ようこそ美しい夢の世界へ
「いたたた…」
アスファルト特有のざらざらした感覚が手から伝わってくる。ズキズキ痛む頭を抑えながら、どうにか重いまぶたを開ける。
肌を撫でる冷たい夜風が、鬱屈とした気分を多少マシにしてくれる
どうやら道路で倒れていたみたい。目眩に注意しながらゆっくりと立ち上がると、見覚えのない場所だった。どこだろうここ?
痛みが納まってきて、安心からか少しぼーっとしながら周りに目を走らせる。
上を見上げて思わずわぁ、と感嘆の声が出た。ーーーそれはとても、とても美しい星空だった
視線の先には無数の星々がきらきらと輝き、時折流れ星がキラッと流れ落ちていく
今まで見たことが無いほどそれはそれは美しい光景に、状況も忘れてしばらく心を奪われていた
明るすぎると小さな星々は暗闇に紛れてしまう
でも今は自分の役目を果たすように、居場所を見つけて嬉しそうにキラキラと輝いていた
しばらく景色に見とれてはっと現実に戻る
「どうしよう、早く帰らないと!お母さんがまた…」
時間が無い。急がないと。
早くしないと。早く帰らないとお母さんにまた怒られる。殴られる。走らなきゃ。でもどこに行けば、ここはどこなんだ。とにかく早くしないと。
思考だけが先走って視野が狭まっていく、かヒュかヒュ音がすると思ったら上手く息が吸えなくなっていた。
「ーーーもう大丈夫だよ。ゆっくり、そう。ゆっくり一緒に呼吸をしてみよう。息を大きく吸って…吐いて…、ゆっくり吸って…、吐いて…」
ふわり、泣きそうなくらい優しい匂いに包まれた
その温もりと声に委ねて呼吸を繰り返す。…人に抱きしめられたのはいつぶりだろうか。酸欠でぼーっとした頭で考えていたら、徐々に落ち着いてきた。やがて、普段通りの呼吸に戻ると、彼は安心したように良かったと背中を優しくトントンとたたいた。
「あの、すみません…ありがとう、ございます。」
顔を上げると中性的で綺麗な、どころか見た事ないくらい麗しい男性が立っていた。困り顔で首を傾げる彼にはきっと綺麗すぎてびっくりした、なんて言ったらまた困らせてしまうだろう
「君が新しくこの世界に来た人だね。よろしくね。私の名前は海月 麗。そのまま海に空に浮かぶ月、れいは麗しいとかで使われるやつだよ。自分で言うと…恥ずかしいね。」
そう言って麗さんははにかむように笑った。
全然違和感がない、むしろすごいピッタリな名前だ。透明感といい麗しさといい、その存在感に負けない名前で良いと思う。こういう時に自分のコミニュケーション能力が嫌になる。ただでさえ口下手で無愛想だから冷たく見られがちなのに、適切な言葉が見つからない。そんな自己嫌悪をずっと抱え続けている
「えっと私は夜野椿です。夜に野菜のや、花の椿でやのつばきです。…その、れいさんの名前とても素敵だと思います。……迷惑だったらすみません。」
何とか自己紹介する。彼への言葉が纏まらず保険をかけて要らない謝罪を付け加えた。
新しくこの世界に来た人、という言葉に引っ掛かりを覚える。それと同時に何故か納得している自分もいた。何か、なにかが違うのだ。上手く言い表せないが、ここは元の場所じゃない。その違和感をずっと感じていた。
「…ふふ、そう言って貰えると嬉しいよ。初めてこっちに来た人は驚く事が多いけど椿ちゃんは冷静なんだね。私は初めてこの世界に来た人の案内人なんだ。……そうだな、ここだと寒いしここの話をしながら温かい所に移動しようか」
ぱちりと目を瞬いた後、夜の雲が光を遮って彼に影を落とした。サァーっと吹き抜けた風に目をつぶり、次に開いた時には彼に戻っていた。
「…ぜひ。お世話になります、よろしくお願いします」
その事には触れないまま、彼に続いて歩き出す
確実に自分の何かが変わる予感に胸がざわめく。それでも、私はしっかりと歩み出した