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ギルド最強の孤高の剣士は、ぽやぽや受付嬢にご執心  作者: 工藤 でん


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しーっ!

 同じ街の冒険者ギルド同士、仲が悪いかと言うと、そうでもない。ギルド同士で共同探索が行われることもある。

とある迷宮で新しいゾーンが発掘されたため、ギルドの壁を超えて実力者を集め、探索することになった。数週間かけて迷宮を探索し、無事新しいゾーンは踏破された。

 


ギルド『愚者の頂』の本日の業務は、迷宮踏破終了の報告・手続きだった。よって探索に参加した別ギルドの冒険者たちも『愚者の頂』に集まっている。実力者の集まった豪華な顔ぶれの、珍しい光景だった。


特に『愚者の頂』のガルドバス、同じくヒューイ、他ギルドのジャンが囲むテーブルは間違いなく街のトップスリーが集った場所だった。「あの三人が揃ってるぜ」と他の冒険者たちがざわざわしている。


三人とも長くこの稼業に身を置いているため顔見知りであり、実力もお互いに認めていた。互いの失敗も成功もある程度把握している。集まれば雑談するくらいには、気安い仲だった。


「……最後のヒュドラを倒した時のガル、ヤバかったな」

 

 他ギルドのSランクパーティのリーダー、ジャンがガルドバスに目を向けた。賞賛の色が強いのは彼もまた剣士だからだろう。

 ガルドバスは軽く肩をすくめた。


「あれだけ動けたのは、バフが効いてたからだ。お前の所の魔術師は腕がいい」

「まあな。あいつは間違いなく一流だ。だが、バフの効果をこの短期間で把握して、ヒュドラ相手に本番一発目でかませる奴は、お前以外にいないよ、ガル」

「タイミングがよかっただけだ」

「そのタイミングのきっかけ作ったのもお前だろうが。狙ってやっててよく言う」

「なあ、やっぱ『黒豹の牙』に入れよ、ガル」


 Sランクパーティ『黒豹の牙』のリーダー、ヒューイがガルドバスの肩に手をかけた。それをガルドバスは鬱陶しそうに払った。よく見る光景だ。それを見てジャンが声を上げて笑う。


「フラれ続けてんな、ヒューイ」

「うるせーな。俺はあきらめないからな。

 ジャンも、もったいねえとは思わないか? ガルに支援魔法ガンガンかけてさ、Sランクの魔物倒す経験をさらに積ませてみろよ。今よりもっと、とんでもないバケモノになるぞ」

「今でも十分バケモノだぞ、ガルは。

 まあ確かに、『狂剣のガル』はうちのパーティにも欲しい。なんならうちのギルドに来ないか、ガル。うちはここより大手だし、依頼の内容も幅が広い。あと、冒険者に美人が多い」

「断る」

「にべもねえな」


 苦笑したジャンを見て、ヒューイが声を上げて笑った。ガルがうちのギルド辞めることはありえねえと、ジャンに言い切った。

 訝し気にしているジャンに、訳知り顔でヒューイは身を寄せた。


「ガル、最近恋人ができてな。うちのギルドの受付嬢」

「へえ」

「おい」


 ガルドバスが殺気を伴った視線をヒューイに向けたが、Sランクパーティのリーダーには通用しない。ニタニタ笑いながらジャンに報告する。


「人目はばからずのラッブラブだから。彼女がうちのギルドに勤めている限り、ガルの別ギルド行きはないぞ」

「へええ。このギルドの子なんだろ。今いんの? 見たい」

「これが意外性の塊でさあ。

 ……お、噂をすれば。あれだよ」


 ひょこひょこと蜂蜜色の頭が三人に近づいてきていた。

 高ランク冒険者の発する威圧感に気づくこともなく、ぽやぽやしている女子だ。誰にでも同じようにこのぽやぽや笑顔を向けられるからこそ、こちらに寄越されたのだろう。この高ランカーの三人に近づくのは、誰だって怖い。


おそらく、ギルドの先輩から仕事を託された、いや押し付けられたミノンは、異様な存在感を漂わせている三人のテーブルの前で、ぺこーりと頭を下げた。


「迷宮探索、お疲れ様でーす。ちょっと確認事項がありまして。今いいですかー?」


 ジャンは呆気にとられた。

 『狂剣のガル』と二つ名のついた、冒険者の中でも畏怖されているガルドバスの恋人が、この女? このぽやぽや?

