休日を共に 1
デート。
デート、か?
ガルドバスは頻繁に依頼を受ける男だ。受ける依頼はBランクからSランクまでの、高レベルのものばかりである。
冒険者ランクはFランクからSランクまであり、自分のランクと同じか、一つ上の依頼を受けることをギルドでは推奨している。
Aランクのガルドバスが受ける依頼は難易度が高く、報酬も高額なことが多い。通常ならパーティを組んで挑むような依頼でも、たった一人で達成してしまう。パーティであれば報酬は頭割りになるのだが、一人で達成するガルドバスは報酬が総取りとなるわけだ。つまり、かなり稼いでいることになる。
その割にガルドバスに豪遊の噂は聞かない。さすがに装備はすべて特注で、見るからにふんだんに金をかけていることは分かる。だが、街で羽目を外すような話は聞いたことがない。
Sランクパーティ『黒豹の牙』などは、高級酒場を貸切にして大騒ぎしたりしている。たまにお店を壊すくらいの騒ぎをしている。おかげで出禁になったりしているので、酒場からのクレームを冒険者ギルド『愚者の頂』が受けていた。
その日もミノンは依頼達成の手続きをして、ガルドバスに書類を渡していた。ミノンの月収三か月分くらいの額が記載された数字を、ガルドバスは無感動に確認していた。報酬はギルドの銀行預かりで、手渡しすることはあまりない。
ミノンがこんな額の報酬をもらったら、小躍りしながら鼻歌とともに欲しいものを夢想してヨダレが出てるだろう。ガルドバスにはそんな浮かれた様子がない。それに、これだけ稼いでるんだから、そんなに働かなくてもいいはずなのに。
「ガルドバスさん、働きっぱなしですけど、お休みしたりしないんですかー?」
「……あ?」
「ごめんなさいすみませんもう余計なこと言いませんー」
「怒ってねえ」
ミノンは思ったらすぐに口にしてしまうオノレを反省した。怒ってないと言っているガルドバスは怒っているように見える。冷酷な黒い目がミノンを刺してくる。血が吹き出ないのが不思議なくらいの刺しっぷりだ。少なくとも、愛しい恋人を見つめる視線ではない。
ガルドバスが不意に目を逸らした。小首を傾げ何かしら考えている。鋼色の髪が目にかかったのか、軽くかき上げられた。
「……お前との時間を作れ、ということか」
「えーと、はい?」
「付き合ってから、あまり一緒に過ごしていない」
「はい、あの。ご飯が二回」
「それだけか」
ギルドの業務終了間際に、迷宮品の査定確認に来たガルドバスから食事に誘われたのが一回。
徹夜明けの護衛依頼を終わらせたガルドバスが、ランチに向かうのについて行ったのが一回。
以上だ。
もちろん食事の後はまっすぐ家、もしくはギルドに帰っている。ミノンが新しく知ったガルドバスの情報は、めっちゃ食べる特に肉、くらいのものであった。
これは恋人として共に食事を楽しんでいると言うよりむしろ、よく食う動物を愛でているに近い。ガルドバスの食べっぷりは見てて気持ちがいい。
ガルドバスはミノンに端正な横顔を向けている。
「ミノン、次の休みは」
「明日、ですー」
「そうか。では明日、俺も休む」
「ほえっ」
「予定でもあったか」
「いえ、ないこともないというか。ただ、実家に帰ろうかなと」
「実家はリエソン村だったか。街道から外れた所の」
「あれ、言ってましたっけ……」
「俺も行く」
「ぐえっ?!」
「悪いか」
もちろんノーと言える雰囲気は一切なく。
ミノンのただの帰省が、存在感爆盛りの彼氏付きになってしまった。
実家のあるリエソン村まで、乗り合い馬車で二時間ほどかかる。ミノンはもちろん馬車に乗るつもりで、ガルドバスとの待ち合わせ場所に向かった。
約束の待ち合わせ場所に、ガルドバスは立っていた。引き締まった体躯の長身を、黒い装備で固め、特注の大剣を腰に下げている。いつもの格好だ。
しかし、ガルドバスは一人ではなかった。
正確には、もう一頭いた。
黒い大きな馬である。
この馬を、ミノンは職場の裏庭で見たことがあった。冒険者ギルドで調教されている貸し出し可能な戦闘馬のうちの、一頭である。低ランクの魔物くらいなら蹴散らせるほどに鍛えられ、魔装具のついた鞍の装着も可能な、大変優秀な馬である。主に高貴な方の護衛依頼などに使われる。
その優秀なお馬さんが、ただのミノンの帰省に連れられてきた。
「ガガガガガルドバスさん。なんで、ここに戦闘馬ちゃんが……」
「こいつの方が早い」
「そうですけども! この子、すごい優秀な子なんですよ! 私の単なる帰省に使われるような子じゃないんですー!」
