第7話 そして、削除した
もしかしたら、いい連絡かもしれない。
そう期待してメールを開いた。
メールは俺への謝罪から始まった。
実は、俺に嘘をついていたこと。
ちょっと前に高木さんに告白したこと。
高木さんから、俺に本当のことを伝えるよう言われたこと。
そんなことが書かれていた。
状況を理解できなかった。
それでも、彼女の気持ちには応えようと思った。
〈教えてくれてありがとう〉
震える指で、彼女にメールを返した。
これが最後になることも知らずに。
そして、高木さんに電話をした。
「どうした?」
いつもの優しい声だった。
わかっていて言っていると思うと、苛ついた。
「俺に、何か言うことあるよね?」
「とりあえず、こっちに来なよ」
「わかった。今すぐ行く」
わけもわからず、家を飛び出した。
これまで触れていなかったが、高木さんと亜衣ちゃんは少し前に別れていた。
どこかでそのことを知った西野さんが、ずっと抑えていた気持ちを動かしたのだろう。
……あ、俺だ。
そう思ったのは、少し時間が経ってからだ。
いつだったか、西野さんとデートしているときに、二人が別れたと話したことがある。
あのときの西野さんの反応は薄かった。
でも、俺がその話をしたことで、何かを動かしてしまったのかもしれない。
高木さんの家の前にいた。
悲しいのか、怒っているのか、悔しいのか。
自分でもわからなかった。
インターホンを鳴らすと、高木さんがドアを開けた。
「入んなよ」
高木さんは落ち着いていた。
俺は、無言で家に上がった。
高木さんは、いつもお酒を飲むときは間接照明にして音楽を聴いていた。
この日も、部屋は薄暗かった。
お互いいつもの場所に座った。
「西野さんからメール来たんだけど」
高木さんはうなずいた。
「うん。実は、少し前に彼女から告白された」
そして、煙草に火をつけた。
「西野さんに、"このこと、佐伯くんは知ってるのかい?"と聞いたら、"佐伯くんにはまだ伝えていない"と言われた。
だから、"まず佐伯くんにちゃんと話すべきだよ"と伝えた」
高木さんは何も悪くない。
それはわかっていた。
言っていることも正しい。
それでも、胸糞が悪かった。
よりにもよって、なんで高木さんなんだ。
そんな思いもあった。
「で、高木さんはどうするの?」
高木さんは少し間を置いて言った。
「わからない。まだ彼女のことをよく知らないし、これから考える」
「えっ、付き合う可能性あるの?俺が好きだって知ってるのに?」
予想外の答えに、思わず本音が出た。
「俺は、幸せそうな二人を一番近くで見るのは耐えられない」
大切な二人を失いたくなかった。
だから、なりふり構っていられなかった。
高木さんはしばらく黙り込んでいた。
そして煙草の火を消すと、いつもの顔つきが消えた。
「佐伯くんが、俺に"西野さんと付き合ってあげてほしい"と言ったら、身を引いたかもしれない」
「えっ」
思わず声が漏れた。
「好きな人の幸せを望めない男が、彼女を幸せにできると思う?」
返す言葉が見つからなかった。
しばらく高木さんと話をしていたが、その言葉が頭から離れなかった。
その後、俺は毎日のように高木さんの家で西野さんの話をしていた。
話すたびに、少しずつ気持ちが整理されていった。
話しているうちに、自分のことしか考えていなかったことに気がついた。
西野さんの勇気を無駄にしたくない。
そう思えるようになった。
本当は、俺が彼女を幸せにしたかった。
それは諦めるしかない――
そう思うと、やっぱり悔しくて仕方なかった。
それからも、俺たちは以前と変わらずにいた。
ある日、高木さんが言った。
「西野さんと付き合うことにしたよ」
どんな返事をしたのかは、はっきり覚えていない。
「俺の代わりに彼女を幸せにしてね」
「彼女を頼んだよ」
そんな気の利いたことは言っていないはずだ。
「そうなんだ」とだけ返したような気がする。
高木さんと西野さんが付き合うことになった。
高木さんには勝てない。
仕方ない。
そう思う自分がいた。
でも同時に――
自分が好きになった人を高木さんも好きになってくれたこと。
付き合うと決めたこと。
それが、どこか嬉しくもあった。
数日後、俺は西野さんとやり取りしたメールを読み返していた。
新しいものから一通ずつ、彼女を思い出しながら。
そして、削除した。
削除すれば、二度と読み返せない――
そう思うたびに、削除を押す指が止まる。
それでも、一通ずつ読んでは削除した。
彼女との時間はすべてが楽しかった。
何度も胸が高鳴った。
でも今は、それが苦しくてたまらなかった。
西野さんに振られてから一度も泣けなかった。
でも、完全に終わった。
そう思うと、涙が止まらなかった。
生まれて初めて、肩を震わせ、しゃくりあげて泣いた。
声を抑えられない自分に驚き、ソファーに顔を埋めて必死に声を殺した。
彼女とのメールをすべて削除した。
彼女の電話番号も削除した。
本当は彼女と、もっと色々行きたかった。
本当は彼女と、もっと触れ合いたかった。
でも、諦めるしかなかった。
これでいいんだ。
次に進もう。
そう、自分に言い聞かせた。




