序章
トリアス連邦共和国、州都カタラネ。
太陽が沈む事のない白夜月の空を黒煙が埋め尽くす。辺りを照らすのは市街を包む業火。
先程まで祭りで賑わっていた歓声は悲鳴となって逃げ惑う。
助けを呼ぶ声は魔物の咆哮にかき消され、魔族の哄笑と魔法士の号令がぶつかり合う。
目についた敵を次々と斬り倒しながら、瓦礫を跳び越え、ヴィオラは街中を走り回る。
「エレナ……!」
遥か彼方上空で魔族と戦う戦友に、戦況下でありながら魔法士としての矜持を刺激される。
人類が魔法を扱うようになってから三百年あまり。浮遊魔法は魔力の消費が激しく、コントロールも難しい。操られるのは極僅かな才ある者だけだった。
空を飛べないヴィオラは奥歯を噛締める。それでも力になりたくて、何か出来ないかとエレナの元に駆け寄る。
エレナの陰に隠れて敵の姿はハッキリと視認できない。互いの動きも速く、軌道を追うのが精一杯。そんな自分に何が出来るだろうか。
ヴィオラは背後から迫った敵を一瞥もせずに斬り裂いて考える。
「ヴィオラ!」
上空から声。
顔を上げる。エレナの身体を敵の刃が貫いている。驚愕より先に第二声が発せられた。
「私ごとこいつを撃って!」
逡巡する暇もなく、本能が身体を動かす。
剣先を天に向け咆哮を上げる。最大の覇気であり拒絶の悲鳴。
全身全霊をもった魔力の放射は最速で最大の威力を戦友と共に敵を穿った。
――ありがとう。
そんな声が聞こえた気がした。
黒煙が割れ光が差す。霧散した魔力の先にエレナの姿はない。
一緒に討ったのが敵の総大将だったのだろうか。他の魔族や魔物は急激に力を失い始めた。
統一歴三五〇年七月。後に災厄と呼ばれるそれは、英雄エレナ・アグリコラの命と共に終わりを迎えた。