「効率を重視した」
「でも! この子の貸出料だってすごく高いのに……」
ガルドバスは無表情のままミノンに顔を近づけた。酷薄に光る黒い瞳が雄弁に不満だと主張していた。
「余計なことしたか」
「う、うううれしいですー」
「では向かう。乗馬は初めてか」
「はいー」
「そうか。それなら、あまり飛ばさない」
嘘だった。
戦闘馬は軽快に街道を走り抜けた。乗せている人員の重さを軽減する魔装具の鞍を付けているため(ちなみに追加料金のオプションだ)、馬の調子もいい。ガルドバスの前に座らされたミノンは、ごりごりの筋肉でできた二本の腕と、前のめりになって馬を駆けさせるガルドバスの分厚い胸筋に挟まれながら、故郷のことを思っていた。
こんなでっかい馬に乗って、こんなごっつい人連れて帰ったら、村でどんな噂されるんだろう。冒険者ギルドで失敗して怖い人に売り飛ばされたと思われるんだろうか。今日が両親への最後の挨拶だとか、気を確かに持って元気でやるんだよとか……うう。
生きた心地のしないまま故郷の村に着く。
懐かしの故郷リエソン村は、なぜだか男衆総出で工事の最中だった。
大量の木材が用意され、穴を掘ったり木材を設置したり組んだりしている。村を守るための防御柵のように見えた。
ミノンはガルドバスに馬から下ろしてもらい(酷い乗馬の揺れで足はガクガクだった)、顔見知りのおじさんに声をかけた。
「おじさん、久しぶり。何してんのー」
「おー、ミノン。帰ってきたのか。
……なんだ、あそこで水飲んでる馬鹿デカイ馬と、飛び抜けて人相の悪い男」
「こ、ここまで連れてきてくれたいい人だから! あの見た目で、親切心に溢れてる天使みたいな人だから!」
「あれが天使……悪魔みたいなツラにしか見えんが。
……いや、この近くで魔獣の群れが確認されてな。慌てて柵を作ろうって話になったんだ」
「魔獣の群れ? 大変じゃない!
冒険者ギルドに討伐依頼は出したの?」
「昨日出したから、今日ギルドに貼られてるんじゃねえか? だが、都合よく依頼を受けてくれる冒険者がいるとは限らねえからなあ」
依頼料もそんなに出せねえしなあ、とおじさんは作業に戻って行った。
ミノンはぽやぽやと昨日の新規依頼を思い出しながら、ガルドバスの元に向かった。
思い出す限り、リエソン村からの魔獣討伐依頼は無かったように思う。さすがに故郷からの依頼を見逃すことはないだろう。小さな村から出る依頼料はほぼ一律の価格に設定されているが、同じ位の依頼料でもっと楽な仕事もある。希少な素材の採集依頼など、運が良ければ魔物や魔獣に出会わずに完遂できる。初心者から中級冒険者なら十中八九そんな採集依頼に飛びつくはず。
緊急性は魔獣討伐依頼なんだけどなあ、などと考えながらぽてぽてとガルドバスに近づくと、険しい顔をした彼氏がミノンを見つめていた。「どうした」とかけられた低音の声は通常営業で、険しい顔も通常営業だから、多分普通の声掛けだろう。
ガルドバスの重たすぎる視線で凝視されると、ミノンは「すいません、今すぐ死んできますんで!」と踵を返しそうになる。ちょっとだけ、気を付けたほうがいい。
ミノンはぽやぽやとガルドバスを見上げた。
「なんかですね、近くで魔獣の群れが出たらしくて。防護柵を作ってるみたいでー」
「ほう」
「討伐依頼は出てるんですけどね、私昨日そんな依頼ギルドで見てないんです。たぶん今日張り出されたのかも。でも最近依頼の数も多いから、冒険者さんがいつ受注してくれるかわかんないですよねー」
「ああ」
「昨日のうちにその依頼見てたら、今日実家帰ろうなんて思わなかったのにー。たぶん父も兄も防護柵作りに駆り出されてるでしょうし。実家帰ってもロクに話もできないかもですねー」
おかーさんにだけ会ってこようかな、とミノンは呟いた。実家で家族みんなでお昼ご飯とか思っていたが、それどころではなさそうだ。お土産渡して、さっさと帰ろう。
ミノンはぽやぽやと村の入口に向かおうとした。が、目の前に、ずおんと背の高い自分の彼氏が立ち塞がっていた。改めて見上げると、縦にでかい。
「ガルドバスさん、村に向かいましょー。ちっちゃい村なんですけどね、案内しますので」
「……ミノン。魔獣討伐依頼を出しているのが誰か、分かるか」
「あー、村長さんでしょうねえ。依頼料は村の経費から出るはずなんでー」
「おまえその依頼、受注してこい。書類は村長が持ってんだろ」
「え? なんで」
「討伐依頼、俺が受ける」
