1話 転生
必死に走っていた。背後からは、鋭い足音と怒声が響き渡る。ヤクザの取り立てに追われ、必死に逃げること数日。もう限界だった。
「ちくしょう…どこまで追ってくるんだよ!」
額に汗をかき、息が上がる。体は重く、足は鉛のように感じられる。それでも、必死で足を動かし、あらゆる裏道を駆け抜けて逃げ続けた。
後ろを振り返れば、数人の男たちが迫ってくる。その中には、銃を持った男もいた。もう、どうしようもない。
そのとき、颯馬の視界に、一瞬だけその男の顔が浮かぶ。顔が見えた瞬間、すぐに男が銃を構え、引き金を引いた。
「くっ…!」
颯馬は反射的に体をひねり、弾丸を避けようとした。だが、次の瞬間、胸に激しい衝撃が走り、全身が痺れた。足元がふらつき、力が抜ける。
「う…あ…」
そのまま、膝をついて地面に崩れ落ちる。口から血がこぼれ、視界がぼやけていく。体内で何かが爆発したような痛みが広がり、呼吸が浅くなっていった。
もう、動けない。
「…もう…ダメか。」
颯馬は目を閉じ、息を引き取るのを待っていた。だが、その瞬間、不思議な感覚が全身を包み込んだ。
身体が、軽くなる…?
目を開けると、そこは全く見覚えのない天井が広がっていた。白く輝く天井、豪華なシャンデリアが静かに揺れている。優雅なカーテンが風に揺られ、金色の装飾が施された部屋の中。窓の外には、美しい庭園が広がっており、花々が色とりどりに咲いている。
「…ここは、どこだ?」
頬に触れる手は冷たく、体がだるい。息が荒く、体が動かない。けれど、心臓はまだ動いている。息をしている。死んだはずなのに…。
「俺は…死んだはずじゃ…」
混乱が体を支配し、目の前の光景が信じられなかった。その部屋は、まるで王族の寝室のように豪華で、絨毯が床を覆い、金色の家具が並べられていた。そして、何よりも異様だったのは、自分の体がまるで赤ちゃんのものになっていることだった。
手足は小さく、柔らかい皮膚に覆われ、視界は低い位置にあった。まるで赤ちゃんの体に転生してしまったような感覚が強烈に押し寄せてきた。
「俺…赤ちゃんに…?」
驚きと不安で胸がいっぱいになったが、同時にその状況が現実であることを理解し始めた。呼吸は浅く、体はまだ完全には動かせない。しかし、目を凝らして周りを見渡すと、豪華な部屋の中に一人の使用人が静かに立っているのが見えた。おそらく、ここの主か、それに近い存在だろう。
その人物は、颯馬が目を開けたことに気づき、優雅に歩み寄ってきた。
「お目覚めになられましたか、殿下。」
その声は柔らかく、優しい。しかし、颯馬はその言葉を理解するのに少し時間がかかった。どうやら、この新しい人生では「殿下」と呼ばれているらしい。
「殿下、今日はお食事の準備が整っております。どうぞお待ちくださいませ。」
颯馬はまだ理解が追いつかない中、その人物に促されるように、意識を集中させて体を動かしてみた。小さな手がゆっくりと動き、無力ながらも何とか顔を上げる。
「食事…?」
何もかもが不安で、混乱していた。けれど、確かなことは、ここは間違いなく異世界の豪華な部屋であり、自分が赤ちゃんとして生まれ変わってしまったということだ。
「どうして…こんなことになってるんだ…?」
混乱とともに、体に宿る新たな力を感じ取る。以前とは違う感覚だが、少しずつ自分の身体に宿る力の源が何であるかに気づき始める。
「俺、どうしてこんなことになったんだろう…」
問いかける先もなく、颯馬は再びベッドに横たわりながら、新たな運命に向き合う覚悟を決めるのであった。