間話07・大脱走
間話その7です。読まなくても、本筋に変わりはありません。間話は、一旦、これで終わります。あと、ディカプリオを何とかします。少々お待ちください。
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きよ子には魔法の才能があるらしい。今日は防御魔法“光の盾”を一回で成功させて、師匠である神官長を驚かせた。
「だからと言って慢心するな。宮の中でも油断する事なく、常に護衛を…」
修行が終わり、クドクドと爺さんの小言が始まった。最近、不審者が多いらしい。心配なのはわかるけれど、耳にタコが出来そうだ。
「重々承知してます。もう帰っても良いですか?」
「ああ。今週は神殿から出るなよ」
「はい」
きよ子は自分の住まいに向かった。女性騎士が前後左右を囲み、後ろには召使い数人が付き従う。もう慣れたが、少し息が詰まる。若様が来てくれれば、2人で散歩したり外出できるのだが。今週はどこぞの田舎で大型魔物が出たとかで、会えない。
余程つまらなそうな顔をしていたのか、召使いの1人が提案した。
「聖女様。中庭の改修工事が終わったそうです。バラが見頃ですし、少しご覧になられてはいかがでしょう?」
「そうね。帰り道だし。寄ってみましょうか」
聖女一行は神殿に続く回廊に向かった。光溢れる中庭に、真っ赤なバラが咲き乱れている。見事だ。女性騎士が短刀で1輪を切って、手渡してくれた。
「ありがとう。良い香り」
きよ子が芳香を楽しんでいると、先ほどの召使いが下を指差した。
「モザイク画も新しくなっていますよ。どうぞ、お近くで」
そういえば、前は変な犬の絵だった。今度は幾何学模様だ。
「真ん中にお立ちになると、神殿の屋根飾りがよく見えるとか」
きよ子は言われるがままに模様の中心に立った。
「本当だわ!アンジーも来て!」
「わあー!」
気に入りの少女を呼び、共に見上げて喜ぶ。すると、勧めた召使いが懐から何かを出した。銀色に光る物を自分の首に当て、横に引く。
「聖女様!離れて!」
モザイクに飛び散る赤い何か、走り寄る護衛騎士、落としたバラ、立ち上る青い光。全てが同時に起こる。最後に聞いたのは誰かの叫び声だった。
「転移魔法陣だ!」
♡
薄暗い部屋のベッドで目が覚めた。誰かがしっかりときよ子を抱きしめている。よく見たら、アンジーだった。明るく聡明な少女で、黒髪黒目に親近感もあり、最も可愛がっている召使いだ。可哀想に、一緒に誘拐されてしまった。
(どこなんだろう?空気が重い…瘴気?)
息苦しくて、周囲を『浄化』した。するとアンジーが目を覚ました。
「聖女様?ここは…」
「エクラン王国ではなさそう。だってーー」
「さすが聖女殿だ。お分かりになるか」
いきなりドアが開いて、妙な男が入ってきた。ヒョロリと痩せて長い銀髪を一つ結びにしている。召使いの少女はサッときよ子の前に出て、主人を庇った。
「下がれ!聖女様に近づくな!」
凛々しい。だが喧嘩腰過ぎる。案の定、誘拐犯はツカツカとベッドに近寄ると、アンジーに手を振り上げた。きよ子は間に割って入った。
「!」
男の手が止まる。聖女はなるべく堂々と言った。
