かわいい
集団女子が威圧感を発揮してきます
ミノンはギルドのカウンターで、目の前の女性冒険者三人をぽやぽやと観察していた。
三人ともBランクパーティに所属している中堅冒険者である。
装備はデザイン性重視のようで、どこもかしこもキラキラつるつるすべすべしていた。とてもおしゃれな女性冒険者たちである。
ミノンはぽやんと、正面の三人を見比べた。
……なんで全員、胸の谷間をあんなに強調してるんだろう。そしてみんな、おっきい。すごくおっきい。
冒険者だから戦闘があるわけで。剣を打ち合ったり弓矢が飛び交ったり魔法がかすめたりと、そういう危険な現場がお仕事場のはずである。肌を露出していると、怪我をするリスクが高くならないのだろうか。おヘソ見えてる人もいる。
そーっと足の方も覗いてみた。ミニスカートか、ものすごく煽情的なスリットが入っているスカートだった。いずれにせよ、生足丸見え系である。
うーん。転んだら痛いよね。角度によっては中身見えちゃうよね。寒い日は毛糸のパンツ必須だよね。強い人の考えていることはよくわからないなあ。
「ちょっと、あんた、話聞いてんの? ぽやぽやしてんじゃないわよ!」
怒られた。
ミノンは、しょぼーんと座りなおした。
先ほどからこの三名様は、ミノンに高圧的に質問攻めだった。
ガルドバスとなぜ付き合うことになったのか。
本当にガルドバスから告られたのか。
ガルドバスの弱みでも握ってるのか。
どうやって篭絡したのか。
いつから狙ってたのか。
受付嬢ごときがガルドバスの凄さを分かってるのか。
ガルドバスの実績に泥を塗るつもりか。
きつめの言葉の洪水を浴びながら、ここ依頼受付カウンターなんだけどなあと、ミノンはぽやぽや思っていた。これもお仕事のうちなんだろうか。先輩からこんな業務があるなんて聞いてなかった。
まあ、話の内容がガルドバスについてだったので、ミノンはちゃんと理解したつもりだ。
この人たち、ガルドバスさんのファンだ。しかも熱烈なやつだ。なんと言っても、圧倒的な強さでは定評のあるガルドバスである。威圧感とガラの悪さはハンパないけど、見た目は端正な男の人である。ファンくらいつく。
憧れスターに熱愛発覚で、相手が取るに足らない人だった場合、「はあ、なんでっ?!」て思うよね。わかる。その気持ちはわかるよ。せめてスター性を秘めた相手であってほしいよね。
頭角を現し始めた女性魔法使いとか。まだまだ粗削りだけど伸びしろのある女性剣士とか。間違いなく納得感があるのは、すでに名前の売れた有能な女性冒険者さん……そんな人だったら、よかったよねー。
「……なんであんたみたいな平凡な受付嬢が、ガルドバスさんの恋人なのよ」
「ガルドバスさんにふさわしくないわ」
「彼にはもっと、実力のある美しい相手が相応しいのよ」
「そこんとこ、あんた分かってんの?!」
キツめに詰められて、ミノンは思わず涙ぐんだ。感情が高ぶってしまう。目の前の怒りに燃えた女性冒険者に向けて、声が震えないよう息を整えた。
「泣いてなんとかしようっての? 小賢しいわね」
「あんたなんてガルドバスさんに、まるで相応しくないわ。さっさと別れなさい」
「ガルドバスさんに相応しい女は、他にいるんだからね」
「……そうです。
そうなんですよ、相応しくないんですよ」
「そうよ、相応しくない……ん?」
「分かりますう! 私がガルドバスさんに相応しくないことは、すごーく分かってるんですう!」
ミノンは目の前の三人の手を握った。握ってぶんぶん振った。力強くぶんぶんした。
思わぬ反応に、女性冒険者三人は呆気に取られている。
ガルドバスとの交際を反対されて、てっきりミノンが泣き出すか怒りだすか反論してくるかと思っていた。それを、馬鹿にしてやるか笑い飛ばしてやるか論破してやるか、手ぐすね引いて待ってたというのに。それが。
……分かりますう、って。どゆこと?