見かけで判断してはいけないだろうが、緊張感のかけらもない、気の抜けた様子の女……。

 

 ミノンは手元の書類を確認して、にこーっとジャンに笑いかけた。

 とてとてとジャンに近づいてくる。


「あー、ジャンさんですねー。この度は共同探索ありがとうございましたー」

「あ、ああ」

「ご無事の帰還お祝い申し上げますー。

 ところでですねー。提出していただいた地図の五階層のとこでですねー、ちょっと不明なところがありましてー」

「ああ、あそこ複雑だったからな。どこ?」

「この、一番西側の、通路の先……」

「ミーノーンー」


 腹の底から響くような低音が響いた。

 ガルドバスである。

タダでさえタチの悪そうな容貌が、どす黒く沈んでいた。その黒く光る暗い双眸におののいているミノンを、ガルドバスは小さく手招きしている。

 恐る恐る近づいたミノンを、ガルドバスはひょいと持ち上げた。そのまま自分の膝にミノンを乗せる。乗せられたミノンは、きょとんとしたまま固まった。それから、あわあわと慌て始めた。


「ここからやれ」

「ガ、ガルさん、ここからは無理ですー。ジャンさんに説明できないですー」

「ミノン、ジャンに近づきすぎだ。こいつは桁違いの女タラシなんだ。そばに寄ると穢れる。ここからでいい」

「あのっ、私、今、仕事中なんですけどっ」

「数週間ぶりに会った俺にかける言葉がそれか?」

「そ、そういうのは仕事終わってからですよね!」

「「ぶふーーー!!」」


 ジャンとヒューイが吹き出した。

 恋人が別の男と馴れ合っている現場を見た不機嫌さと、恋人に会えた喜びが見事に混じった、見たこともないガルドバスがそこにいた。他の男に近づくのは許しがたいが、久しぶりに会えたのが嬉しくて頬が緩む。そんな顔をしている。

 こんな分かりやすいやつだったか、こいつ。思ったこと全部顔に出てんじゃん。バカみたいに素が出てんじゃん。面白すぎて笑いが止まらん。腹いてえから。


 ミノンが顔見知りのヒューイに「助けてください、ヒューイさーん」と声を上げると、途端に機嫌を損ねたガルドバスがミノンの蜂蜜色のくせ毛をわしゃわしゃかきまぜた。くせ毛はあっけなく、四方八方に広がった。


「わー、なんてことするんですか、ガルさん! この髪戻すの大変なんですよー!」

「うるさい」

「突然こんなのひどくないですかー?」

「お前の態度の方がひどい」

「そんな事ないですよお。私、真面目にお仕事してますよね。ねえ、ヒューイさんジャンさーん」

「もうね、俺たちからは何も言えない」

「うん、勝手にやってろ」

「助けて下さいよお」


 結局、ミノンはガルドバスの膝の上で、必死に書類の確認をした。

 その間中ガルドバスは、迷宮で魔物を屠っているような顔のまま、手櫛でミノンの蜂蜜色の髪を整えていた。

 


 若干げっそりしたミノンを見送って、ジャンはガルドバスに目を向けた。

 いつものようなガラの悪い風貌だが、幾分落ち着いたように見える。ほんの少しだけぽやぽやしている。

 補充されてんなあと、見た目でわかるわかりやすさだ。 

 本当にこいつ、あの『狂剣のガル』か?


「噂を間近で見せつけられて、腹が痛いよ、ガル」

「……うるせえ」

「初めてじゃねえか? お前がこんなに女に入れ込むの」

「今までは女の方がお前に参ってるパターンだったもんな」

「知らねえよ」

「それにしても、なんで、あれ? 取り立てて美人でもないし、美味そうな身体つきでもない。ガルならもっと上玉が選り取りみどりだろーが」

「……話す必要あるか?」 

「ある。大あり。だって俺が聞きたいから」

「俺も」

 

