1章-1
州都カタラネから少し離れたクイネ市。
見晴らしの良い小高い丘に建てられた一軒家。周囲とは分け隔てられたように穏やかな空気が流れる中、リビングでは一組の男女が向かい合い剣呑な空気を漂わせていた。
夜空のような黒髪は長く艶やかに。けれど、磨いた剣に鈍く映る少女――ヴィオラの顔はやつれて見える。深紫の瞳が憂いを帯びて至極の色が翳りさすからだろう。
「首都へは行きません。前線にも下がりません。私は最前線で戦い続けます」
向かいに座る男は呆れた。三十代くらいの、がたいのいい男だ。
「災厄から九カ月。ここはもう捨てられた土地だ。いくら結界を張っていようと魔族の領地。奪われたんだ。お前は魔族か? 違うだろ。大人しく王都に戻ってこい」
「奪われたなら、奪い返すべきです」
「今は奪われないよう攻防するので手一杯だ。沢山の犠牲も出た。魔法士は地に落ちたと罵られ、それでも市井を守る為にオレらは戦ってんだ」
「魔族を滅ぼせば済む話です。どうしてもと言うのであれば令状をお持ちください、ベルナルド准将」
「准将……准将、か。人手不足っつー理由での昇級に何の意味があるかねぇ」
令状を持ち出したところで従う気はないだろうな、と男――ベルナルドは眉間を抑える。
もっとも、その気になれば出せる令状を出さないのはベルナルドの優しさでもあった。唯一無二の親友で、戦友で、好敵手の少女を守ることが出来なかったヴィオラの覚悟を汲んだ、師匠としての情け。故にあくまでもお願いとして足繫く通っていた。
「ったく……昔お前に『もっと素直に、わがままになってもいいと思うぜ』とは言ったが、随分なわがままに育っちまったな」
冷めた紅茶を飲み干し、立ち上がる。
「茶、ごちそうさん。また来週来るよ」
立てかけていた剣を背負い玄関へと姿を消す。
再来は、早かった。
「おい、ヴィオラ」
再び顔を出すベルナルド。あまりの早さにヴィオラは怒りで席を立つ。
「まだ何か――」
「オレじゃない。別の客だ」
「別の、お客……?」
ベルナルドの後ろから一人の少年が姿を現した。
十五、六だろうか。白灰の髪。顔立ちは幼いが、深く青い瞳は歴戦の戦士を思わせる。
初めて会う少年に、しかしヴィオラの背筋は震えた。
「ヴィオラさんですね?」
「え、えぇ。そうよ」
「初めまして。ルキアス・アグリコラです」
そのラストネームはよく知っていた。
『ヴィオラ!!』
記憶の中で少女が叫ぶ。白髪を靡かせ澄んだ青い瞳を向けて。
魔族と共にヴィオラが討った少女――エレナ・アグリコラと同じラストネーム。
ルキアスは、エレナの弟だった。