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6/22

間話01・暗くなるまで待って

読まなくても本筋に変更ありません。すいません、セリフ多めで長いです。誤字脱字報告、ありがとうございました!

          ♡



 ある週末。きよ子は真夜中に目を覚ました。若返ってからは中途覚醒などしなかったのに、なぜか眠れなくなった。


(お水でも飲んでこよう)


 寝巻きの上にカーディガンを羽織り、同室の人を起こさないように、そっと部屋を出る。正確な時間は分からないが、女子寮の灯りが全て消えているので0時過ぎだろう。窓から月明かりが入るのでランプは要らなさそうだ。


 静まり返った廊下を歩いていたら、不意に備品倉庫の扉が開いた。


(!)


 きよ子はサッと暗がりに隠れた。おかしい。鍵が掛かっているはずなのに。柱に隠れて覗き見ると、倉庫の中から小さな影が出てきた。影は周囲を見回してから扉を閉め、廊下の窓の内鍵を外して裏庭に飛び降りた。


 泥棒だ。でも出て行ってしまった。もしや本館が狙いか。あっちの方が値打ちがある物が置いてあるし。きよ子は後をつけることにした。寮の出入り口に回って外に出てから、影が去った方に向かう。途中で警護兵に会ったら知らせれば良い。


(ひ弱な泥棒の一人くらい。ウチのガードマンなら楽勝よ)


 と高を括っていたが、小さな泥棒が裏門の閂を外しているのを見て、仰天した。外から黒ずくめの男達が続々と入って来たのだ。


 剣を持っているから強盗である。見つかったら殺されてしまうかも。生垣の裏で息を殺して数えたら、20人いた。強盗達は物音ひとつ立てずに女子寮へと侵入していく。


(使用人通路から本館に入る気だ!)


 警護兵の詰め所に駆け込もうか?それとも大声で皆に知らせようか?迷った末に、きよ子は本館の庭を目指して走った。



          ◇



 バルコニーに人の気配を感じて、侯爵令息は瞬時に目覚めた。ガラス扉のカーテン越しに、ほっそりとしたシルエットが見える。誰だ。訝しんでいたら、


「若様。私です」


 キコの囁き声が聞こえた。口から心臓が飛び出るほど驚いた。


「お願いです。開けてください」


「ちょっと待って。心の準備が…」


 ジェラルドは胸を押さえて起き上がった。慌ててガウンを羽織り、ランプを点けて寝癖がついていないか鏡で確認する。


 昼間は何事もなかったけれど。『急に若様に会いたくなって…』とか?参ったな。何て大胆なんだ。暗くなるのを待って忍んでくるなんてーーそこまで妄想して、彼は、はたと気づいた。


「ここ3階だぞ!?」


 サッとカーテンを引いて扉を開けると、キコが人差し指を唇に当てて『静かに』という仕草をした。緩く編んだ三つ編みに葉っぱがいくつもくっ付いている。


「まさか木を登ってきた?」


 驚くジェラルドに頷き、彼女は小さな声で報告した。


「強盗です。20人が女子寮の窓から侵入しました。使用人通路から本館に向かっています」


 途端に副団長の頭は冴えた。キコの話では、何らかの方法で先に侵入した賊が、裏門から仲間を引き入れたらしい。彼女は謝った。


「申し訳ありません。警護兵より若様に知らせた方が早いと思って」


「いや。良い判断だ。通路はどこに出る?」


「本館1階の使用人女子トイレの脇です」


「…」


 全く分からん。子供の頃に侍女長に怒られたので、その辺りは探検したことが無かったのだ。仕方なくキコに案内させることにした。二人はまず、2階の侯爵夫妻の寝室に向かった。



          ♡



 お館様はきよ子の話を聞くと、すぐに妻子に命じた。


「ではジェラルドは賊を頼む。私が警護に知らせる。君はこの部屋から出るな」


「キコもここにいたら?」


 奥方様はそう言って下さるが、若様を案内しなければならない。きよ子は丁寧に辞退した。


「ありがとうございます。でも、私がいないと若様が迷ってしまいます」


「ほほほほ。とっくにキコに血迷ってるわよ」


「は?」


「母上!ほら、行くぞ!」


 若様がきよ子の手を引き、足早に部屋を出る。ちょっと今の比喩は理解できなかった。だが考える間もなく、目的の女子トイレ横に着いた。本館へ通じるドアには、夜間は鍵が掛かっている。向こう側の強盗団はそれを解錠(ピッキング)している最中だった。ギリギリ間に合った。


「後は俺がやるから、君は母の元へ」


 と言い、若様はドアの前に仁王立ちになった。グイッと右腕の袖を捲り、前に突き出す。


(何してるんだろう?)


