03 風と共に去りぬ
◇
副団長は不毛な会議に耐えていた。今後の瘴気対策が急がれる。しかし召喚に予算を取られすぎてしまった。重臣たちは己の領分を守るために言い争った。
「軍事予算は削れません。対魔物兵器は必要です。絶対に!」
騎士団長が食い下がる。
「外交予算も駄目です。他国に見下される」
外務大臣は断固拒絶する。
「宮廷費もなりません。品格の維持が」
侍従長も引かない。陛下は眉間を揉みながら、
「では増税だ。取れるところを探せ」
と言うが、皆が反対する。
「無理です!」
同じ議論をもう何回したか忘れた。瘴気さえなければ豊かな国なのに。我々は数百年に一度という高瘴気年に当たってしまった。実に運が悪い。
「恐れながら…」
召喚の儀以降、神官長は不調が続いている。代理で出席した若い神官が手を上げた。
「先週までの瘴気量ですが、実は減っています」
「何?」
陛下が厳しい声で問うと、神官は縮み上がって答えた。
「召喚の儀以前と比べて約3割減となっております」
「それはつまり?」
「聖女召喚は失敗していません。聖女様はどこかにおられます」
「何だと!?座標が狂ったと言うのか?では私が探しに行く!」
王子が大声で口を挟んできた。彼は聖女を娶る気満々だったのだ。召喚の失敗に意気消沈していたが、急に元気になった。
「違います」
神官は首を振った。
「座標は合っていました。召喚の間に確かにおられたのです」
立ち会った4人は一瞬固まった。そして同時に同じ答えに辿り着いた。
「その老女…いえ、お年を召した聖女様が瘴気を抑えていると推測されます」
「…」
沈黙が落ちた。あの時、誰も気づかなかった。間違って平民の老女が現れたと思った。あれが聖女だったのか。陛下は息子に訊いた。
「探しに行くか?王子よ」
「ええっ?いや…」
王子はゴニョゴニョと言葉を濁した。副団長はサッと立ち上がった。
「恐れながら。私にその任をお申し付けください」
◇
直ちに聖女捜索隊が編成された。指揮を執るのはわずか27歳で騎士団副団長になった、ジェラルド・パルデュー。侯爵家の跡取りでもある。彼は偶然にも屋台広場で聖女を見かけた。捜索隊はすぐに広場に向かった。
「飴屋の婆さん?ああ。キヨさんのことか」
屋台は日々入れ替わる。その日、同じ場所に飴屋はなかった。だが近くの店主から情報が得られた。
「キヨさんは雇われ労働者だよ。口入れ屋を通して来てもらうんだ」
副団長は驚いた。てっきり自分の店なのかと思っていたのだ。その口入れ屋に行くと、「キヨさんの担当です」と言って、気の弱そうな若い男が出てきた。
「ええ。確かに先週は飴屋の仕事をキヨさんに回しました。今日ですか?休みじゃないかな」
「住まいは?」
「ウチがやってる簡易宿泊所です」
それは薄暗い路地裏の古いアパルトマンだった。ドアを叩くと管理人の女が出た。聖女は既に宿を引き払っていたが、昨夜まで泊まっていたという部屋を見せてもらった。
「ここだよ。おばあちゃんはあそこだった」
女は隅のベッドを指した。馬小屋の方がよほど広く思われるような、小さな部屋だ。そこにベッドが幾つも並んでいる。
(こんなむさ苦しい部屋に何ヶ月も…)
粗末なベッドは整えられ、上掛けの上に紙で作られた不思議な鳥が置かれていた。
「これはいただいても?」
捜索隊に加わった神官が管理人に訊いた。
「どうぞ」
女は了承した。神官はピンセットで慎重にその鳥をつまみ上げて袋にしまった。微量でも魔力が残されていれば、と言う。
続いて召喚の儀の後に老女を託した兵士を尋問した。兵士は彼女を部下に押し付け、その部下は城の裏門から追い出したそうだ。
(どれほど不安で辛かったか…)
異世界からたった1人連れてこられ、金貨一枚を渡しただけで。我々はあまりに無情な仕打ちをしてしまった。副団長は胸が締め付けられた。早く保護して差し上げねば。
◇
捜索開始から1週間が経った。王都中の口入れ屋と宿屋に人相描きを回したのだが、一向に聖女は見つからない。
今日は聖女が親しくしていたという、冒険者組合の受付嬢を訪ねた。金髪の口の大きな女だ。副団長は組合長の応接室で話を聞いた。
「キヨさんと最後に会ったのは2週間ぐらい前です。これは先週届いた手紙です」
受付嬢は手紙を差し出した。
『…急だけどお金も貯まったし、地方に旅行に行こうと思います。ジュリアに教えてもらった湖とか、ジェームズの故郷のお祭りとか。戻ったらまたランチしましょう。キヨ』
「このジュリアとは?」
副団長は一読して質問した。
「私のことなんですけど。おばあちゃん、勝手に人の名前変えちゃうんです」
クスクス笑いながら受付嬢は言った。ジェームズも口入れ屋のことだが本名ではないらしい。聖女は王都を出た可能性が高い。捜索は全国に及ぶことになった。
♡
2週間ほど前。きよ子は非常に困った事態に陥っていた。ある朝、目が覚めると、若返っていたのだ。
思えば髪が日に日に黒へと戻っていた。あれが異変の前兆だった。ボンネットを被ってしまえば見えないので気にしていなかった。
(40代始めくらいかしら?懐かしいけど困ったわね)
洗面所の鏡に映るのは中年の自分だ。昨日までの姿と違いすぎる。早朝なのでまだ誰とも会っていないが、別人だと思われるだろう。
(暫く様子を見ようか。また元に戻るかもしれないし)
そうしよう。幸い少し蓄えもある。ここはチェックアウトして、別の宿泊所に移ろう。きよ子はすぐに行動に移った。ベッドを整えて荷物をまとめる。女将さんはまだ寝ているだろうから、手紙をカウンターに残す。宿泊料は前払いなので問題ない。
(ジュリアにだけは知らせましょうね)
彼女とは週に一度は食事をする仲だ。急に消えたらきっと心配する。地方に旅に出るとだけ書いて、封筒を冒険者組合の郵便受けに入れた。それだけ済ませると、きよ子は慌ただしく街を去った。