Renbu2 友達からの誘い
大学生になってから、自分で通学しようと決心した日……偶然聴こえてきた三味線の音に惹かれて、あるお屋敷を覗いたら、華麗な舞を披露する彼がいた。
叶う事なら、もう一度彼の舞を観てみたい……。
入学式を終えて、今日から始まる大学生活……。医学部専攻の私の周りはほとんどが男の人だった。そんな中で友達はまだ出来ていなかったけど、他学部には仲の良い友達がいた。
「梓〜! おはよう!」
声のする方を振り返ると、友達の夏海ちゃんが走って来た。
「夏海ちゃん! おはよ……」
私が言い終わる前に、夏海ちゃんは私に抱きついてきた。彼女、槻岡夏海ちゃんは高校の時からの友達。そして……
「おはよう、梓。今日もかわいいね〜」
「きゃ〜! きゃ〜! きゃ〜!」
挨拶と同時に抱きついてきた、夏海ちゃんと一緒にいた男の子は宇佐美琉依。彼もまた、同じく高校からの友達。夏海ちゃんと琉依は幼馴染みで、近所に住んでいるからこうして一緒に大学へ来ていた。
琉依はこうして、私と顔を合わせると必ず抱きついてくる。そして、その度に悲鳴をあげ続ける私。
「そろそろ離れな! バカ」
そう言って、夏海ちゃんが琉依の頭を殴っていた。そのおかげで、やっと私は琉依から自由になれる……と、今までずっとこんな事の繰り返し。
「梓、今日は車じゃなかったの?」
琉依が辺りを見ながら、話しかけてきた。いつもなら傍にいる筈の運転手が、今日はいないせいもあってか、琉依も違和感を感じていたのだと思う。
「うん、これからは自分で通学しようかなって思って」
少し笑いながら答えると、琉依は納得したように頷いていた。その横で、夏海ちゃんは少しだけ笑みを浮かべて尋ねてきた。
「ご両親への反発?」
そんな問いに、私はただ笑顔で返した。
医者になりたいと思っている限り、両親の力を借りないようにしようと思っていた。それくらい自分の意志は固いものだと、両親に分かって欲しいという私の思い……。大した事は出来ないけど、少しはわかってくれるかな。
「梓の気持ちが、ご両親に分かってもらえるといいな」
夏海ちゃんと琉依には、高校の時に相談をしていたから私の気持ちをよく理解してくれていた。
二人共それぞれ色々な悩みがあった筈なのに、いつも私の話を聞いてくれていた。進路についても、親にどうしても話せなかった私の本当の気持ちを二人は真剣に聞いてくれた。そんな二人には本当に感謝している。けれど、頼ってばかりじゃいられない……。これは、私自身の問題なのだから……。
「夏海〜!」
声のした方を振り返ると、夏海ちゃんの彼氏である賢一君が手を振っていた。そんな彼に、夏海ちゃんもまた笑顔で手を振っていた。
「それじゃあ、私行くね」
そう言って、夏海ちゃんが走り去って行ったその時、私に残されたのは……
「やっと二人きりになれたね、ハニー」
そう言って、いつものように抱き締めて来る琉依。いつもと同じ事なのに、やっぱり私は、
「きゃ〜! きゃ〜! きゃ〜!」
と、叫んでしまう。琉依から離れようと手足を動かしていたら、琉依のポケットから何かが落ちてきた。
「あぁ……、忘れていたよ」
琉依がそれを拾ってくれたおかげで、私は何とか自由の身になった。
「梓、今夜ヒマ?」
「今夜? え、えぇ」
私の返事を聞くと、琉依は笑顔でたった今拾った紙を渡してきた。その紙を受け取って見ると、それはチケットだった。
「鷹司……紫柳……?」
チケットに書かれていた名前の横には、“日本舞踊”の文字が記されていた。
日本舞踊……。ふと、今朝の出来事が頭をよぎる。華麗な舞を披露していた、名前も知らない彼……。
「俺や夏海の小学生の頃からの友達なんだけど、これが結構美しい舞を見せるんだ。梓、こういうの興味ないかな?」
こういうものは、よく両親と観に行っていたけど、その時は正直興味なんて無かった。けれど今朝の彼の舞は、私が今まで観たものとは全く違っていた。彼の舞は、短時間で私の心を惹きつけていた。
「ううん、行きたいな……」
琉依の誘いを受けると、琉依は何かを思い出したかのように手を叩いた。
「そうそう、こいつの家って梓の家の近くなんだけど知ってる?」
「え……?」
これは何かの偶然? それとも奇跡?
“鷹司紫柳”が、今朝の彼でありますように……そんな期待も秘めて、あの華麗な舞を見せる彼への想いがさらに強くなっていくのを感じた。
私の心の中では、今朝の彼はまだ舞を踊り続けていた。
三回目で登場しました、夏海&琉依。ここでも、琉依の大暴走を書いてみました。いつか、蓮子と渉も登場させたいと思っています。琉依の大暴走は……まだまだ続きますよ!!