 首を傾げたその時、開いたドアから強盗団が雪崩れ込んできた。逃げ損ねたきよ子は柱の影に隠れた。


「ぎゃあああっ!」


 若様の掌から炎の玉が打ち出され、先頭の男が炎に包まれる。魔法だ。初めて見た。


「死にたくなければ、武器を捨てろ」


 警告されたのに、頭目っぽい男は剣を抜いて叫んだ。


「怯むな!貴族は一人だ!やっちまえ!」


 たちまち若様が囲まれてしまう。それを見たきよ子は、そばにあった掃除用具入れからモップを取り出した。


(今から人を殴ります。神様仏様、どうかお赦しください…)


 暴力と無縁に生きてきた女は、ぎゅっと柄を握りしめて祈った。だが10秒もしないうちに若様の声が聞こえた。


「キコ?終わったよ。出ておいで」


 いつの間にか廊下の壁ランプが灯り、賊は全員倒れていた。何が起こったのか、さっぱり分からない。若様が奴らを倒したことだけは確かだ。そこへお館様が警護兵を連れてやってきた。手首を縛られた小さな賊を引っ立てている。倉庫から出てきた奴だろう。


「生きてるな?」


 お館様は床を一瞥して訊いた。若様はいつもより冷たい声音で答えた。


「はい。肺の空気だけ燃やしたので。その者は?」


「裏門で見張りをしていた。搬入された荷に潜み、暗くなるのを待って仲間を引き入れたんだろう。やれやれ、チェック体制を見直さんとな…おい」


「はっ!」


 この場で尋問するらしい。お館様が命じると、警護兵は小さな賊の覆面を剥いだ。出てきたのは浅黒い肌の黒髪黒目の少年だった。痩せ細った手足が痛々しい、哀れな浮浪児であった。


「エクラン人ではないな。ムガール人か?」


 若様の問いに、少年は震えながら頷いた。ムガールは南の隣国だ。飢饉で多くの難民が生まれたと聞く。


「こいつらも同じか?」


 今度は首を振る。警護兵が倒れた賊共の覆面を剥いだが、浅黒くはなかった。


「そう言えば、近頃、似たような手口で押し入る賊の話を聞いたな。お前たちの仕業か?」


「し…知らない…」


「搬入時の検査をどうやってすり抜けた?」


「分からない…」


 少年は何を聞かれても知らない、分からないしか言わない。可哀想に、若様が怖くて言葉が出てこないのだ。きよ子は遠い昔を思い出していた。どんなに苦しくても息子達を飢えさせたことはない。粗末な食事しか出せなかったが、この子よりもずっと肉がついていた。


「あの子はどうなるの?」


 きよ子はこっそりと警護兵に尋ねた。兵は賊共を縛りながら、淡々と言った。


「全員死刑だな。侯爵家に押し入ったんだから」


 貴族は裁判無しに罪人を処罰する権利がある。賊の頭は王都守護隊に引き渡すが、他は刑場に連行され、見せしめに首を晒されるだろう。


「貴族を舐めるなって事さ」


 彼女は堪らず、少年と若様の間に飛び込んだ。


「お願いです!この子はお助けください!」



          ◇



 キコは少年を庇うようにジェラルドの前に立った。いつも冷静な彼女が今にも泣きそうな顔で懇願する。


「こんなに痩せた子、下町にもいません。きっと難民なんです。悪い大人に騙されて、利用されたに違いありません。どうか、どうか命だけは」


「…生かした所で、同じ事をしないという保証は無い」


 父が厳しい顔で言った。だがキコは頭を深く下げ、


「お腹が空いていたんです。もうしません。ですから、今回だけはお見逃しください…ほら、あなたも頭を下げて!」


 まるで母親のように少年の頭をグイッと押した。『どうする?』という顔で父がジェラルドを見やる。助けてやりたいのは山々だが、生ぬるい対応はできない。するとキコは父の足元に伏して命乞いした。そんなに救いたいのか。


