼女は一瞬動けなかった。

 まるでアクション映画のワンシーンのように、彼氏がバイクごと車に弾き飛ばされたのだ。

 未由は目に映った事態の衝撃に、呼吸する事も忘れてしまうほどに、その路地を呆然と眺めていた。

 手足がガクガクと小刻みに震えて動けなくなり、息が苦しくなって慌てて呼吸をしたがそれもうまく出来ず、這いずるそうにして玄関へ向かった。

 早く辰彦を助けなければ。辰彦の所へ行かなければ。

 彼女は必死に玄関で靴を履き、アパートを飛び出した。片足にスニーカーを履き、もう片方はサンダル履きだった。

 すぐ近所の住人によって救急車が呼ばれ、辰彦は近くの救急病院へ搬送されたが、間も無く息を引き取った。

 ひき逃げ犯の車は見つからなかった。

 あれだけの衝撃を受けて大きく破損していたはずなのに、都内、近県の修理工場にはそれらしい車が運び込まれていなかったのだ。

 未由も目撃者の一人ではあったが、距離があったし、真っ白な特徴の無い乗用車。

 あたしのアパートにさえ来なければ・・・ 

 自分には特殊な能力がある。しかし、僅か3キログラムのモノしか動かせない自分に、何ができるだろう。

 恋人の命を救う事さえ出来なかった。

 こんな力、なんの役のも立たないのに…… 未由は自分を責めた。他にやり場が無かったのだ。

 彼女には透き通る青空も、茜色に染まる夕日も、夜空に浮かぶ蒼い満月も、全てが灰色に見えて、それは永遠に続くのだと思った。

 人間は生きるために忘れる事を知っている。未由の心の傷も次第に癒えて、やがて半月休んだ職場にも復帰し、学校へも通うようになった。

 二週間ぶりに笑った時、彼女は思った。

 辰彦を忘れるわけにはいかない。でも、笑顔を忘れてはダメだ。これから先、あたしは辰彦の分も笑ってやるんだ。

 それから、よく未由はこの窓から外を眺める。

 もしかしたら、再びあの車があの路地を通るかも知れない。

 そんな、些細な希望が頭を離れず、日中部屋にいる時、気がつくとこの窓から路地を眺めているのだ。

 警察の聞き込み調査で判ったひき逃げ犯の車の情報は、白いセダン・トヨタ車。それだけだった。

日中の目撃者は、主婦が数人だけで、間近で見たひとも、車種を詳しく言える人もナンバープレートを見た人もいなかった。

 ただ、未由は一つだけ手掛りになりそうな事を覚えていた。



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