中学時代にハブった幼馴染(私)たちがハブの【複利の違約利息】で大成功した。すべてを手に入れ完璧に幸せなはずなのに、彼だけがいない圧倒的な虚無と絶望に私たちはパニックになって彼の高校へ転校する
第一章:清算の日の、歪んだ遺産
「ごめんね、透君。私たち、高校からは別の道を行くことにしたから」
中学校の卒業式の日の放課後。夕焼けに染まる教室で、一ノ瀬詩織は、幼馴染のグループの一員だった織田透に向かって、あらかじめ用意していたセリフを告げた。
彼女の隣には、同じくメンバーである美月と沙耶が、冷ややかな目で立っている。
彼女たちは中学時代、地元でも有名な美少女三人組だった。モデル活動やSNSでの発信を始め、少しずつ「スクールカーストの頂点」へと駆け上がっていく中で、地味で目立たない裏方気質の透の存在が、だんだんと邪魔なお荷物になっていた。
高校からは誰もが知る芸能系の名門校に進学が決まっており、透との関係はここで断ち切るべきだと、三人で話し合って決めたのだ。
「私たちは、もっと上の世界に行くの。透君と一緒にいると、私たちのブランドに傷がつくっていうか……もう、住む世界が違うのよ。だから、私たちのコミュニティからは完全に抜けてもらうわ。LINEもブロックするから、高校からは話しかけないでね」
詩織は、言い渡した。
泣き叫ばれるか、怒鳴られるか、せめて「どうして」と理由を聞かれると思っていた。
だが、透の反応は、彼女たちの予想を根底から裏切るものだった。
「……そっか。わかった」
透は、ただそれだけ言った。
笑顔すらなく、かといって裏切られた絶望も、未練も、怒りも、本当に一滴すら存在しなかった。まるで、最初からこうなることを知っていたかのように、淡々と荷物をまとめて教室を出て行った。
あまりの拍子抜けさに、三人には「フってやった」という達成感すら残らなかった。
彼女たちは知らなかった。
透が生まれつき持っている『因果の融資』という特殊な能力を。
中学時代、彼女たちが何をやっても上手くいき、SNSのフォロワーが爆発的に増え、芸能事務所の目に留まったのは、透が裏でずっと自分の『運命の貯蓄』から、三人に強力な『幸運バフ』を融資し続けていたからだった。
そして、その能力には一つの恐ろしい『バグ』のような規約が存在する。
『融資対象から一方的に契約を破棄(追放)された場合、貸し付けたバフの回収(消却)は行われない。その代わり、契約違反のペナルティとして、融資されていた総量に【複利の違約利息】が上乗せされ、対象のグループが存続する限り、永続的に強制給付され続ける』
透が契約を清算した瞬間、彼女たちへの『幸運バフ』は消えるどころか、常に利息が利息を生み出す【無限の複利ブースト】へと変貌したのだ。
第二章:完璧な幸福と、小さなしみ
高校に進学してからの三人の躍進は、まさに「神話」のようだった。
詩織は専属モデルから一気に国民的女優の階段を駆け上がり、美月が立ち上げたアパレルブランドは高校生にして年商数億円を突破。沙耶のプロデュースする楽曲はSNSのトレンドを独占し続けた。
ハブ(バフ)が複利で増え続けているため、彼女たちが打つ手はすべてが「大正解」になり、資産も、名声も、美貌も、望むものすべてが際限なく手に入った。
最初の頃、彼女たちは透に対して、勝ち誇るようなメッセージを共通の知人経由で送ったりもした。
「あんたをハブって大正解だったわ。私たちは今、最高に幸せよ」
それに対する透からの反応は、相変わらず完璧な無反応だった。返事すら戻ってこない。ただそれだけ。
やがて彼女たちは、完全に透のことを忘れた。自分たちは選ばれた天才なのだと、手に入り続ける富と名声に酔いしれていた。
――高校二年生の秋を迎えるまでは。
すべてを手に入れ、誰もが羨む「完璧な幸せ」の絶頂にいるはずの詩織は、ある夜、ホテルの最上階のスイートルームで、猛烈な『虚無感』に襲われた。
高級ブランドの服、数百万人のファンからの称賛の声、銀行口座の膨大な数字。
すべてがある。何一つ不自由はない。
なのに、心の奥底に、どうしても埋まらない「底なしの沼」のような物足りなさがあった。美味しいものを食べても味がしない。ファンの歓声を浴びても、心がピクリとも動かない。
おかしいと思って美月と沙耶に連絡をとると、二人とも全く同じ精神状態に陥っていた。
完璧な幸せのはずなのに、何かが物足りない。その「物足りなさ」の正体を突き詰めるために、三人は深夜のオフィスに集まり、過去の記憶を必死に遡った。
私たちの幸運が始まったのはいつからだ? この異常な『複利』のような人生の加速が始まったのは、どこのタイミングだ?