「お願いです、お館様。若様のお風呂の世話でも、何でもいたします」


(そんなに嫌なのか…)


 ジェラルドは胸を押さえてよろめいた。父は呆れたように言った。


「“何でも”なんて言っちゃいかんよ。若い娘が。ウチは健全なんだから」


 気持ちを切り替え、息子はある提案をした。


「父上。ではアレをいたしましょう」


「そうだな」


 ジェラルドは少年の肋の浮き出た胸に手を翳した。少年は熱さと痛みで悲鳴を上げる。すぐに手のひら大の魔法陣がくっきりと刻印された。


「3日もすれば薄くなり、見えなくなる。だが消えたわけじゃない。この魔法は一生お前を見張るんだ。また悪事ーー悪いことをしたら、一瞬でお前の心臓を燃やすぞ。忘れるなよ」


 と脅すと、少年はコクコクと何回も頷いた。そして警護兵に連れられていった。これで一件落着か。ふとキコを見ると、まだ床に手をついて、青い顔でジェラルドを見上げていた。


「どこまで許されるんですか?」


「ん?」


 彼女は真剣な顔で訊いてきた。


「カエルのお尻に麦藁(ストロー)を刺して破裂させるとか。梅酒の実だけ全部食べて酔っ払うとか。女の子のスカートを捲って泣かせるとか。俺の右手には魔王が封印されてるって阿保な嘘をつくとかは…」


 やけに具体的だ。男兄弟がいたのかな。ジェラルドは種を明かした。


「大丈夫だよ。アレは悪い事をした子供を戒める幻覚魔法なんだ」


 さらに父が笑いながら息子の悪戯話を披露した。


「そうそう。説教しても懲りないだろ?貴族の子なら1回はやられるよ。ジェラルドも6歳ぐらいの時、庭園の椿の蕾をみんな()いでしまってね。カンカンに怒った母親にやられてたな」


 学校の友達が教えてくれるまで、また悪い事をすると死ぬと本気で信じていた。


「ほら。立ってキコ」


 手を差し出すと、キコはようやく立ち上がった。それから深く頭を下げて礼を言った。


「ありがとうございます。お館様、若様」


 もういつもの静かなキコだった。少し残念に思いつつ、ジェラルドは彼女の髪についた葉っぱを取ってやった。すると白い頬がほんのりと色づいた…ような気がした。



          ♡



 強盗騒動の数日後、きよ子は金一封を貰った。いち早く賊を発見して知らせた褒美だそうな。大金貨3枚だから30万円ぐらいか。多すぎる気がしたが、お館様が、


「使用人が誰も被害に遭わなかったんだ。安いもんだよ」


 とおっしゃったので、ありがたく頂戴した。でも警護兵の皆さんの面子を潰してしまったのではないか。お詫びにクッキーを焼いて詰所に差し入れたが、杞憂だった。


「全然気にしてないよ。搬入物の確認(チェック)が甘かったわけだし。おっ。綺麗な模様だね」


 ココアを練り込んだ生地と普通の生地で市松模様(チェック)にしてみたのだ。図らずもダジャレになった。ふふ。


 休憩中の警護兵たちは喜んで食べてくれた。きよ子はムガール人少年のその後を尋ねた。


「あの子はどうなったんですか?」


「パルデュー家が支援してる孤児院に入ったよ。本当は外国人はダメなんだけど。侯爵閣下がねじ込んで、何とかね」


 良かった。街に放り出されたら、すぐまた悪事に手を染めるだろう。しばらくは、あの焼印がこけ脅しだと気づきませんように。ついでに強盗団のその後も教えてくれた。


「大人の方は前科有りだったから、全員、縛り首だってよ。若君が随分手加減してやったみたいなのに」


 それを聞いて、きよ子は思い出した。


「ところで、若様はどうやって奴らを倒したんでしょう?」


「見てたんだろ?」


「気づいたら倒れてたんです。魔法みたいに」


「だから魔法だよ」

 

 火の玉は見たけど、一瞬で敵を倒す魔法があるんだ。もしかして、若様って物凄く強いのでは?と訊いてみたら、皆、真顔で頷いた。


「べらぼうに強い。剣も魔法も王国一…いや、世界一かもしれない」


 士官学校時代はずっと首席。武闘大会でも優勝すること十数回。数々の手柄を挙げて、あっという間に副団長になった。いずれは騎士団長になるだろう。最高の御曹司だ。誇らしげに語る彼らに、同じ侯爵家に仕える身として大いに共感した。


