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『おとん、あいたいよ』長編小説  作者: のん


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第4章 『不屈の精神力と屈強な体力』

お父さんの身体は、

不思議な生命力に満ちていた。


かつて胃潰瘍か十二指腸のポリープで手術をした時を境に、お父さんの体質は劇的に変わった。それまでは細身で、食事もサンドイッチなどの軽いものを好んでいたのに、手術を終えると一転して「米派」になった。


しっかりとした健全な体つきになり、食への志向が力強くなっていくのを、私たちは驚きとともに見守っていた。


けれど、運命はさらなる試練を与える。お父さんに胃癌が見つかった。


手術は当初、腹腔鏡によるそれほど時間のかからないものになる予定だった。


しかし、いざ手術が始まるとお父さんの立派に蓄えられた脂肪が壁となり、急遽大きくお腹を開く開腹手術へと切り替わった。


十時間にも及ぶ大手術。

胃のほとんどを摘出するという、過酷な現実がお父さんを待っていた。


普通の人間なら、気弱になり食も細くなってしまうだろう。 それなのにお父さんは「普通」ではなかった。 回復後のお父さんは再発の不安を吹き飛ばすかのように、以前にも増して凄まじい食欲を見せ始めていた。


胃癌を患ったことなど微塵も感じさせないほど、お父さんはよく食べ体格は以前にも増して貫禄を帯びていった。


長距離ドライバーとして全国を走るお父さんの食事処は、主に高速道路のパーキングエリアやコンビニだった。 ラーメンに丼ものを組み合わせ、時には唐揚げ定食。


ドライバーたちの胃袋を満たすハイカロリーなメニューを、お父さんは「これぞ男の飯だ」と言わんばかりに、実に美味しそうに平らげた。 手術の大きな傷跡をお腹に残しながらも、ガツガツと米を掻き込むその姿は、病に屈しないお父さんのプライドそのものだった。


胃がないはずなのに、誰よりも元気に、誰よりも豪快に食べる。  

その食べっぷりの良さが、私たち家族にとっては何よりの安心材料だった。


胃癌という大きな山を越え、さらに貫禄を増したお父さんの周りには、いつの間にか新しい家族の笑い声が溢れるようになっていた。


あんなに厳格で不器用だったお父さんが、孫たちの前では驚くほど「弱かった」。

孫たちからは「じい」と呼ばれ、とりわけ初孫に対しては愛おしさが漏れ出していた。


それはかつて私たち娘を「トドとアザラシ」とからかっていた時とはまた違う、目尻の下がったどこまでも穏やかな顔だった。


けれど、お父さんの根っこの「イタズラ心」は変わらない。 孫たちを連れてアスレチックへ行けば、高い橋を渡る孫の背後からわざと橋を揺らして驚かせ、外側にいれば横から揺さぶりをかける。驚いて振り返る孫の顔を見て、お父さんは声を出さずにニヤニヤと笑っていた。


愛犬のレオも、その賑やかな輪の中にいた。

ポメラニアンとチワワのミックスの小さなレオをお父さんはまるでもう一人の孫のように溺愛していた。


お父さんは、自分からは甘い言葉を言わない。


私が夫との関係に悩み苦しんでいた時も直接私に何かを言うことはなかった。


けれど、後になってお姉ちゃんから聞いた。

お父さんは私がいないところでこう話していたらしい。


「いつでも戻ってくればいい」と。


その一言に、どれだけの覚悟と愛情が込められていたか。

お父さんはいつだって私たちが帰る場所を守っていてくれていた。


そしてお父さんは、娘たちの人生の節目には必ずそばにいてくれた。


どんなに長距離の仕事が詰まっていても、どんなに身体が疲れていても、大切な日には必ずあの銀色の車を走らせて駆けつけてくれる。


多くは語らずとも、そこにいてくれるだけで、私たちは「大丈夫」と、あの合宿免許の時のように前を向くことができた。


お父さんの人生の後半戦はそんな「家族の笑顔」を暖かくそばで見守り眺めている日々だった。


仕事人でありながら、家の中では孫に揺さぶりをかける、ただの優しい「じい」。


お父さんの背中はいつの間にか私たち全員を包み込むほど大きくそして温かくなっていた。


お父さんの人生の後半は、家族という新しい船を見守る、穏やかな時間だった。


それでもお父さんの胸の奥にある「冒険心」は、あのトラック野郎の頃から変わっていなかったのかもしれない。


ある夏の日。家族で海沿いへ旅行に出かけた時のことだ。お父さんは成長した二人の孫を連れて、船釣りに繰り出した。


私は同行していなかったけれど、戻ってきたお父さんから話を聞かせてもらった。


お父さんが孫たちに釣りの手ほどきをどうしたのか、どんなふうに孫たちと船の上で過ごしたのか。後になって残された一枚の写真を見た時、私は胸が熱くなった。


そこに写っていたのは、私が今まで見たことのないような、お父さんの姿だった。 それは釣った魚を誇らしげに抱えとびっきりに笑っている少年のようなお父さんの写真。


胃癌の手術の痕もお腹に残るその身体で、海原を背に、心の底から釣りを、そして孫たちとの時間を楽しんでいる。それは、お父さんの人生の充実がきらめくまさに『最高の一枚』だった。


お父さんが遺してくれたビデオカメラには、その日の動画も残っていた。  


画面の中で大きくなった二人の孫が、不慣れな手つきで釣りにチャレンジしている。

「じい、これどうやるの?」 「おう、貸してみろ」 そんな会話が聞こえてきそうな距離感で、お父さんは孫たちの様子を、じっと見守っている。


カメラを回すお父さんの、孫たちの成長を誇らしく思うような温かい眼差しが画面越しにも伝わってきた。


お父さんは、言葉で愛を伝える人ではなかった。

けれどその写真と動画にはお父さんの人生のすべてが詰まっていた。


仕事の厳しさも病の苦しみも、乗り越えた先にあったこの少年の笑顔。

オレンジ色のシャツを着て最高の獲物を抱えて笑うその姿こそが、お父さんという「船」がたどり着いた、お父さんだけの唯一無二の景色だったのだと思う。




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