ミノンは何度もうなずきながら、途方に暮れた顔をしていた。途方に暮れて泣きそうになっていた。
「ガルドバスさんがなんで私を選んだのか、私もわかんないんですよー。同僚のみんなはなんでか聞けって言うんですけど、ガルドバスさんのあの不機嫌そうな顔見たら、そんなの聞けないじゃないですかー。怖いからー」
「え、ええ」
「剣どころか、魔法の杖さえちょっと重いなって筋力の私が、ガルドバスさんと一緒にいていいわけないじゃないですかあ。
魔法? 使えるわけないですー。使えたらギルドで受付なんて仕事してませんよー。ほんと、何もできないんですよ私。話聞くしかできないんです私」
「そ、そうね」
「そうだ、皆さんでガルドバスさんに聞きに行ってもらえませんか? なんでミノンなのかって。今からでも変更可能だぞと。ミノン以外に素敵な女性はいっぱいいるぞと」
「ちょ、ちょっと、それは」
「私、単なる一般人なんで。怖くて聞けないんで。怖すぎるんで。ガルドバスさんの殺意を放つ目力に負けちゃうんで!
みなさん冒険者さんだから、強いし平気ですよね。全員美人さんだからちょっとはガルドバスさんも優しい対応になるはずです、たぶん。確信はないけど、たぶん。おそらくきっとだいたいのところ大丈夫! ねっ!
殺されはしないでしょうから、はっきり聞いてきて下さいね! なんでミノンなのかと。選択間違ってないかと。ちゃんと目ぇ見えてんのかと。そこんとこ、懇切丁寧に至れり尽くせりで、よろしくおねがいし……あ」
ミノンは三人の女性冒険者の上に現れた顔を見て固まった。鋼色の髪の下にある黒い目が、不機嫌を全開にしてミノンを見下ろしていた。
三人の女性冒険者たちも、背後を見上げて固まった。噂のその人がいるとは思っていなかったのだ。
「退け」の一言で女性たちは光の速さで席を譲った。
ガルドバスである。
ガルドバスはカウンターにつくと、ミノンを視線で殺しに来た。
ミノンにとってはすでに殺人としか思えないくらいの、冷徹な視線が突き刺さってきた。物理的に痛い気がする。
この話、どこから聞かれてたんだろー、とミノンは冷や汗と共に考えていた。割と聞かれたくないことを口走っていた気がする。怖いを連呼していた気がする。
だってぶっちゃけ、今だって怖い。
ガルドバスが重々しく口を開いた。
「なんでミノンを選んだか、だったか」
……おおっと、かなり最初から聞かれてたー!
ミノンは呼吸が浅くなったのを自覚した。やばい、酸素が足りない。苦しい。死んじゃう。
この、ただでさえ怖い男に、今から説教されるのだ。めちゃくちゃ怒られるのだ。だってもう、顔が怒っている。怒りに満ち満ちている。
おまえ、言わなきゃ分かんねえのか、と怒られるのか。
そんなこと聞いてくんじゃねえ、と怒られるのか。
人を使わずてめえで聞いてこい、と怒られるのか。
どっちを向いても怒られる未来しかない。ガルドバスの怒りなんて、それはもう死の延長線上でしかない。彼の怒りが向けられれば当たり前に寿命は縮む。そうか、今日が私の命日か。
ギルド内がしんと静まり返っていた。
ミノンは覚悟を決めた。覚悟を決めてガルドバスの言葉を待った。
ガルドバスはいつものガラの悪い様子のまま、ミノンに鋭い視線を固定した。
「……おまえ、かわいいから」
ガルドバスの素っ気ない声が聞こえてきた。
そうかー。かわいいからかー。
かわい……?
……ん?
んん?
……ガルドバスさん、なんて言った?
ミノンが恐る恐るガルドバスを見上げると、ガラの悪い様子はそのまま、ミノンから目を逸らした彼氏がいた。なんだかばつが悪そうだった。
「かわいい」
もう一回言った。今度は明らかに照れていた。
ギルド内に音のない衝撃が走った。
あの『狂剣のガル』が照れている!
物騒な顔のまま照れている!
ミノンはカウンターに突っ伏した。こちらは耳まで真っ赤である。
ミノンの頭の中で「かわいいから……かわいい……」と言うガルドバスの声が、エンドレスリピートしていた。「かわいい」が頭に響くたびに胸がきゅんとか鳴っている。エンドレスなので、ずっと心臓に負荷がかかっている。本当に死ぬかもしれない。
さらにガルドバスは、突っ伏したミノンの蜂蜜色の髪を片手で混ぜ始めた。普段は魔獣や魔物をぶった斬っている、殺戮に特化した危険な手が、柔らかくミノンの髪を撫でていた。その手つきが、本人の殺伐とした表情と反比例して、たまらなく優しい。
とどめである。
あの『狂剣のガル』が、恥ずかしげもなくラブラブでイチャイチャ、の噂は、やはり疾風のごとくギルド内で広まっていった。
怖い顔のデレって、よくないですか?