「要求を聞きましょう。でも、この子の非礼は詫びませんよ。悪いのはそちらです」
「偉そうに。ここはビザンツだ。リュミエール神の加護は無いぞ」
「では私も不要ですね。帰してください」
「…口の減らない女だ。ついて来い」
陰気な男はきよ子達を連れ出した。石造りの暗い廊下を延々と歩き、大きなドアの部屋に通される。豪奢な応接室に、ギラギラした貴族が座っていた。恰幅の良い中年男は立ち上がると、宝石だらけの手を差し出してきた。
「これは聖女殿。ビザンツ王国へようこそ」
聖女は嫌々、貴婦人への礼を受けた。貴族は彼女の腕を掴むと、グイグイ引っ張ってバルコニーに出た。そして横柄に命じた。
「さあ、瘴気を消せ。今すぐ」
◇
聖女の失踪を知った副団長は、すぐに王都に戻った。倒れる寸前の馬を飛び降り、神殿の中庭に駆け込む。そこでは現場検証が行われていた。
「神官長!キコは?!」
ジェラルドは規制線を乗り越え、神官長に訊いた。
「転移魔法陣だ。モザイク画の図面がすり替えられていた」
神官長は経緯を説明した。自らの血を捧げ、転移魔法を発動させた召使いは死亡。現在、その親族とタイル職人を捕らえて尋問している。
「転移先は?」
「分からん。発動後、陣の一部が消える仕掛けになっていた。ビザンツの何処かだと…」
『オ城ヨ!』
突然、下から甲高い声がした。足元に1輪のバラが落ちている。ジェラルドはそれを拾い上げた。
「咄嗟に魔力を込めたのか。花の精霊よ、聖女はどこだ?」
神官長が尋ねると、花は言った。
『キコ、アンジー、ビザンツ王国ノオ城ニイル。ガリガリ男、アンジー打トウトシタ。ギラギラ男、瘴気祓エッテ命令シタ』
それを聞いた神官長は、顔色を変え、老人とは思えぬ速さで車寄せに向かった。
「馬車を!王に謁見する!副団長も来い!」
ジェラルドは花を持ったまま、慌てて追った。
「落ち着いてください!何が起こっているんです?」
「邪教徒共めが、無理にでも瘴気を祓わせようとしている。精霊よ。こちらから連絡することはできるか?」
『デキナイ』
「良い。そのまま魔力の糸を切らすな」
城に着くまでに、花の拙い説明からキコの状況が分かってきた。おそらく、ガリガリ男とはビザンツ大使だった神官のことで、ギラギラ男は王族だろう。瘴気祓いを拒否して、彼女は牢に入れられた。
(これほど厳重に警戒していながら…)
怒りと悔しさに、副団長は両手を握りしめる。胸ポケットに入れたバラの花が慰めた。
『キコ、若様ノコト考エテルヨ』
「…何て?」
『アンジーノ手、温イナー。デモ若様ノ方ガ温イナー』
神官長にジロリと睨まれ、ジェラルドは慌てて言い訳をした。
「決して!手を握る以上は!ところで、アンジーとは誰です?」
「聖女付きの特別な召使いだ。背格好、髪と目の色の似た者を選んでいる」
「それは…」
「いざという時、身代わりになる。そのように訓練されている」
「…」
キコの性格からして、そうはしないだろう。ならば、一刻も早く救い出さねば。神官長は国王陛下に事情を説明し、ビザンツ王国への派兵を要請した。
♡
バルコニーから見たビザンツ王都は真っ黒だった。おかしい。神官長は、きよ子が世界中の瘴気を祓ったと言っていた。何故、ここはこんなに穢れているのだろう?