――中学の、あの卒業式の日だ。
透を、グループから追い出した、あの瞬間からだ。
「嘘……じゃあ、この終わらない大成功は……あいつをハブったことによる『利息』……?」
そして、三人は同時に気づいてしまった。
透は、怒りもせず、恨みもせず、ただ彼女たちに『すべての幸運と利息』を押し付けて、自分だけが彼らの世界から綺麗に消え去ったのだ。
私たちがどれだけ大成功しても、どれだけお金を持っても、心のどこかで異常に物足りないのは……そこに『透君』がいないからだ。あの人は、私たちが大成功する代償に、自分の存在という、世界で一番価値のあるものを、私たちの人生から完全に引き揚げたんだわ。
自分たちがどれだけ高いステージに登っても、透がそれを見上げてくれない。評価してくれない。興味すら持ってくれない。
その事実が、彼女たちが積み上げた「大成功の利息」を、一瞬にしてただの無価値な紙屑へと変えていく。
「透君に会わなきゃ、私たち、この完璧な虚無で頭がおかしくなる……!」
すべてを手に入れた少女たちは、今やパニックのどん底に突き落とされていた。
第三章:影の有能者と、無関心の瞳
都立蒼葉高校。芸能活動とは無縁の、至って平凡な進学校。
そこの二年生のクラスに、ある激震が走っていた。
「おい、ニュース見たか? 国民的女優の一ノ瀬詩織と、実業家の美月、音楽プロデューサーの沙耶の三人が、うちの学校に揃って転校してくるらしいぞ……!」
「嘘だろ!? なんであんな芸能界のトップクラスが、こんな普通の学校に!?」
教室内が蜂の巣をつついたような騒ぎになる中、窓際の席に座る一ノ瀬の幼馴染――織田透だけは、ピクリとも動かなかった。
透は、この学校において『ちょっと怖いけど、とてつもなく有能で魅力的な奴』として、隠れた有名人だった。
誰とも積極的に群れず、いつも一匹狼の空気を纏っている。他人への対応は極めて淡々としており、どこか冷たくて、底が見えない。その「無関心さ」が周囲には一種の威圧感、あるいはミステリアスな大人の色気として映り、女子生徒からは密かに憧れられ、男子生徒からは一目置かれていた。
さらに、学年トップの成績、文化祭や行事の裏方で見せる異常なまでの段取りの良さとトラブル処理能力の高さから、教師陣からも「織田に任せておけば間違いない」と絶大な信頼を得ている。
「織田、お前また模試で全国二桁順位だって? 相変わらずバケモノだな」
「普通だよ。ただ解いただけ」
クラスメイトの言葉にも、透は視線すら向けずに参考書をめくる。冷徹。だが、そのストイックな姿が最高に格好いいと、廊下からは他クラスの女子が覗き見しているほどだった。
そんな静かな平穏は、次の瞬間に破られた。
「――失礼します。今日からこのクラスに編入することになりました、一ノ瀬詩織です」
教室のドアが開き、圧倒的なオーラを放つ美少女――詩織が入ってきた。同時に、隣のクラスには美月と沙耶が編入したという。
教室内が歓声とどよめきで揺れる中、詩織の目は真っ直ぐに、窓際の透を捉えていた。その瞳には、かつての冷酷さは微塵もなく、まるで飢えた獣のような、執着と焦燥がギラギラと渦巻いている。
詩織は担任の言葉が終わるのも待たずに、真っ直ぐに透の席へと歩み寄った。
「透君……! やっと、やっと会えた……!」
詩織は透の机に両手を突き、涙を浮かべて訴えかけた。
教室中が凍りつく。あの国民的女優が、クラスで最も孤高な男に、なりふり構わず縋り付いているのだから。
「私、あなたに謝りたくて、すべてを投げ出してここに来たの! お願い、話を聴いて! 私たちが悪かったわ! あなたがいない世界なんて、どれだけ成功しても、何の意味もなかったのよ!」
なりふり構わない、かつての幼馴染からの猛アピール。
しかし、透の対応は、彼女の予想を超える【完璧な無関心】だった。
透は、詩織の顔を見るどころか、視線すら参考書から外さなかった。ただ、目の前の空間に邪魔な障害物が現れたかのように、わずかに眉をひそめただけだった。
「……誰? 授業の邪魔だから、席に座ったら」
その声には、嫌悪感すら、軽蔑すらなかった。
本当に、心から、目の前にいる存在が「どうでもいい石ころ」なのだ。
「嘘……私のこと、怒ってないの? 恨んでないの? 詩織よ!? あなたをハブった、一ノ瀬詩織よ!?」
「知らない。僕の人生に関係のない人の名前は覚えないことにしてるんだ」
