Renbu1 導かれし二人の出会い
今日から大学生活の始まりの日。
「それでは、行ってまいります」
食事中の両親に声を掛けて、そのまま玄関の方へ足を進める。
「梓、私達は認めないからな」
父の一言に一瞬足を止めたけれど、返事をする事も無く私は家を出た。
倉田梓18歳。大学の医学部一回生。
医学部に入ったからには、もちろん将来は医者になりたいと思ってはいるけれど……。
「お嬢様、お車に」
「結構です。今日は自分で行きますから」
運転手の誘いを断ると、そのまま歩いて大学へ向かう。
私の父親は医者ではなく政治家で、母親はそんな父の秘書をしている。そんな両親は私を自分たちの跡を継がせようと昔から口にしていたが、私はそれを医学部に進学した事で裏切った。
「私たちの娘が、跡を継がずに医者なんかになりたいなんて!」
親に経済学部に入ると嘘をついたのがバレた日、母親はそう言って嘆いていた。そんな母に対して、父親からは言葉なんて無い。ただ平手打ちをされただけ……。でも、両親に嘘をついた私にとって、たくさんの罵声よりその方が辛く感じた。
両親から何もかも反対されていた私がこうして入学できたのは、父方の祖父が懸命に両親を説得してくれたからだ。
祖父もまた両親と同じく政治家だが、私の進路については私の意思を尊重してくれていた。
両親は、政治家としても親としても頭の上がらない祖父の説得にしぶしぶ医学部の進学には承諾したが、あくまでそれは四年間の学生生活だけで、まだ私を政治家の道に進ませる事を諦めていなかった。そんな理由で、こうして顔を合わせては同じ事を言われ続けていた。
「あら?」
しばらく歩いていると、ふと三味線の音色が聞こえてきた。
その綺麗な音色に、思わず足を止めて音色が発せられる場所を探してしまう。すると、その音色は角の大きな和風のお屋敷から聞こえてきた。ふと見ると、そのお屋敷の勝手口が少しだけ開いていた。
「ちょっとだけなら、いいよね……」
わずかに開いていた勝手口から、お屋敷の中を覗いた。
その時、私の視界に映ったものは、三味線の音色に合わせた私と同年代くらいの男の人の華麗な舞だった。
「素敵……」
思わず言葉をこぼしてしまう程、彼の舞は華麗なものだった。
流れるような動きを見せる彼の舞を見ていると、時間が過ぎるのを忘れてしまいそうだった。いや、忘れてしまってもいいと思った。
ゆっくりと勝手口から出ると、まだ鳴り止まない三味線の音色に再び立ち止まってしまった。普段、この辺は車で通り過ぎてしまうから三味線の音色には気付かないでいた。
親への反発から、自分で通学しようと決めた事でこんな素敵ものに出会えるなんて。
「今度は、ちゃんと正面から見たいな」
そう呟くと、再び大学へ足を進めた。でも、名も知らない彼にどの様にして舞を見せてもらえたらいいのか……。しかも、勝手口から進入して見ましたなんて恥ずかしくて言えない。
そんな私は、やがて巡ってくる奇跡を知る事もないまま大学へ向かった。
第二回終了です。読んで頂き本当にありがとうございます!