浄化を断ると、きよ子達は牢に放り込まれた。と言っても、ベッドも家具もある。高貴な囚人用の牢だ。食事も豪華だったが、運んできた女性はひどく痩せていた。それが気になり、アンジーに尋ねた。
「銀髪の人も細かったわね。ビザンツ人って痩せ型が多いの?」
「聞いたこともありません。単に食糧難じゃないですか?」
「もしそうなら、悪いわ。もっと粗末な食事で構わないのに」
きよ子とアンジーは相談して、食事を半分残した。パンを縦に割り、野菜と肉を詰めてナフキンに包み、食器を下げに来た女性にそっと渡した。
「…ありがとうございます…」
痩せた女性は目に涙を浮かべて、小声で礼を言った。きよ子は胸が痛んだ。瘴気のせいで食べ物が無いのなら、何とか協力したいと思った。だがアンジーは猛反対した。
「ダメです。大規模浄化は神官長様の許可がないと。また倒れたら、副団長様が泣きますよ」
「それを言われると…」
「逃げましょう。ビザンツにも我が国の大使館があります。そこに逃げ込めば、何とか本国と連絡が取れるでしょう。私が聖女様のフリをします」
「アンジー?あなた何言ってるの?」
今、きよ子の目の前にいるのは、ただの召使いではなかった。
「この城の構造は頭に入っています。裏門まではご案内できます。そこで二手に別れましょう。追手は私が引きつけるので、その隙に抜け出して、大使館を目指してください。地図は今…」
まるでスパイか工作員だ。アンジーはくすねたナフキンに、暖炉の消し炭で地図を書き始めた。
「門番に聖女印の指輪をお見せください。中に入れます。さ、服を」
きよ子は、服を脱ごうとする少女の手を掴んだ。
(ここで死ぬ気だ)
直感的にそう思った。嫌だ。どうにかして2人一緒に逃げたい。咄嗟に、聖女は出まかせを言った。
「その計画は失敗する。神がそう言っています」
「えっ!神が?!」
「そう。夜陰に紛れて2人で逃げなさいと」
「…」
疑っている。きよ子は目を逸らして部屋を見回した。ちょうど、先ほどの痩せた女性の服と、同じ色のカーテンがかかっている。貴婦人用の牢っぽいから、もしかして…と箪笥を探ってみたら、裁縫道具が出てきた。
「変装して逃げよ。これは神託です。ここに必要な物は全てあります。まだ疑いますか?」
厳かに言うと、アンジーは「ははっ!」と平伏した。良心が痛む。だがもう日暮れが近い。きよ子はカーテンを外し、型紙無しでそれを断った。古代ローマ風の簡単な服なので、適当だ。
2人は黙々と縫った。途中で夕食が出され、一旦中止。またあの痩せた女性にサンドイッチを渡すと、彼女はランプを点けてくれた。そして月が高く昇った頃、衣装が完成した。
「さあ。行きましょう」
「はい。聖女様」
元々着ていた服をシーツで作った風呂敷に包み、背負う。トイレの換気口には鉄格子が無かったので、そこから脱出した。そんな小さな穴から出られるとは、誰も思うまい。きよ子達は見事に脱獄に成功した。
◆
「聖女はまだ見つからないのかっ?!」
ビザンツ王の怒声が響いた。侍従は這いつくばって答えた。
「も、申し訳ございません!ですが、門を出た者はおりません。まだ城の中にいるのは確かでございます。只今、全力で捜索にあたってーー」
「当たり前だっ!怠けたら縛り首だ!ルノー!なぜ気づかなかった?!」
ルノーと呼ばれた銀髪の男は跪き、淡々と述べた。
「衛兵を削減したのをお忘れでしょうか。牢の監視は、全て魔道具に切り替えました。聖女が魔法を使っていれば、すぐにでも警報が鳴ったのですが。残念ながら無反応でした」
「…ワシのせいだと言いたいのか?」
「滅相もない。外部の手引きがあったか、こちらの警備体制が漏れていた、と申し上げたのです」
「そもそも、お前が聖女召喚に失敗したのが原因だ!あれほど金をかけたのに!犬しか呼べぬ出来損ないめ!さっさと捕まえてこい!」