「何と言ってもお優しいし…若様は素晴らしい方ですよね」


 キコが頷いて賛同すると、彼らはますます褒め称えた。


「だろ?男前だし。惚れちゃうだろ?」


「あんな立派な貴公子が花嫁募集中だよ?どうよ?」


 本当に愛されてる。その若様に花嫁…彼女の瞼に若様そっくりの幼児がよちよちと歩く姿が浮かんだ。絶対に可愛い。きよ子は手を挙げて宣言した。


「私、お子様のお世話係に立候補します!」


「…」


 マッチョなガードマン達は、なぜか渋い顔をして黙った。



          ◆



 侍女が去った後、警護兵達の緊急会議が開かれた。先ほどの会話で分かった。若君は彼女に全く意識されていない。


「ダメだこりゃ…」


「強さより優しさが響くようだ」


「奥方様に報告します?」


 使用人達は侯爵夫人と侍女長に、美貌の侍女と若君を恋人にせよと厳命されている。だが今の所脈は無い。ジェラルド様は奥手だし、キコ嬢は鈍感だし。


「前途多難だな」


 全員の『はあーっ』というため息で、会議は締めくくられた。



          ♡



 翌週、きよ子は孤児院を訪ねた。あの少年がちゃんと食べているか心配だったのだ。


(確か給食費が月3千円だったわね。一食150円だとして、一か月あたり1万4千円くらいかしら?)


 一年分で大金貨1枚と小金貨7枚弱か。金一封も出たので、寄付するつもりで用意してきた。しかし、


「ご安心を。侯爵様から5年分を既にいただいております」


 と院長に言われてしまった。何と大金貨20枚。さすがお館様、太っ腹だ。素朴だが清潔な院長室からは貧しい感じはしない。出されたお茶も美味しいので、良い孤児院だと思う。


「では些少ですが、これで絵本や文具でもお買いください」


 きよ子は寄付金を差し出した。品のいい中年女性は笑顔で受け取ってくれた。


「ありがとうございます。あの子に会いますか?」


「いえ。怖がらせそうですし。遠くから見るだけで結構です」


 健康状態だけ確認して帰ろうと思ったが、院長に強く薦められた。


「そう仰らず。ぜひ会ってやってください…実は、未だに一言も喋らないんです。名前も言わないので“ムガール”と呼ばれていて」


「虐められている?」


「いずれそうなるでしょう」


 仕方なく、きよ子は少年に会うことにした。袖振り合うも他生の縁、こうなったら、とことん付き合うしかない。


 他の子供達は庭で遊んでいるのに、あの少年は隅っこの木に寄りかかってぼんやりしていた。


「こんにちは」


 きよ子が声をかけると、ビクッと体をこわばらせた。少しふっくらとして、こざっぱりとした格好をしている。洗って綺麗になった黒髪はサラサラのセミロングで、なかなかの美少年だ。


「元気そうだけど。なんで名前を教えないの?」


 直球で訊いたら、少年は不機嫌そうに答えた。


「…エクラン語、よく分からない」


「そうなの?若様と話してたじゃない」


「ムガール語だった」


 そうだったかしら?首を傾げていると、少年はそっぽを向いたまま言う。


「あんたも喋ってる。でもここの奴らは、できない」


 神隠しの恩恵なのか、きよ子には全て日本語に聞こえる。だが四六時中彼のそばにいて通訳してやるわけにもいかない。


「院長先生に相談してみるけど、君も努力してみて。身振り手振りでも、案外通じるものよ。じゃあね、アトレーユ。また来るわ」


 ポカンと口を開けている少年に別れを告げ、彼女は院長室に戻った。相談した結果、ムガール語ができる爺さんが近所にいるらしく、その人に少年の教育を頼んでみることになった。きよ子の寄付金が役立ちそうだ。


「おばさん」


 門を出て帰ろうとしたら、数人の子供達に引き止められた。


「なあに?」


「ムガールの家族なの?」


「違うわよ。それに、あの子はムガールって名前じゃないから」


「じゃあ、何?」


「アトレーユ。彼はこの国の言葉ができないの。勉強するから、優しくしてね」


 きよ子はスカートのポケットから賄賂の飴玉を出して配った。子供達はその場で食べてしまった。証拠隠滅で包み紙を回収する。ふっふっふっ。これでこの子らはきよ子の味方だ。