透は淡々とページをめくる。
怒ってくれた方が、まだ交渉の余地があった。だが、彼の瞳にあるのは圧倒的な『虚無』。詩織という存在が、彼の世界から綺麗に抹消されているという現実の証明だった。
「そんな……そんなわけない……!」
詩織は、その場で崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
第四章:終わらない猛アピールと、セルフざまぁのパニック
その日から、学校内は異常な光景に包まれることになった。
昼休み、食堂、あるいは放課後。
詩織、美月、沙耶の三人は、カメラの前で見せる完璧な笑顔をかなぐり捨てて、必死に透の後を追いかけ、猛アピールを繰り返した。
「透君! 私が作ったお弁当、食べて! あなたの好きなもの、全部入れたから!」(美月)
「透、私が新しく作った曲、最初に聴いて! あなたのために書いたの! あなたの評価が欲しいのよ!」(沙耶)
「透君、放課後、昔みたいに一緒に帰ろう? どこへでもついて行くから!」(詩織)
世界の頂点にいるカリスマたちが、一人の少年に向かって、プライドを全てドブに捨てて求愛している。
周囲の生徒たちは唖然とし、やがて「織田って、あの三人に何をしたんだ……?」「いや、織田はいつも通りスルーしてるぞ……」と、透の圧倒的な冷徹さに恐怖すら抱き始めていた。
当の透は、彼女たちがどれだけ周囲を巻き込んで騒ごうが、本当に【完全無反応】だった。
お弁当を差し出されれば、見向きもせずに通り過ぎる。曲を聴かせようとイヤホンを突き出されれば、触れられる前にすっと身体をかわす。声をかけられても、まるで風の音でも聴いているかのように、一切の相槌を打たない。
彼女たちの猛アピールは、透という『完璧な壁』にぶつかり、すべて虚空へと消えていく。
「なんで……なんで何も言ってくれないのよぉ!!」
ある日の放課後、誰もいない生徒会室の裏で、ついに三人は透を待ち伏せし、行く手を塞いで泣き叫んだ。
「私たち、ハブの複利のせいで、何をやっても大成功しちゃうの! 資産も増え続けて、芸能界でも無敵なのよ! なのに、あなたが1ミリも私たちを見てくれないから、毎日が地獄なの! 頼むから、何か言ってよ! 罵ってよ! 私たちを破滅させてよ!!」
沙耶が髪を掻き毟りながらパニックを起こす。
社会的・物質的にはこれ以上ない大勝利を掴んでいるからこそ、主人公に「無」を突きつけられた瞬間に生じる精神的な大飢餓が、彼女たちを狂わせていた。自分たちの成功を透に認めてもらえないこと、それ自体が、終わらない最高の拷問だった。
遮られた足を止め、透は初めて、三人に視線を向けた。
その瞳は、やはり冷たく、底が知れない。周囲の生徒たちが「ちょっと怖い」と恐れる、有能な一匹狼の目そのものだった。
「勘違いしないで」
透は、冷徹極まるトーンで言い放った。
「僕が君たちに何も言わないのは、復讐のためでも、君たちを苦しめるためでもない。ただ、本当に、心の底から『どうでもいい』からだ」
「あ……」
詩織の喉から、ひび割れた声が出る。
「君たちがどれだけ大成功しようが、どれだけ僕の学校に転校してアピールしようが、僕の世界には、もう君たちの席はない。君たちが僕を必要ないと言ってハブった瞬間に、僕の中の君たちは全員死んだんだ。死人に話しかける生者はいないだろ」
透は、彼女たちの横をすり抜け、歩き出す。
「これ以上、僕の日常を汚さないで。次に関わろうとしたら、学校と警察に通報する。……じゃあね。二度と、僕の視界に入らないで」
最後まで。
本当に、最後まで透の表情は動かなかった。彼はただ、自分の有能な日常に戻るために、振り返ることもなく雑踏の中へと消えていった。
「透君……! 透君ッ……!!」
夕暮れの校舎に、少女たちの悲痛な叫びが響き渡る。
これからも、彼女たちの人生はハブの複利で輝き続けるだろう。世界中の人間から称賛され、望むものすべてを手に入れ続ける。
けれど、その輝きが増せば増すほど、彼女たちの心は、透という「唯一の元本」を失った絶望で、永遠に、完璧に、空虚に蝕まれ続けるのだ。
主人公に何もされないからこそ、自分たちの過去の傲慢さが、永遠に終わらない呪いとなって自分たちを縛り付ける。
それこそが、すべてを手に入れた少女たちが自ら招いた、最悪のセルフざまぁだった。