王は指輪だらけの手を振り、退出を命じた。エテルナ教の上級神官・ルノーは、一礼して下がった。廊下に出て人気がなくなると、部下が小さな声で不満を漏らした。
「あまりな御言葉です。ルノー様だけの責任ではありません」
上司は己を嘲笑うように言った。
「何が?召喚の失敗は事実だ。その穴埋めに本物の聖女を拉致してやった。逃したのも、やはり俺のせいにしたいんだろうな」
「魔石が足りなかったのです!陛下が予算をーー」
「くどい。騎士団に命じて、エクラン大使館を封鎖してこい。万が一にも逃げ込まれたら拙い」
「はい…」
部下はノロノロと階段を降りていった。彼も日に日に痩せていく。瘴気のせいだ。
エクランに聖女が降誕した日、世界の瘴気は祓われた。なのに、この国は数日で元の濃さに戻ってしまった。王は原因を探ろうともせず、それどころか、
『ドラゴンの封印を解くのだ。その混乱に乗じて聖女を手に入れろ』と命じた。
失敗に失敗を重ね、ついに聖女の拉致に成功した。しかし傲慢な女は浄化を拒否した。『2、3日牢で懲らしめてやれ』と命じたのも王だ。まんまと逃げられやがって。
(クソっ!召喚の失敗さえなければ…こんな下らない仕事など)
ルノーは憤怒を押し隠し、衛兵達に指示を飛ばした。
♡
薄暗い廊下を、召使いの女が2人、白い包みを捧げるようにして歩く。変装したきよ子達である。アンジーは何故か主要国の王城の構造が頭に入っていて、そのお陰で迷わない。2人はどんどん外に向かって進んでいった。
全体的に警備兵が少ない。中心から離れるにつれ、閑散としていた。
「止まれ。それは何だ?どこへ行く?」
と、ごくたまに誰何されるが、
「聖女様のお召し物です。洗濯場で清めます」
堂々と答えて中を見せれば、すんなり通してくれた。他国の城ながら、心配になる無防備さであった。
「泥棒とか入り放題じゃない?」
「本当ですね。あそこが裏門です。…さすがに厳重ですね」
物陰に隠れて覗く。篝火の光の中、多くの兵が見えた。洗濯物では突破できそうにない。きよ子達は他の出口を探した。すると、雑草に隠れて見えない場所に小さな穴があった。
「私たちなら通れそう。さ、行きましょう」
「…はい」
四つん這いになって外に出ると、ゴミ捨て場だった。
「周囲を探って参ります。ここでお待ちください」
アンジーはそう言って闇に消えた。ゴミ箱の裏に隠れて待つ間、灰色の痩せた小犬が1匹、近寄ってきた。潤んだ瞳で見上げるものだから、きよ子は思わず、くすねておいたパンを与えた。子犬はガツガツとあっという間に食べてしまった。
「みんな飢えてるのね。可哀想に」
人懐っこい子犬は、ずっと彼女の足元にまとわりついていた。そこへアンジーが戻ってきた。
「大使館はあちらです…何ですか?その犬」
「捨て犬?野良犬?可愛いから連れて行きましょう」
「吠えませんか?」
心配そうにアンジーが訊いたら、子犬は首を振った。
「まあ!なんて賢い子なの。名前は…そうね、ハチにするわ」
ハチは嬉しそうに尾を振る。
「どうしてハチなんですか?」
「忠犬になりそうだから」
きよ子は風呂敷から深緑のマントを出した。これは掛け布団カバーで作ったのだ。2人はそれを着て夜の街に足を踏み入れた。朝には脱走がバレるだろう。それまでに大使館に辿り着けば良いと思っていた。だが、そうは問屋が下ろさなかった。
♡
大使館は兵に包囲されていた。思ったより早くバレたらしい。2メートル間隔に甲冑が立ち並び、近づくのは難しい。
「やはり私が聖女様のフリをして…」
アンジーがまた身代り案を持ち出す。きよ子はまた嘘をつく羽目になった。
「お待ちなさい。今、神が…そう、ハチを使いなさいと」
「ハチを?どのように?」
「えーっと。指輪を託します」
「犬にですか?!」
「忠犬を信じなさい…と、言っておられます」
子犬は激しく尾を振り、同意している。聖女の指輪なんて、どうせ売れもしない。運が良ければ、大使に自分達の脱出が伝わるだろう。
