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秋時雨  作者: 徳次郎
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【第10話】

「いま、救急車が来るから」

 急いで駆けつけた警官3人のうちの一人が言った。

 強盗に押し入った2人の男はその場で直ぐに捕まった。

 ドラマのような勢いはなく、「23時33分逮捕」と言う事務的な声で、手錠は思いの他静かに犯人の手に掛けられた。

 未由はバックルームに在った救急箱から消毒液を取り出して、長谷部の足に吹きかけてガーゼを当てた。

「大丈夫だよ。大した事ない」

 バケツに足を突っ込んで倒れた男の手から離れたナイフが、長谷部の足をかすったのだ。

「傷、けっこう深いよ」

未由の言葉に、少し怯えた顔を見せた長谷部は「マジで……」

 未由は悪戯っぽい笑顔を返した。


 バタバタと現場検証が行われて、簡単な事情聴取が終わったのは、夜中の12時半を過ぎていた。

 店の外の通りには、駆けつけたパトカーにそそられた野次馬が、思いの他集まっていて、こんな時間にこの人たちは何処から沸いて出たのだろうと、未由は不思議に思った。

 連絡を受けた店長とマネージャーも来ていた。

「おまえなぁ、レジ金の30万円くらい、命にくらべりゃ安いもんだぞ」

 長谷部は無謀な行動を取った事を少しだけとがめられた。

 勿論、従業員の命の危険を思ってのことだ。

 彼は、到着した救急車には乗らず、簡単な傷の手当てだけを受けた。

「マネージャーの俺が言うのも変だけど、命架けてまでやる仕事じゃないからな」

 金が取られて、それで済めばどうと言う事は無いのだ。会社は盗難保険も入っている。

 明日、必要な場合はもう一度話を聞くかもしれないと言って、警察は撤収していった。

 帰り道、長谷部は少しだけ元気が無かった。

「よし、長谷部、今日は何処かで飲んで帰ろうか」

 店をでて直ぐの通り道、未由は彼との分かれ道に着く前に言った。

 酒に弱い未由が自分から呑みに、なんて言うのはまずありえない事だった。

 長谷部は少し驚いた表情をしたが

「俺のはやまった行動で、危なく未由を危険な目に合わせるところだった」

「そんなことないよ。あのままお金だけ取ってすんなり帰った保証はないんだよ」

 未由は慰めの言葉を精一杯言った。

 長谷部は一瞬黙ったかと思うと

「でも、あのバケツ……… どうしてあそこにあったんだろう」

「えっ?」

「アイツが転んだ時、足を突っ込んだバケツさ。もっと奥に在ったはずなのに」

「あ… あたしが、帰り際に使って、あの辺に置いたかも……」

 未由は適当に言いくるめようと、ぎこちなく笑顔を作った。

 怪訝そうな顔をする長谷部に、彼女は「ほら、居酒屋行こう。何処にする?」

 そう言って、彼の背中を勢いよく叩いた。

 さっきまで降っていた雨はようやくあがって、夜空を埋め尽くす雲の合間からは、明るい月が覗いていた。




 翌月曜日の朝は大変だった。

 何が大変かと言うと、商品発注でも掃除でもない。他のアルバイトやパートさんに散々事件の事を聞かれて、何度も同じ事を話さなければならなかった。

「長谷部君にやられるなんて、マヌケな強盗ね」とか「未由ちゃん、無事でよかったわね」

終いには「柴田君もあてにならないのね」などと、もっぱらパートのオバサンは言いたい事を言っていた。

 未由は適当に愛想笑いで通したが、あのリアルな恐怖は、その場にいたものでなければ判らないだろうと思った。

 確かにテレビや映画のワンシーンに比べたら、迫力も緊迫感も掛けていた。しかし、現実に首に冷たいナイフを突きつけられると、全身がすくんで動かなくなるのだ。

 その中で、行動を起こした長谷部は、ある意味相当に頑張ったに違いないと未由は思った。

「いや、僕は従業員の安全を第一に……」

 柴田が自分の置かれていた状況を何度も話す姿も見えた。

 よせばいいのに、いちいち説明するから言い訳がましく聞こえてしまう。

 いつものペースで仕事ができるようになった頃には、未由の上がりの時間だった。

 ああ、これで、もう昨日の説明も終わりだ。

 未由はバックルームで一息つくと、学校へ向かった。

 帰りがけに見た長谷部は、これからまた夕方から来るバイトに同じ事を話さなければいけないと、少々げんなりしていた。



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