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1章-2

「俺を弟子にして下さい」

「お断りよ。帰って」

「嫌です。俺は姉さんのように強くなって、魔族を滅ぼす。その為にここへ来ました」

「理由になってないわ。どうして私に教わりたいわけ? 私が貴方に教えられることは何もない」

「それはないですね。姉さんはとても楽しそうに話してましたよ。『安心して背中を任せられる、最高の仲間ライバル』だと」


 お互い強くはっきりとした口調で譲歩する気配はない。


「買被りすぎよ。ライバルなんて言うけど、あの子に勝てたことなんて一度もない。周りが思っているほど私は強くない。そうよ、強くなりたいならもっと適任がいるわ。ね、師匠」


 妙案を思い付いたと、うわついた声でヴィオラはベルナルドに同意を求める。


「いや。こいつがお前に勝てるまで、お前が面倒を見ろ」

「なっ――どうしてですか!?」

「どうもこうもだ」


 悠然とした態度に、聞き入れてもらえないとヴィオラは判断して、ひとつの策を思い浮かべる。


 ――要は彼が勝てばいいのでしょう? なら、私がわざと負ければいい。


「……分かりました。表に出なさい、ルキアス。貴方の実力を見せてもらうから」

「よろしくお願いします」

「ならオレが審判をしよう。魔法や武器の使用は自由、先に一本とったほうの勝ち。それでいいな?」


 ベルナルドの言葉に二人は頷いた。


 三人は外に出た。結界は家を中心に数百メートルほどに施されている。

 青空の下ヴィオラとルキアスが対峙する。得物を持たない彼に対して、彼女は右手に剣を持つ。


「おい、ヴィオラ」

「いいんです。彼には、これで充分ですから」


 剣先をルキアスに向ける。


「先制を譲ります。遠慮しなくていい、殺すつもりで来なさい」

「ではお言葉に甘えて」


 ルキアスは目を閉じて深呼吸をする。


「行きます!」


 同時に、閃光が辺りをつつむ。


「――つ!?」


 ヴィオラは咄嗟に目を瞑るが間に合わない。

 不意を突かれたはずの彼女はしかし冷静だった。暗闇の中、静かに耳を傾け、頭上から降り注ぐナニカを剣で弾いていく。

 視界が戻り始めた頃、目の前にいたはずの彼はいない。足下には彼女が弾いた氷が散らばる。

 気配を感じて振り返る。


「そこ!」


 彼女の声と共に、キンッ、と甲高い音がした。鋼の刃と魔法で創られた氷剣がぶつかる。

 一度距離をとり、ルキアスの次の手を窺う。次々と繰り出される魔法を軽やかに躱していく。

 威力や速度は同年代と比べれば遥かに秀でている。しかし――


 ――この程度、あの子には遠く及ばない。

 ――もしかしたらまたあの時のように楽しめると思ったのだけれど……。

 ――予定通り、適当にあと数度交えてから、隙を見せて負ければいい。


 次の攻撃を避けようとして、ヴィオラは目を見張った。下がれば結界の外。誘い込まれたのだ。更に重力魔法が彼女を襲う。

 膝をつき、重圧の中でルキアスを見上げる。ゆっくりと歩み寄る彼に、エレナの姿が重なる。初めて彼女と手合わせしたときと同じだった。ヴィオラは舌打ちをした。

 青かった空は黒雲に覆われ、閃光が堕ちた。煙が周囲を包む。


「さ……さすがにやり過ぎたかな……」

 激しい魔力消費に、ルキアスは肩で息をする。

 並みの魔法師が今の攻撃を防ぐことは不可能だろう。即死は免れない。審判を務めるベルナルドは、煙が晴れるのを静かに待った。


「――つく。本当に腹が立つ」


 煙の中から声。


「――られない。負けたくない。あの子には絶対負けたくない」


 煙が晴れ、剣を突き立てたヴィオラが姿を現す。同時に彼女を包み込むように影が伸びた。

 先程とは一変したヴィオラの様子に、ルキアスは身震いした。同時に、一撃で仕留めようとした――仕留められると油断した浅はかな思考を恥じる。


 そもそも、英雄と謳われたエレナにルキアスが勝てたことは一度もない。それはヴィオラも同じだ。唯一異なるのは、戦闘においてヴィオラはエレナに負けたこともないということ。