きよ子はハンカチに指輪を包むと、クルクルと筒状に丸めて、ハチの首に括り付けた。
「ハチ。これを一番キラキラした人に渡しなさい。私達は自力で逃げると伝えて」
「聖女様。ハチは喋れません」
「忘れてたわ。さ、行って」
ハチは静かに兵に近づいた。暗くてよく見えないのか、誰も気付かない。そのまま、柵の間から中に入っていった。きよ子とアンジーは大きなゴミ箱の陰にしゃがみ込み、使徒が戻るのをひたすら待った。
◆
一方、エクラン大使館内では、夜明け前にもかかわらず、多くの職員が集まっていた。
大使館付神官が、遠話で聖女誘拐の報を受けたのである。なんとビザンツ王城に捕らわれているらしい。だが大使館の周囲は兵に囲まれ、一歩も出ることができない。
「陛下は何と?やはり軍を出すおつもりか?」
大使が問う。ビザンツ王国は以前から聖女の派遣を求めていたが、こんな暴挙に出るとは。完全に想定外だった。最悪の場合、戦もやむを得ないか。
「現在、神官長を特使とする使節団が、こちらに向かっています。護衛が一個大隊…圧力をかけるつもりでしょう」
神官の答えに緊張が走る。だが、更に恐ろしい事を知らされた。
「指揮官は、パルデュー副団長です」
「!」
何と。大使は絶句した。陛下はビザンツを消すつもりか。副団長がゾンビ・ドラゴンを燃き滅ぼした件は、全世界を震え上がらせた。もしも、婚約者である聖女を毛一筋でも傷つけられれば…全員の冷や汗が止まらない。そこへ大使夫人が来た。
「あなた。これを」
夫人は女物の指輪を差し出した。受け取った大使は、声を上げた。
「聖女の指輪だ!」
「この子犬が持ってきました」
侍女が灰色の小さな犬を抱いている。その首に巻かれたハンカチに入っていたそうだ。大使は思わず犬に訊いた。
「聖女様は脱出なさったということか?」
「ワンっ!」
「護衛はいるのか?」
「キュウン」
判然としない。犬に指輪を託した意味は何だ。保護を求めているのか。しかし今は出られない。大使は外部協力者の下へ行くよう、手紙を書いた。協力者を守るために、暗号めいた内容しか記せない。それを犬の首につけて、放した。
特使が着くのは二日後。それまで聖女が発見されない事を祈った。
♡
空が白んできた頃、ハチが戻ってきた。首のハンカチには変な手紙が入っていた。
『東2−3。4かい。“古着を買ってほしい”』
と書かれている。きよ子とアンジーは頭を捻った。
「王都の住所ですね。“4かい”…ノックを4回、ですか?」
「分かったわ!古着を売って旅費を作ったら、という意味よ。良心的な買取店を教えてくれたのね」
「なるほど!」
謎が解けてスッキリした2人は、早速その店に向かった。朝なのに淀んだ空気の王都を歩きながら、アンジーが謝ってきた。
「神託を疑ったりして、申し訳ございません」
「良いのよ。服を売ったら朝ごはんにしましょう。ハチもお腹空いたでしょ?」
子犬はコクコクと頷いた。本当に賢い犬だ。大使館から随分離れた所で、東大通りという標識を見つけた。その辺で遊んでいた子供に尋ね、2丁目3番地に辿り着くと、4階建てアパートの1階が古着屋だった。
「すいませーん」
4回ノックをする。すぐに店主らしき痩せた女性が出てきた。
「古着を買ってほしいんですけど」
「どれどれ…こりゃ絹のドレスだね。小金貨5枚。こっちは綿か。銀貨5枚だ」
「小金貨5枚と銀貨7枚。その代わり、そこの服と靴、帽子を買うわ。あ、今着てる服も買ってくれる?」
きよ子は手持ちの服を全て売った。そして男物の服を買い、その場で着替えた。細々した物を買い足しても、まだ小金貨3枚以上が残る。それを銀貨で受け取り、ついでに屋台村の場所を教えてもらった。
「驚きました。聖女様がそのように…世慣れていらっしゃるなんて」
朝食を食べながら、アンジーは目を丸くして言った。
「元々平民ですもの。今から私たちは男兄弟よ。私のことは『お兄ちゃん』と呼んで」
