勇者に倒されるまでがお仕事の魔王の報酬はホットケーキ
はじめまして。よろしくお願いします。
「……と、いうわけで魔王の仕事は本日あなたの死をもって終了となります。長い間お疲れ様でした」
真っ白な空間に無機質な女神の声が響く。先程まで勇者と死闘を繰り広げていた魔王は、ボロボロの鎧をまとい、目の前で剣を構える勇者の時が止まっているのに気付き深く息を吐いた。
「ハァ……やっと終わりっすか?」
魔王は重いだけの王冠を投げ捨て、血に濡れた髪をかき上げた。 魔王とは女神が世界の均衡を保つために用意した必要悪で、女神に召喚された彼は勇者に負ける瞬間まで魔王を演じ続けねばならなかった。
「はい。後は勇者の聖剣に貫かれて消滅するだけです。そこまでが魔王の仕事ですから」
女神が淡々と告げると魔王は挙手をした。
「報酬に転生先が選べるって話ですけど、普通のホットケーキが食べられる転生先を希望してもいいっすか?」
女神の神々しい顔がフリーズする。
「普通のホットケーキ……とは?」
「今までイメージ戦略で肉と酒しか口に出来なかったのでホットケーキが食べたいんすよ。でも、お店で食べるような分厚くてバターとシロップたっぷりのホットケーキじゃなくて、家で作るような平べたい生地でバターもシロップも程々なのがいいっす」
あまりに欲のない魔王の願いに女神は呆気に取られたが了承した。
「いいでしょう。あなたが食べたいと思うホットケーキが食べられる世界へ転生させると約束します」
「サンキュ女神様! ……勇者よ、そなたの勝ちだ。トドメを刺せ!」
パチン!と、指を鳴らす音がどこかから聞こえた瞬間、自分の家でホットケーキを焼いていた青年は自分が魔王だったことを思い出した。
「美味しそう!」
焼き立てのホットケーキに歓声を上げる女性の声に我に返る。彼女は自分の最愛の妻だ。魔王になる前、夫婦は高級店にホットケーキを食べに行って事故死していた。今度は死を回避出来たと密かに涙を飲み込んだ青年は平べたいけどフワフワなホットケーキを妻と仲良く食べた。
「旨っ!」
念願のホットケーキを世界で一番愛する妻とまた食べられるなんて。 百年間の苦労や孤独、兜越しに聞こえるトドメを拒む勇者の悲痛な声、その全てが温かくて優しい甘みに溶けて消えていくようだった。
「幸せだ。魔王やるよりホットケーキの方がよっぽど世界を救うよな」
「私も幸せ。勇者やるよりホットケーキの方がよっぽど世界を救うよねぇ」
青年は夢中でホットケーキを頬張っていたので切なく微笑む妻の言葉に気づかなかった。
読んでくれてありがとうございました。




