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06 侍女の物語

            ♡



 きよ子はグレゴリーの専属になった。本名はジェラルドだった。まあどちらでも良い。彼は毎週末、実家である侯爵家に帰ってくる。着替えや入浴は男の召使いが世話をするし、給仕も専門の者がする。きよ子は茶を淹れたり、命じられた物を渡したりするだけだ。


 召使達は、『若君』とか『若様』と呼んでいる。歳は28。初めて会った時の印象と変わらず、優しい人だった。


 舞踏会で着飾った姿も、騎士団の制服姿も凛々しかった。仕事熱心で部下にも慕われている。おまけに慈善活動も欠かさない、完璧な貴公子だ。カトリーヌが自慢するのも分かる。


(あれで独身なんて不思議。山ほど縁談が来そうなのに)


 そのうち、若奥様をお迎えして、お子様が生まれても。いつまでも侯爵家で働きたい。そう思えるほど、きよ子は充実した侍女生活を送っていた。


 

             ♡



 いつも誰かがいるので、あまり2人きりにならない。だがある日、使用人しかいないはずの裏庭で若様を見かけた。ベンチに座ってぼーっとしている。


「若様」


 きよ子が声をかけると、彼はビクッとして振り向いた。


「前から言いたかったんですが…」


「なっ…何を?」


 顔が赤い。驚かせたようで申し訳ない。きよ子は深く頭を下げた。


「いつぞやは、救っていただいて、ありがとうございました。こちらで働けるのもそのご縁です。ずっとお礼を言いたくて」


 金貨もありがとう。それは言えないが、やっと感謝を伝えられてホッとした。


「何だ。そんな事か」


 若様は拍子抜けしたように笑った。どことなく元気がない。きよ子は訊いてみた。


「仕事、お忙しいんですか?」


「いや、まあ。最近瘴気も多いしね」


 商機。勝機。何だろう。


「しょうきって何ですか?」


「知らないのか?」


「はあ」


 グレゴリーは説明してくれた。この世のどこからか発生する、毒の霧のような物らしい。それが増えると魔物が生まれやすくなる。騎士団の主な仕事は魔物を狩ることだそうだ。


「魔物って、どんなのです?」


「野生動物に瘴気が溜まって魔物化するんだ。狼とか熊とか。大まかに言うとデカくて強い」


 毒を吐くし触ると汚れる。人も食う。


「厄介ですね」


「ああ」


 知らなかった。この世界にはそんな危険もあったのか。若様もそれと戦うのだ。何か自分にできることはないだろうか。きよ子は真剣に考えた。




            ◇




 聖女は未だ見つからない。捜索は一旦中止となり、騎士団は魔物狩りに行くことになった。東の森で大型魔物が増えすぎて、被害が出始めたからだ。1ヶ月は王都に帰れないだろう。副団長は最後の休日を実家で過ごした。


「では行って参ります」


「気をつけて」


「武運をな」


 出発の朝。ジェラルドは両親に挨拶をして馬に乗ろうとした。するとキコが走ってきた。


「若様!待って!」


 行くなと言うのか。いじらしい。胸がいっぱいになった彼は、彼女を受け止めようと両腕を広げた。


「お守りです。手を出してください」


 違った。キコは鮮やかな色の糸を編んだ紐を彼の手首に巻いた。母が肩を震わせている。


「これで絶対に怪我しません。他の方の分は後で送ります」


 とりあえず若様だけ。そう言って少し赤い目が見上げた。寝ないで作ってくれたようだ。その真心が嬉しかった。


「ありがとう。必ず、無事に戻るよ」

 

 ジェラルドは笑って出発した。




            ♡



 グレゴリーが出征(?)してから一月が経とうとしていた。その日、きよ子は王城からの使者をカトリーヌの下へ案内した。


 応接室のドアを閉めたとたん、中から大声が聞こえた。


「全滅ですって!?どういうこと!?」


 きよ子は動けなかった。使者の声は小さくて聞き取れない。


 数分後、使者は慌ただしく去っていった。部屋に残ったカトリーヌは、ソファに座ったまま宙を見つめていた。


「奥方様…」


 何と言って良いか分からない。2週間前に残りのミサンガを送った後、すぐにグレゴリーから手紙が来た。騎士団は全員元気だと書かれていたのに。


 何か起こった。悪い何かが。


 カトリーヌが呟いた。


「駐屯地が消えていたんですって。誰一人見つからないそうよ」


 使者は他の家にも伝えに行ったとか。きよ子は跪いてカトリーヌの冷たい手を握った。


「詳しい話を聞きに行きましょう。陣を捨てて逃げているのかも知れません」


 戦死したと決めつけてはいけない。遺体が見つかるまで諦めてはダメだ。若様は強い人だ。きっと生きている。


「そうね。城に行くわ。供をなさい」


「はい」


 侯爵夫人は支度をするために立ち上がった。


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