ミノン
ヒロイン側からうかがってみましょう
「なあ、ミノン。あの『狂剣のガル』と、本当に付き合い始めたのか」
「そうですよー」
「……そもそも、よくオーケーしたな」
「そうですかあ? 以前にですね、私の友達の自称・恋の戦士が言ってたんですけどね。
『えー、告られたらどうするって? そりゃあ、犯罪者じゃない限り、絶対付き合うっしょ!』らしいので。
世間一般では、そういうものなんだと」
「自称恋の戦士は、そうなんだろうけどさ。ミノンは恋の戦士だったか?」
「男性とお付き合い、初めてですー」
「近いうちに、怒涛の破局を迎えるとしか思えんのだが」
ミノンはぽやぽや首を傾げた。ミノンの中ではおかしな判断ではないので、取り越し苦労ですよおと笑った。
実際に付き合いだしたとはいえ、昨日の今日のことである。先ほども、昨日できなかったガルドバスの依頼受諾手続きをして、今までより長く話した、と胸を張った。相変わらず目が合った途端に、ぎゃあこわーい、と叫んでいたが。
ぽやぽやとそんな解説をされ、先輩のトーマスは頭を抱えた。なんだその、中身のない恋愛事情。全く熱量を感じない。
好きだとか愛してるとか。ガルドバスの冷酷な顔面からそんなピンク色の言葉が発せられるとは到底思わないが。なんというか、聞いてて恥ずかしくなるようなエピソードが欲しかったというか……
トーマスは呆れたように首を振るしかなかった。
「ガルドバスさんは、ミノンのどこが好きなんだって言ってた? どこに惚れたって?」
「わかりませんー」
「……聞いてないのか、ミノン」
「そういうの、聞くものですか?」
「そこは、聞けよ。
……ちなみにミノンはガルドバスさんのこと、どう思ってるの」
「おっかないですー」
「それだけ?」
「近くに寄ると体温下がりますー」
「血の気引いてんだよ」
これが本当に付き合いたてカップルの片割れか。
ミノンは相変わらずぽやぽや笑っている。別に恋人ができて浮かれているのではなく、通常運転のミノンだ。
いつになったら浮かれた気分になるのか、実は今から楽しみなミノンである。友人は恋人ができた時、ハイテンションのウッキウキだったので、いずれ自分もそうなるのだと期待している。友達のウッキウキ、とても楽しそうだったから。
レッツエンジョイ、ウッキウキ。いつになったら、ウッキウキになれるのかなあ。
トーマスはぽやぽやしたままのミノンを見て、釈然としていなかった。絶対どこかで齟齬が生まれている。噛み合ってる感じがしない。何かしらおかしなことになっている。
トーマスはミノンに心持ち顔を寄せた。
「昨日あのあと、二人で出かけたんだろ。ガルドバスさんと何話したんだよ」
「えーと。『俺と付き合え』『わかりましたー』、ですね」
「それから?」
「え? 今ので全部ですー」
「は? 全部?」
「えーとあとは。ガルドバスさんは明日から助っ人依頼で街を留守にすると。帰ったら依頼完了の手続きを頼むと」
「うん、それで?」
「わかりましたー、って答えて。そのままじゃあって、解散しました」
「なんだそれ。ただの業務連絡じゃねえか。
熱い抱擁は?! 初めてのちゅーは?!」
「とととととととんでもない!!」
お付き合いするって決まっただけですー、とミノンは慌てて両手を振った。この様子では、ガルドバスはミノンに触れてもいない。
なんだよそれ、つまんねー。とトーマスは乗り出していた姿勢を戻した。かけ違っていたのは、そこか。
凶悪なほど愛想のないガルドバスだが、一定の女性冒険者には人気がある。腕のたつ勝気な女性たちが、ガルドバスによく誘いをかけているのだ。
戦いの中に身を置く女性冒険者だからこそ、ギルド最強を謳われる剣士に強烈に惹かれるのだろう。露出度の高い装備に身を包んだ美人の女性冒険者がガルドバスに甘えるように絡んでいるのを、トーマスは何度も目撃しては羨んでいた。
あれ、絶対体の関係あんだろー、と。
そんなガルドバスだから、ミノンにも初めっから手を出すんだと思ってたのに。
傍若無人な見た目に反して、ガルドバスは恋愛初心者のミノン相手に、いきなり無体なことはしないつもりらしい。あの面でどこまでも紳士である。
「……意外だよなあ」
「何がですか?」
「……一応聞くけどさ。付き合った男女がどういうことするか、ミノンは知ってるんだよね?」
「ふふん。何を言ってるんですか、トーマスさん。私だってもうすぐ十九歳ですし。なんと言っても私の友人には、恋の戦士がいるんですからねー。
それはもう、たっぷりと聞いてます。恋愛話は耳年増です。彼女のオノロケは具体的な方法にまで細部に渡り……」
「それ、実際に自分もやるんだぞ。わかってるか?」
「……はわ?
はわわわわわわっ」
ミノンは真っ赤になって蜂蜜色の頭を抱えた。その後すぐに、はうっと目を見開いて真っ青になった。自分の彼氏がどんな人だったかに気づいたらしい。
ガルドバスの外見を思い出すだけで肝が冷えるというのに、聞きかじりのマル秘恋愛テクを、あの威圧感しかない男に実践するのだ。視線だけで人を殺せそうな男相手に、とても口では言えないようなことをやってみろというのか。
ミノンは真剣に悩んだ。
自分はいったいどんな重い罪を犯してそんなことになったんだ。かなり重罪を重ねないと、こんなに重い罰は受けないはずだ。何をしたんだ私。どうしてこうなっちゃったんだ私。
謝っても取り消してもらえないよね。「俺と付き合え」「はぁい、わかりましたー」って、昨日言っちゃったもん。なんなら片手もピシッと挙げてたもん。
リアルな現実が垣間見えたミノンは、涙目になって慌て始めた。
「どどどどどどどうしましょうトーマスさん。彼氏ができてウッキウキ、になるのを待つどころではなくなってきました。どうしたらいいんでしょう!」
「知るか」
「トーマスさん。万が一コトがそういう事になったら、援軍として待機しててくれませんか。タッチしたら交替とか」
「ふざけんな巻き込むんじゃねえ勝手にやってろ」
「そんなの恐ろしくてやれません~。たどりつく前に心臓止まりますってば。あの顔怖いんです~」
「じゃあなんで付き合うことにしたんだよ、バカ」
ぽやぽやの女子職員が涙目で先輩職員に食ってかかっている。先輩職員は明らかに適当にあしらっている。
今日のギルドは平和だなあ。と、依頼ボードの前でたむろする冒険者たちは、ぽやぽや慌てているミノンをほんわり眺めていた。
ミノン側の状況でした。
ミノン、分かってんだか分かってないんだか……