 それから度々、彼女は孤児院を訪れた。



          ◆



「キコが最近、孤児院に顔を出してるらしい。ほら」


 パルデュー侯爵は妻に院長からの手紙を見せた。


「例の少年を気にかけているようだ。報奨金もほとんど寄付してしまって。お人好しだな」


「へえ…キコはムガール語ができるの。どこで習ったのかしら?」


 妻は別のところに興味を持った。そう言われれば、外国語を習得する平民は珍しい。謎が多い娘だ。


「ジェラルドもたまに慰問に行ってるわよね?偶然を装って二人を会わせてちょうだい。キコは優しい男が好みのようだから」


「…そこまでするのか?」


 こういうのは自然に任せたほうが…と夫はそれとなく諌めた。しかし妻は、


「嫌よ。絶対、三年以内に孫を抱っこするんだから」


 と悔しそうに言った。また茶会で孫自慢を聞かされたな。しかたない。侯爵は侍女長からキコの予定を聞き、息子に適当な用事を言いつけた。そして心の中でぼやいた。


(それもこれも、お前が結婚せんからだ。気張れ。息子よ)



          ♡



 きよ子が孤児院の表門から入ると、立派な馬が3頭繋がれていた。彼女は馬の世話をしている少女に声をかけた。


「お客様が来ているの?」


「騎士様だよ。いつも剣を教えに来てくれるの」


「へえ」


 ちょっと覗いてみよう。裏の庭に回って木陰からそっと見ると、軍服っぽい服を着た大きな男が3人いた。木刀みたいな棒で子供達に稽古をつけているようだった。


「もっと腰を入れて!次!」


 聞き覚えのある声がしたので、よく見たら若様だった。騎士団の制服姿を初めて見た。なかなかどうして格好良い。肩章が他の2人より豪華だから階級が上なのがすぐ分かる。


 浅黒い肌の少年が別の騎士に打ち掛かった。すぐさま流され、たたらを踏む。しかし諦めずに相手の脚を狙っていった。素人目にもガッツがある。騎士も笑顔で褒めた。


「良いぞ!身長差を活かせてる!」


 とは言え、あっさり尻を木刀で叩かれて交代した。掛かり稽古が終わると、子供達は2人1組になって型みたいな動作の練習を始めた。騎士達は個別にアドバイスを与えてゆく。案外、本格的だった。最後は整列し、若様に続いて騎士道精神を唱和していた。


「勇気と忠誠、名誉と礼節を重んじ、貴婦人(レディ)への献身を誓います!」


 軍隊みたいでちょっと怖い。その後、騎士と子供達は戯れるように遊び始めた。


「どうだ?もう慣れたか?」


 きよ子が隠れる木陰の前で、若様は浅黒い肌の少年に話しかけた。聞き耳を立てていると、


「エクラン語で良いです。もう大体分かります」


 少年は敬語で答えた。成長している。きよ子はハンカチで目頭を抑えた。


「凄いな!俺なんかムガール語が聞き取れるまで一年以上かかったぞ。剣の筋も良い。このまま頑張れば士官学校だって入れるよ」


 さすが副団長、褒めて伸ばすのが上手い。若様は少年の頭をクシャっと撫でた。撫でられた方は遥かに背の高い騎士を見上げて言った。


「…そうすれば、キコのそばにいられますか?」


「え?」


「キコは貴婦人(レディ)でしょ?僕、立派な騎士になって彼女を守ります」


「君、何歳?」


「10歳。歳は関係ありません。あなたより強くなる。絶対に」


 二人の間に沈黙が落ちる。まずい。あの子の助命を嘆願し、語学教師代を出したのは確かにきよ子だが、罪をうやむやにして孤児院に入れ、養育費を出したのは侯爵家だ。つまり少年は若様に感謝すべきなのだ。きよ子はこの場で正そうか迷った。