 Sランク冒険者二人がニヤつきながらガルドバスに迫る。言わないと納まらない気配が濃厚だ。この二人はねちっこいこともガルドバスは知っていた。


 いろいろと諦めたガルドバスは深いため息をついた。

 トントンと、自分の耳をつつく。自分の耳で聞いてみろ、ということらしい。


 高レベル冒険者ともなれば、五感はかなり鋭いものだ。そうでもなければ危険な迷宮を探索し、生き延びることなどできない。

 ある程度集中すれば聞きたい箇所を抽出して聞き出すこともできる。ギルド内のカウンターの中の会話など筒抜けだ。


《ミノン、この地図上下逆じゃねえ?》

《あわわわわ、ほんとです、すいません》

《この計算まだ終わってないのー?》

《ああっ、清書したのがここにっ、差し替え忘れてっ》

《あぶねえ、ミノン! インク壺倒れる!》

《ひやああああ……うわ、だいじょぶだったあ》

《なあ、昼飯の出前誰が頼むんだっけ?》

《……私だ!》

《ミノンー!!》


 仕事のできない新人の混じる職場の会話である。一人お間抜けが混じっている。明らかにドジっ子がいる。

 聞き耳を立てたジャンとヒューイは、じとっとガルドバスに目を移した。

 ガルドバスは沈痛な面持ちで額に片手を当てた。重々しい動作だった。


「……目が離せなくて」

「バカだな、おまえ」

「どうかしてんな、おまえ」

「必死なくせに要領悪い。不器用だからミスも多いし人一倍怒られてる」

「だろうな」

「うちのギルドにはいらねえかな」

「……ただ、弱音は吐かない。俺ら冒険者の前では常にぽやぽやして見せる。死ぬほど怒られた後ででもだ」


ガルドバスはカウンターの奥で見え隠れする蜂蜜色の頭髪を目で追った。一箇所に留まらず動いているのは、あれこれと使われているんだろう。


「この数ヶ月で、このギルドに所属する冒険者の顔と名前は一致してる。職業とランク、家族構成や人間関係のトラブルまで頭に入れてる。最近じゃ、相性の悪いヤツらを近づけないようにフォロー入れてる」

「……依頼によっては、パーティ同士組むこともあるもんな。最近トラブルを聞かねえと思ったら、それか」

「トラブルが起きてもあいつが間に入ってなんとかする。あいつ、話を聞き出すのだけは上手い。人間、全てぶちまければ、すっきりしてどうでも良くなることも多いからな」

「使いようによっては、有用だな」

「そういうのが一人いると、組織は楽だ」

「ぽやぽやした新人だが、あれはあれでプロなんだ。できることは全力でやってる」


だから目が離せないんだ、と目を細めてカウンターを睨みつけているガルドバス。


長い付き合いのジャンとヒューイは、そこに見たことの無い色を見た。ガラの悪い冷酷な雰囲気はそのまま、ガルドバスの目は一心に一人だけを追っていた。蜂蜜色した頭が動いた先で、和やかな笑い声が起きていた。


まさか、人を寄せつけない『狂剣のガル』から、慈愛が滲み出るなんて。常に不機嫌そうに結ばれていた口元が、ほころぶだなんて、おい。

ジャンとヒューイは珍しいものを見るようにガルドバスを眺めた。

恋人ができる前の、常に孤高で最恐と呼ばれていたガルドバスと、同一人物とは思えなかった。


人って恋愛するだけで、こんなに変わるもんか。それともガルドバスをこれほどに変えたミノンの方がやり手なのか。あのぽやぼやが、少なくとも一人の人間を変えた――


そのやり手かもしれないミノンが、カウンターの中で先輩に手厳しく怒られていた。


《ミノン、お前の書いた書式違う! 今回は合同だから、こっちでやれって言っただろが!》

《ひいいやあああ、これ全部やり直しぃ?》

《忙しい時に限ってやるよな、お前!》

《すいませぇぇん》


ジャンとヒューイは、揃ってガルドバスに目をやった。がっくりと項垂れたガルドバスは、その表情を鋼色の髪で隠していた。情けなくなってしまう顔を上げられないようだった。

大柄なはずのガルドバスが、心持ち小さく見えた。


「……プロになろう、とはしてんだ、あれで」

「はあん」

「へええ」

「……まだ大分、時間かかるだろうが」

「ガルはそれを、黙って見守ってんのね」

「うるせえ」

「愛だねえ」

「うるせえ」

「恋してるんだね」

「……うるせえっての」

「おまえ本当に。

 そういうのガチで似合わねえな」

「牙を抜かれたガル、見てておもろい」

「格好悪いよ、ガルさん」

「気持ち悪いよ、ガルさん」

「うるせえっつってんだろうがよ!!」


最大級の怒気を放って立ち上がったガルドバスの元に、とてとてとミノンがやってきた。立ち上がったガルドバスをどうどうと座らせ、人差し指を口に当てて「しー!」とか言ってる。おまけにガルドバスの鋼色の頭をいい子いい子と撫でると、またとてとてとカウンターの奥へ戻って行った。


ガルドバスは珍しく気の抜けた顔を晒して椅子に背を預けた。口元などゆるゆるだ。両手で顔を覆うと天を仰ぎ、ちっさい声で「癒されるからー」と呟いていた。


これがあの『狂剣のガル』。最強で最恐と呼ばれ、人を寄せ付けず孤高を保っていた男の、恋愛にうつつを抜かした成れの果て。


ジャンとヒューイはしばらく呼吸困難になるほど笑い転げた。そして、ねちっこくガルドバスを揶揄い続けた。


ここしばらくお目にかかったことのない、極上の娯楽だった。




揶揄われるよ、そりゃあ。今までどんだけ格好つけてたんだい、ガル。


次回、最終回です。

最後まで読んでいただけると光栄です。

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