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1章-3

 魔物は夜と共に現れる。しかしここ敗戦の地においては、災厄の影響で空気中に漂う魔素が濃く、昼間でも魔物が活動していた。先程の騒ぎを嗅ぎつけた魔物が何体か現れるが、ヴィオラとベルナルドが難なく殺していった。


「お茶を入れてくるわね」


 無事に家へたどり着くとヴィオラは台所へと姿を消した。ルキアスとアシュは隣り合わせで椅子に座る。ベルナルドは壁にもたれかかって腕を組んでいた。


「どうぞ。お砂糖とミルクは必要かしら」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ、ミルクを」


 先程怖い目にあったにもかかわらず、アシュは意外にも落ち着いていた。

 ヴィオラはアシュの向かいに腰を掛ける。


「私はヴィオラ。ヴィオラ・K・アルバ―チェよ」

「先程は危ないところを助けて頂きありがとうございました。私はアシュリー………………です」


 最後の方が上手く聞き取れなかったヴィオラが首を傾げているとルキアスが口を挟んだ。落ち着いてはいるが口調はやはり怒っている。


「どうして着いてきたんだ。それに学校はどうした」

「だ、だって、ルキのことが心配で……。学校に行ってもつまらないし、私にはルキだけが……」

「そんなことないだろう。アリサさんやルチアさんだって心配しているはずだ」

「そ、それは……」


 アリサとルチアはアシュの侍女だ。ルキアスを除いて唯一優しくしてくれる二人の目を盗んで彼女は家を抜け出してきた。後ろめたい気持ちはあったようで、アシュはまたしても口ごもる。

 いたたまれない空気にヴィオラが口を開く。


「どうでもいいのだけれど、貴方達はどのような関係?」

「なんてことはない、ただの幼馴染ですよ」

「そう……」


 ヴィオラはアシュの反応を見逃さなかった。ルキアスが幼馴染と答えたときの安堵と悲観が混じった表情に。分かりやすいまでにアシュはルキアスに想いを寄せていた。


「とにかく帰れ、アシュ。分かっているだろう、ここは危険だって。大人しく戻るんだ」

「い、嫌! 危険なのはルキも同じでしょう。なら私だってヴィオラさんに師事させてもらって強くなる!」

「ちょ、ちょっと。勝手に話を進めないでくれる。それは私が決めることよ」

「とにかく家には帰らない! あそこに私の居場所なんてない」

「まるでどっかの誰かさんに似ているな。いいんじゃねぇの? お前が面倒を見てやれば」

「また勝手なことを……! いいわ、外に出なさい、アシュ。貴女の実力を見せてもらうから」


 席を立ち玄関へ向かおうとするヴィオラに、


「ま、魔法はちょっと……お願いです! 雑用でも何でもします。だから、どうか、」


 涙を浮かべ縋りつくように懇願する少女。

 ヴィオラが戸惑う中、ルキアスが重い口を開いた。


「アシュは……レール家の一人です」

「ルキ……っ!?」

「なっ……レール家って五摂家クインテットの!?」

「おいおい、まじかよ……」


 注がれる視線に、アシュは諦念する。


「……アシュリー・U・レール。それが私の名前で、レール家の三女……です」


 五摂家は魔族に対抗するため、人類が魔法を使えるように貢献した五つの家系。

 魔法の基礎を築いたオルランド家、防護魔法のムーロ家、回復魔法のセレーナ家、支援魔法のアジュバント家、そして攻撃魔法のレール家。彼らがいなければ今の人類はないと言われている。魔法を扱う魔法士にとってはなおのこと。


 アシュが改めて自己紹介を終えると、ヴィオラとベルナルドは襟を正し片膝をつく。


「事情を知らぬとは言え、数々の非礼、申し訳ございません」

「あ、えっと、顔を上げて、そんなに畏まらないでください」


 敬われるには威厳のない態度。何か事情があるのだろうかと当惑しながら二人は顔を上げる。

 アシュは不安そうにルキアスへ顔を向けて助けを求めるが、ルキアスは無言で「自分から話せ」と返す。おずおずと少女は話し始めた。


 曰く、攻撃魔法を得意とする家系でありながら魔法の扱いが苦手なこと。それ故に家族から虐げられていること。学校でも出来損ないと除け者にして嗤われていること。


 話を聞き終えたヴィオラはなお頭を痛め、眉間を抑えた。


「事情は分かったわ。とは言え……」


 昔のヴィオラならば断わっていたところだ。彼女に――エレナに出会わなければ、最初から悩むことも悔やむこともなかった。絆されてしまったのだ。


 故に、荷の重い話だった。


 結界を張っているとはいえ、ここは敵地だ。命の保証はない。自衛手段の一つである攻撃魔法が苦手となると生活は厳しい。家に籠っていればいい話でもない。水や食料にも限りがある。結界が破られる可能性も否定出来ない。

 だがこのまま家に帰しても、アシュに幸せはない。五摂家ほどではないにしても、アルバーチェ家もそれなりの名家だ。貴族特有の息詰まる空間の苦しさは知っている。彼女はそれに毎日毎時間晒されているのだ。放ってはおけなかった。


「剣を……私に剣を教えてください……!」


 涙に濡れたアシュの檸檬色の瞳が鋭利に輝く。雫はもう零れてはいない、戦乙女の顔。

 エレナがヴィオラにとってかけがえのない存在であるように、アシュにとってもまたルキアスはかけがえのない存在だ。淡い恋心だけではない。命を賭してでも隣に立ちたい存在。

 ヴィオラは眉間をより一層強く抑える。何度断っても、アシュは退かないだろう。考えて、嘆息する。


「……せめて学校だけは卒業しなさい。最低限の教育を成し遂げることも出来なければ、戦場を生きることも敵わない。家が嫌いなのも構わない。それでもいつかレール家という立場を必要とするときが来るかもしれない。魔族と戦う前に、己から逃げないこと」


 言って、心の中で自嘲する。他人に説教を垂れるほど自らは向き合えているのか、と。


「ルキ。貴方、学校は?」

「昨日が卒業式でした。アシュは来週」

「なら改めて来週来なさい、アシュ。無事に卒業したら面倒を見てあげる。来るときはそこのベルナルドおじさんに連れてきてもらえばいいわ」

「おい、オレも暇じゃないんだぞ」

「あら? 先程『また来週』とおっしゃっていたのは師匠ですよ。いいわね、アシュ」

「はい! ありがとうございます……!」


 窓からオレンジ色に傾いた光がさす。ヴィオラが壁の時計を見れば日没まで一時間ほど。


「今日はもう危険だわ。心配してくれてる人もいるということだけど、今夜は泊まっていきなさい」

「いや、オレが連れて帰ろう」

「しかし師匠、もう夕暮れが……」

「近いってだけだろう。まだ夜じゃあない。オレを誰だと思っているんだ?」


 実際、ベルナルドの足なら一時間もあれば前線である壁の内側にまで戻れる。魔物に襲われても、災厄のようなイレギュラーでなければ対処出来るだろう。


「失礼しました、ベルナルド准将」


 豪語するベルナルドに、ヴィオラは敬礼をした。


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