ガルドバスはなんでもないことのように素っ気なく言った。空間魔法付きの小さなカバンから黒い簡易式のアーマーなどを取り出して装着を始めている。もちろん腰にはいつものように長い愛刀が下げられていた。
ミノンは慌てて止めに入った。
「いや、いやいやいや。ガルドバスさんが受けるようなランクの討伐依頼じゃないですよー。ランクで言えばDかEくらいの、報酬も低いやつですよー」
「かまわん」
「こちらからガルドバスさんに見合った報酬が出せないんですよー! ちっちゃな村なんでお金ないんですう」
「Eランクの報酬でかまわんと言ってんだ」
ガルドバスは言い捨てると、さっさと戦闘馬に乗り込んだ。そのまま、防護柵の前に広がる草原に向けて馬を駆けさせた。戦闘前の緊張感などなく、いつものような冷淡な無表情のまま。
呆気にとられたミノンは、その鋼色の頭がぐんぐん遠ざかるのを眺めていた。ふいに我に返ると、慌てて村長の家に向けて、とてとてと走り出した。
ガルドバスが戻る前に、村長に事情を話して討伐依頼の受注手続きをしなきゃ。そうだ、討伐達成手続きもできるようにしておかなきゃ。ガルドバスさんのことだから、有り得ない速さで討伐完了してくることだろう。ギルドじゃないから、書類も手書きで作らなきゃいけない。
そもそも村長に、「偶然Aランク冒険者がいて、快くEランクの討伐依頼を引き受けてくれた」なんてありえない事を、実際にあったんだよって説明しなくてはいけない。それが一番時間かかるな、とミノンは思う。そんな都合よくAランク冒険者がいるはずがないもの。
ガルドバスが戻ってきて、まだ手続き終わってないなんてことになったら、どんな蔑んだ視線がやってくることか……あ、怖い。
……あわわわわ、急がなきゃ。急がなきゃ。
自分が睨まれ死寸前にいることを実感したミノンは、とてとて走りをどてどて走りに進化させ、村長の家の扉を叩いた。
この村に魔獣の群れが出たのは十三年振りでのう、村長さん昔話はいいから早く書類をね、あの時は十人くらいの冒険者が来てくれてのう何日かかったかなあ、だからね今Aランクが来てるからねすぐ討伐しちゃうからね受注完了させておかないとね、そうじゃ一週間はかかったんじゃ一斉に討伐はできん言うてなあ追い込んでは数を減らしてなあ、村長さん今回凄腕だから今日で終わっちゃうから依頼料も今のうちに準備しといた方がいいから……
「ミノン、終わった」
「ほらー!!」
ミノンが討伐依頼受注受付の用紙を書ききる前に、ガルドバスは村長の家に現れた。戦闘をこなしてきたとは思えないほど、先ほどと変わらない姿である。強いて言えば変わった香りがガルドバスからしているくらいか。
ガルドバスは村長に魔獣の死体を置く場所を確認している。魔獣は素材として価値があったり食肉にも適するものもあるので、討伐した魔獣は持ち込んで買い取ってもらうことがある。冒険者の大事な収入源でもあった。例に漏れずガルドバスも、空間魔法のついたカバンに詰め込んできたのだろう。
ミノンは書類をせっせと書きながら、どんな魔獣だったんだろうかと思いをはせた。高性能な空間魔法のカバンは、入れた時点で時間が止まるものもあるから、討伐したての流血ざぶざぶのものが運ばれてきているに違いない。村の人たち驚かなきゃいいけど。
村の広場から「わー!」「ぎゃあああ!」「うおー!」「きゃあああ!」という悲鳴的な声が響いてきた。懸念が確信に変わった。
ミノンが広場に走ると、その場は思ったより凄惨な事になっていた。
秋のお祭りなども行われる村の広場は、魔獣の死体の山で埋め尽くされていた。なにせ魔獣がでかいのだ。ヒュージブルと呼ばれる牛の魔獣で、家畜の牛と比べてふたまわりは大きい牛である。
それが三十頭以上、山積みになっていた。どくどくと血を流しているせいで、広場が血の海である。さらにむせるような血の臭いが辺りに充満していた。ガルドバスはそんな牛をカバンからさらに取り出そうとしているから、まだまだ出てくるはずだ。
「ストーーーーーップ! ガルドバスさん、待って!」
「あ?」
「なんでこんな所で、魔獣積んでるんです? 広場が血の海じゃないですかあ!」
「村長がここでいいって」
「いいわけないでしょー。場所変えましょう! その前に、村長さんどこですかー?」
「そこ。さっきから動かん」
「村長さーん!」
村長はガルドバスの傍らで、白目を向いて腰を抜かしていた。
さっくりと討伐しちゃいました、ガルさん。




