Renbu3 嬉しきかな? 再会の巻
この日の講義が終わったあと、医学部棟を出た私を待っていたのは……
「やあっ! 待っていたよ梓」
愛車にもたれかかって立っていた琉依の姿を、周りの人たちが見ていた。
憧れの存在である琉依の姿を遠くから見ている女性たちに向かって、琉依はニコニコと笑顔で手を振っていた。
そんな彼に対して、思わず気を失いそうになるのを堪えながら、私は琉依の車に乗り込んだ。
「今日、夏海ちゃんは行かないの?」
軽快に運転する琉依に聞くと、琉依はこちらを見ずに頷いた。
「賢一クンと出掛けるみたいデスよ」
だから、私を誘ったのかな? いつもなら、どこかに行く時は絶対夏海ちゃんを連れて行くから。
「舞台が始まる前に楽屋に行くけど、梓も一緒にどう?」
急に琉依は話題を変えてきた。あまり触れられたくない話だったのかな。
「私なんか、初対面なのに行ってもいいの?」
本当は初対面じゃない(と、思う)けど、実は勝手に家に覗いていました……なんて、いくら琉依でも言えなかった。
「大丈夫ですよ。あいつはそんなの気にするような奴じゃないし」
私が気にする! もしかしたら、今朝の彼かもしれないのに……。いきなりそんなに近付いたら、どうしたらいいのか分からなくなっちゃう。
「どうせ俺のツレだって思うだろうし、気にする事無いですよ」
琉依のツレ=彼女? 尚更嫌だ! 琉依には悪いけど、心からそう思った。本当に彼だったら、変な誤解はされたくないし。まだ、これから会う“鷹司紫柳”が彼と分かった訳ではないのに、私の中では今朝の彼と決め付けていた。
「舞台の上での奴と、上がる前の奴を比べてみるのも結構面白いですよ?」
楽しそうに話す琉依を見ると、ちょっと興味が出てきた。緊張するし誤解もされたく無いけれど、舞台を降りた彼も見てみたいと思った。
「うん、じゃあ連れてって」
笑顔で答えたその時、私の手を握る琉依の……両手?
「可愛いなぁ。いっそのこと、俺の部屋に連れて行きたくなるなぁ」
「ハンドル握ってぇぇっ!」
琉依の手が離れたハンドルは自由になり、もちろん車は操作されることも無くフラフラと暴走していた。
「……降りたい」
軽快に運転を再開する琉依を見て、心から思った言葉が自然と口から出ていた。
「着きましたよ」
琉依はそう言うと、ホールの関係者用の駐車場に車を停めた。そこから、開場を今か今かと待つ長蛇の列が見えた。
「凄いでしょ? それくらい人気があるんですよ」
琉依はそう言うと、私を楽屋へと案内してくれた。
関係者しか通れない通路を歩き、徐々に近付いているのを意識するだけで胸がいっぱいになる。
“初めまして!”
“あなたのファンです!”
なんて、何を言おうか心の中で思ったり……。
前を歩く琉依は、そんな私をよそに綺麗な女性達に手を振っていた。
「ここで、待っていて」
琉依は立ち止まってそう言うと、“鷹司 紫柳様”と書かれた楽屋へと入って行った。
「入るぞ〜」
そんな琉依の声を聞こえてはいたが、私の心の中は余裕が無いくらい緊張感でいっぱいだった。
でもよくよく考えてみると、今朝の彼とは限らない。もしかしたら全くの別人かもしれないのに、私の中の期待は徐々に大きく膨らむばかりだった。
「あっずさ〜! 入っておいで」
琉依の声で我に返ったが、なかなか足を進める事が出来なかった。
「梓? 緊張しているの?」
琉依はそう言うと、私の手を掴んでそのまま楽屋の中へと誘った。
「ちょっ、ちょっと琉……」
言いかけた時私の視界に入ったのは、私を夢中にさせた舞を披露した彼だった。願いが現実のものとなり嬉しい筈なのに、私はただその場で立ち尽くすしか出来なかった。
「梓? 大丈夫かなぁ?」
琉依が顔を覗いてきたが、私はまだ呆然としていた。憧れの人が目の前にいて、私を見ている……。遠い存在と思っていたのが今、私の……
「あっら〜? あたしの美しさに見とれて声も出ないのかしら?」
……えっ?
「ちょっと、琉依。可愛らしい女の子じゃないの」
え……えぇっ?
一体、私の目の前で何が起こっているのか。確かに、私の目の前にいるのは今朝の彼なのに、その口から発せられるのは……
唖然としている私の前に向かって、彼は近付いてきた。そして、綺麗な笑みを見せると
「鷹司紫柳こと、東條伊織よ。よろしくねん」
あっ……
「あっ、梓〜!?」
琉依の声もむなしく、私はその場で気を失ってしまった。
神様……、いるならどうか今起こった事を無かった事にして下さい……
皆様こんばんは! そしてお久しぶりです。この度、やっと腕の調子が元に戻りましたので復帰させて頂くことになりました。読んで下さっている皆様、大変お待たせして申し訳ございませんでした。これからも頑張っていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。また、後日(または同じ日に)尚弥の話も連載開始させて頂きます。第1弾と読み比べて頂けると幸いです。