【第16話】
新目白通りから哲学堂に向かう途中の通りに、敦の家は在った。
土曜日、未由は敦に誘われ哲学堂のグラウンドへ行った。彼の家の会社で作った野球チームが、何処かのチームと試合をするらしく、敦も出るからと観戦を誘われたのだ。
青い空が高く広がって、身体を抜けていく乾いた風が心地よかった。
午前中に試合は終わり、未由と敦は哲学堂の公園を散歩してから、彼の家で昼食をご馳走になった。
敦の家は敷地が広く、自宅の隣に会社の事務所が在った。それだけでもけっこうな大きさだ。事務所の裏には倉庫が二つあって、その横には建設廃材のような細々としたものが小さな山を作っている。
「ねぇ、これってゴミなの?」
「ゴミっていやぁゴミだけど、時々使えるのがあるのさ」
廃材といっても何かの部品がほとんどで、欠品しているものが見つかる事があるそうだ。
隣にある倉庫はがらんどうで、二十坪ほどある室内の壁伝いに、なにやら大きな壁のパネルなどが少しだけ立てかけてある。
ここも、建設物件がたて混むと材料でいっぱいになるそうだ。
未由は奥の隅に、車のバンパーのようなモノを見て、倉庫の奥に足を踏み入れた。
「どうしたんだい?」
敦が不思議そうに、彼女を目で追った。
「ねぇ、あれって何?」
倉庫の隅に立てかけてあったモノは、まさしく車のバンパーだった。
部分的に大きく割れて、歪んでいる。
その隣にはなにやら金属の四角くて薄い何かのコアのようなもの。しかし、それも大きく歪んで破損しているようだった。
「それは、車のラジエーターさ」
まじまじと眺める未由に、敦が言った。
「昔自分で交換してね。捨てず終いなんだ」
「これ…… どうして壊れたの?」
未由の足元には割れたヘッドライトが転がっていた。
「いやぁ、居眠り運転で自分でぶつかってさ。そんなに金もないし、車いじるのは好きだから自分でほとんど交換したんだ」
「そう……」
未由が移動させた視線の先には、歪んだ白い鉄板が立てかけてあるのが目に入った。それが車のボンネットだと気付くのに少しの時間がかかった。
「こういうの、自分でも直せるんだ」
「ああ、アッセンブリ−交換って言って、パーツごと交換するだけだからね」
未由は歪んだボンネットに視線を止めていた。
その潰れてゆがんだ傷跡には青い塗料がべったりと付着していたのだ。
彼女は身震いしそうになるのを必死で押さえた。あの時の光景が目に浮かんで、膝が震え出すのを必死で堪えた。
紛れも無く、この塗料の色は辰彦のバイクのモノに違いない。そう確信できたからだ。
跳ね飛ばされたバイクの燃料タンクには白い塗料が付着し、タンクの塗料が傷になって剥ぎ取られていた。警察は事故当時、加害車両には、間違いなくバイクの青い塗料が付着しているはずだと言っていた。
「どうしたの?こんな所、別に楽しくないだろ」
敦は笑って、未由を外へと促した。
「修理した車はどうしたの?今の車は銀色よね」
「ああ、友達に安く譲ったんだ」
未由の中に、燃え上がる憎悪が急速に膨れ上がり溢れそうになった。それと同時に敦には関係無い事であって欲しい言う、悲願の思いが断ち切られた悲しみに打ちひしがれた。
それなのに、表面的には自分でも驚くほど、彼女は冷静だった。
「そう……」
未由はそれだけ言うと、無表情に笑って見せて、倉庫を後にした。