 エレナと肩を並べ『夜闇の魔刃スクワルタトリーチェ』と呼ばれた人物。それこそが、ヴィオラ・K・アルバーチェという少女だった。


 ルキアスの背筋が凍るよりも速く、影は彼を捕らえる。避けることも応戦することも出来ないまま、刃が喉を掻き切ろうとした。


「そこまで」


 刃が彼に届く前、二人の間に声が入った。離れた場所で見ていた筈のベルナルドが、剣でそれを受け止めていた。


「お前の勝ちだ、ヴィオラ」


 剣を鞘に戻しながら呟くベルナルドに、しかし彼女は俯くだけ


「悔しいと思うなら強くなれ」


 それからベルナルドはルキアスに目を向けると、彼の頭を乱雑に撫で始めた。


「ちと相手が悪かったな、ルキアス。だが速度や威力はなかなかのものだ」

「あ、ありがとうございます。でも、姉さんと違ってすぐ疲れてしまって――」

「戦闘中に魔力切れを起こすのは良くない。だが安心しろ。こいつは魔力操作が得意だから、上手な扱い方を学べばいい。不必要な魔力は抑えて、必要な魔力だけを扱えるようになれば、少ない消費でも長期的に戦えるようになるさ。そんじゃあ頑張れよ」


 話は終わったと、ベルナルドは歩き出した。


「ま、待ってください師匠!」


 ヴィオラの声に足を止めて振り返る。


「何だ? あ、もしやこっちへ来る気になったか?」

「いえ……。その、彼のことは……」

「言っただろ。お前に勝てるまでお前が面倒を見ろ、ってな」

「でも私は……」


 柄を握る手に力が籠る。


 ――私は、弱い。

 ――他人より幾らか魔法や刀の扱いに長けているだけ。ただそれだけで……。


 何も守れない。


 目の前で好敵手ともを失い、あまつさえ冷静さも欠いてその弟を手に掛けようとした。そんな自分に一体何が出来るのかと。


「ヴィオラさん……完敗です! 先程の影魔法をもう一度見せてもらえませんか!?」

「見せ……え?」


 負けたことを残念がるどころか、青い瞳を輝かせて称賛してくる彼に戸惑う。


「話には聞いてましたが、影魔法を見るのは初めてなんですよ! 動きを止めるだけじゃなくて、動かすことも出来るって本当ですか!?」

「え、ええ」


 彼の影に意識を集中させて、彼女は言葉をひとつ唱える。ルキアスの影が――身体が、彼の意志に関係なくその場でくるりと回る。


「おぉー!」


 ヴィオラにとっては当たり前の魔法で、彼が何に感動して楽しんでいるのか、彼女には分からなかった。だがそんな彼の様子に心が少し軽くなる。無邪気に笑う姿もまた、似ていたから。


「――ふふ」

「あ、やっと笑いましたね!」

「――そうね。こんな気持ちは久々よ。はぁ……やっぱり貴方達には敵わない……いいわ、丁度お手伝いも欲しかったところだし、貴方の面倒見てあげる」


「ありがとうございます! 俺のことはルキと呼んでください。よろしくお願いします」

 差し伸べられた手に、ヴィオラも手を差し伸べ――


『きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


 結界の外から響いた少女の悲鳴に、弛緩した空気が一気に張り詰めた。三人は同じ方を視る。


「この声――まさか」


 真っ先に駆けだしたルキアスにヴィオラとベルナルドも続く。


「速い……!」

「お前が運動不足なだけだろう。先行くぞ」


 ヴィオラの喚きを背に、ベルナルドは速度を上げた。


 声がした場所にルキアスが真っ先に辿り付く。視界の先、全身が毛で覆われた四つ足の魔物が複数、一人の少女を取り囲む。恐怖に怯える見慣れた瑠璃髪の少女に、彼は目を丸くした。