 しかし、若様は鷹揚に笑って尋ねた。


「そうか。…君の名前は?」


 少年が答える前に別の子供達が乱入してきた。


「アトレーユだよ!僕も!僕もキコの騎士になりたい!」


「俺も!あんな綺麗な人、見たことないもん」


「キコは凄いんだよ。痛いの痛いの飛んでいけって、治しちゃうんだ」


「きっと本物の妖精なんだよ!」


 なんて良い子達。陰で聞いていた本人は胸が熱くなった。ご褒美の飴は足りるかしら。そこへ院長が出てきて一礼する。気づいた若様は子供達に別れを告げた。


「なら勉強も稽古も頑張れ。そうすれば、きっと立派な騎士になれるさ。今日はここまでだ。じゃあな、アトレーユ」


「バイバーイ!」


 子供達は手を振って見送った。若様が院長室へと入ったのを確認し、きよ子は庭に出て行った。たちまち子供達に囲まれたが、飴を配って黙らせると、彼女はムガール人少年を捕まえて説教した。


「若様に何て失礼な口を聞くの。生きてここにいられるのは、全てお館様と若様のお陰なのよ。感謝しなきゃダメじゃない」


「…」


「あなたの気持ちは嬉しいわ。ありがとね。私も外国人だから、今すぐ養子を取るのは難しいと思う。でも5年真面目に働けば国籍が貰えるそうなの。待っててね。アトレーユ」


 長いまつ毛に縁取られた黒い瞳が大きく見開かれた。肌の色こそ違えども、同じ黒髪黒目、きっと親子に見えるだろう。だが少年は顔を歪めて拒絶した。


「違う!俺はキコの息子になりたいんじゃない!」


 と言って走り去ってしまった。え?じゃあ何?久しぶりの思春期の癇癪に、きよ子は面食らった。結局、今日は子供達と遊ぶ気になれず、早々に帰ることにした。



          ◇



 副団長が父親から託された書類を院長に渡し、外に出たらもう日暮れだった。王城までの道を馬で走っていると、ほっそりとした女性が前を歩いていた。追い越しがてらチラリと見たら、


「キコ?!」


 慌てて馬を止めて引き返す。彼女は顔を上げて彼を見た。


「若様」


「どうした?もうすぐ暗くなるぞ。危ないじゃないか」


「すみません。いつもなら護衛の方が迎えに来るまで孤児院にいるんですが、今日は早めに出てしまって。そのうち出会えるかなと思って…」


 何だかぼんやりとして元気がない。副団長は馬を降りた。部下2名も降りて手綱を引いて歩いてきた。


「いつも若様がお世話になっております」


 キコは部下に頭を下げた。


「いえ、その。我々こそお世話になってます」


 彼らは顔を赤くして答えた。副団長は少しだけムッとした。夕日に照らされた彼女があまりに美しくて、誰にも見られたくなかったのだ。


「お仕事中ですよね?構わず行ってください」


 と彼女は言うが、こんな田舎道に一人で置いて行ける訳がない。仕方ない。ここは二人乗りだ。副団長は先に騎乗し、キコを引っ張り上げて後ろに乗せた。


「しっかり掴まって。大丈夫。走らないから」


 3頭の馬はゆるゆると歩き出した。浮かない様子だった彼女は、だんだんと楽し気になってきた。


「結構揺れますね!お尻、痛くならないんですか?」


「最初は痛いよ。…孤児院で何かあった?」


 気になったので尋ねたら、彼女はムガール人の少年を怒らせてしまった、養子に迎えたいと申し出たら拒否された、と寂しそうに言った。


「あの年頃の男の子って難しいですね…」


 副団長は絶句した。鈍い。鈍すぎる。あの子は男としてキコのそばにいたいと言ったんだ。一丁前にジェラルドを牽制して。それがどうして養子縁組になるんだ。その時、前方から二輪馬車が来た。それに気づいたキコが呼びかける。


「あ、ハリソンさん!」


 侯爵家からの迎えだった。護衛の手を借りてキコは馬を降り、馬車に移った。急に背中が寂しくなる。今日は王城の宿舎に戻るから、彼女とは途中で分かれた。


「若様、ありがとうございました。皆様もお気をつけて」


「ああ。君も」


 日も落ちてすっかり暗くなった。騎馬は駆け足で帰路に着く。地方に派遣した捜索隊員がそろそろ戻る時間だ。果たして聖女の足跡は見つかったのか。もう彼の頭の中は仕事でいっぱいだった。


(あれ?さっきの御者、ハリソンなんて名前だったか?)


 少しばかりかすめた疑問は、あっという間に忘れられてしまった。

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