「アシュ! どうしてここに!?」


 その問いに答えを出す余地はない。ルキアスは先程見たばかりの影魔法で、魔物の動きだけを封じる。


「今のうちにこっちへ来い! 早く!」

「ルキ!」


 聞きなれた彼の声にアシュと呼ばれた少女は希望を見て、彼女の身体は空へと攫われた。

 巨大な鉤爪――猛禽の魔物が、少女の華奢な体躯を掴んでいた。


「いやっ! 離して!」


 魔物に言葉が通じる筈もなく、鉤爪はびくとも動かない。幸いしたのは、彼女を捕らえた種は、獲物をその場で食さないこと。代わりに、餌を木の枝に刺す習性があった。


「な――! おい待て!」


 少女を追いかけ、ルキアスの意識が魔法から逸れる。束縛の解けた四つ足が、標的を彼へと変えた。彼の背中に迫る魔物。しかし、彼に追いついたのは四つ足だけではなかった。


「こいつらは俺が片づける! 行け!」

 大剣を振るうベルナルドが四つ足の追駆を許さない。

「はい!」


 後ろを任せ、ルキアスはひた走る。鳥獣との距離はそう遠くない。だが追い駆けるだけで彼は手を出せずにいた。そんな彼に、追いついたヴィオラが声をかける。


「何をのんびりしているの。さっさと助けてあげなさい」

「でもこのまま魔法を使ったら、アシュまで巻き込んでしまいます」

「あら、私には容赦なかったくせに。そういうの気にしないと思ったけど、そうでもないのね」

「あれは師匠が『殺すつもりでこい』って言ったからですよ。そんなことより――」

「安心しなさい。私が何とかするから、貴方はしっかり受け止めてあげて」


 気迫に満ちた声。草原を移ろう影に、彼女は命じる。


「【離せ】」


 呼応するように、空を飛ぶ鳥獣の実体が少女を離した。


「きゃああぁぁぁぁぁ!!??」

「アシュ!」


 落ちる少女を、ルキアスは言われた通りに受け止める。


「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう」


 上空より、金切り音のような悲鳴。餌を失った鳥獣が荒れ狂う。二人を視認したとき、鋭く尖らせた嘴を下に滑翔。だがそれよりも速く、ヴィオラが剣を抜いて前に出る。


「煩い」


 刃は鳥獣に触れることなくその影を、斬る。一線、空飛ぶ巨体が両断される。三人を避けるようにして、二つの肉塊は地に落ちた。


「凄い……」


 どちらからともなく言葉が漏れる。ヴィオラは何事もなかったかのように、少女に目を向けた。


「貴女、怪我はない?」

「はい。 危ないところを助けていただき、ありがとうございます。何かお礼を――」

「気にしないで、これが仕事だから。それより、いつまでそうしているの?」


 少女に、或いは少女をお姫様抱っこしたままのルキアスに問う。少女の顔が、紅くなる。


「おおお降ろして! 一人で立てるし歩けるから降ろして!」

「分かった」


 降ろされた少女は身なりを軽く整える。無事であることに安堵したのも束の間。


「アシュ」


 名前を呼ばれた彼女はびくりと肩を震わす。親しむ彼の、慣れない冷たい声色に。


「どうして、こんなところにいるんだ?」


 それは純粋な疑問で、気がかりで、怒りのように感じられた。

 ルキアスのことが心配で密かに着いてきた少女は、けれど声を出すことが出来なかった。今心配されているのは自分だと彼女は自覚し、彼自身が心配される出来事を自覚していないことに、気が付いていたから。答えたところで、意味がないのだ。

 進まない会話に、ヴィオラが口を挟む。


「いつまでもここにいるのは危険だわ。昼間とはいえ、魔物が全くいないわけでもない。家に戻りましょう」


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