久しぶりにズボンを履いた。温かいし動きやすい。髪もまとめてターバン風の帽子に入れたから、どこから見ても男性だ。
「男というには顔が少し、弱々しいですね。お化粧品を買っても良いですか?」
アンジーは並び始めた露店で眉墨などを買うと、その場できよ子と自分の顔を直した。水溜りに映してみると、頬と唇の赤みが抑えられ、眉も濃く太くなっている。
「凄い!アンジー、天才!」
「ありがとうございます。さあ、旅に必要な物を買いに行きましょう。今度は私が交渉しますね!」
少年に扮した2人は元気に歩き出した。その後を子犬が楽しげについていった。
◆
捕らわれの美女を覗き見ようと、牢に忍び込んだバカどもが警報に引っかかった。それで聖女の脱走が露見した。ルノーと衛兵は城中を隈なく探した。だが見つからない。既に城外に出たと思われる。
夜が明けてから、エクラン大使館を強制捜査させた。しかし、そこにもいなかった。市中に潜伏しているのか。今は、ありったけの兵を使って城下を捜索している。
その間、ルノーは下女を尋問した。
「夜食を運んだ時には、既にいなかった。そうだな?」
「はい」
「何故すぐ知らせなかった。バカどもが来るまで、お前は何をしていた!」
「…」
女は口をつぐんだ。想像はつく。不要になった夜食を家族に届けたのだろう。最近は王城ですら、食料が不足しているから。
「何でもいい。手がかりになる事を言えば、命は助けてやる」
彼は情けをかけたつもりだった。しかし、下女は横を向いた。
「言いません。あの方は、2回も食事を分けて下さった。真の聖女です」
「何だと?あの傲慢な女が?」
「…私の娘は、税が払えず、死んだのです。瘴気のせいじゃない」
それきり、女は口を開かなかった。
◆
兵は大使館を荒々しく捜索してから去った。聖女を探しているのか、街中に兵士らがうろついている。大使は部下に命じ、密かに協力者と連絡を取った。しかし、何時間待っても誰も来なかった、と返事が来た。
『東大通り2丁目3番地4階。合言葉は“古着を買ってほしい”』そう伝えたのだが。
「捕まってしまったか?」
「もしそうなら、兵は引いています」
「探せ!何としてもビザンツ人より先に保護するんだ!さもなければ…」
副団長に殺される。青ざめた大使館員は慌ただしく散った。もう他国のスパイも感づいた。エクラン、ビザンツに加え、多くの間諜らによる『聖女争奪戦』が始まったのである。
◇
2日後。エクラン王国特使はビザンツの王都に到着した。特使はすぐさま城を訪れ、王との謁見を求めた。だが王は不調を理由に応じない。代わりにエテルナ教上級神官・ルノーが出迎えた。
副団長は、銀髪の痩せた男に見覚えがあった。式典で会ったビザンツ大使だ。人払いをした部屋で、神官長と副団長はルノーと対峙した。
「御用の向きを伺いましょう。本来であれば、このようなーー」
「聖女だ。今すぐ返せば、其方の首で許してやる。返さぬと言うなら、王の首だ」
神官長は痩せた若造の言を断ち切った。始めから交渉するつもりはない。副団長はジワリと部屋の温度を上げた。
「ま、待たれよ!聖女がここに居るという、証拠はあるのか!」
窓ガラスが溶けるのを見て、ルノーは喚いた。副団長は胸のバラの花をテーブルに置いた。バラはスクっと立ち上がると、葉で奴を指差した。
『コイツガ、アンジートキコ、牢ニ入レタ。傲慢ナ女ッテ言ッタ。浄化スル気ニナッタラ呼ベッテ』
「なっ…」
告発された男は、目を見開いている。神官長は立ち上がると、いきなり杖の先で床を突いた。
「聖女を使役するなど、言語道断。返してもらうぞ。力ずくでも」
次の瞬間、膨大な魔力が全方位に走った。
「何をした?」
ルノーが訊く。ドアが乱暴に開き、痩せた若い神官が飛び込んできた。
「た、大変です!魔道具が全て破壊されました!」
すぐに伝令兵も来た。
「報告いたします!エクラン軍が表門を破壊!突入してきました!」
「どうして…軍は王都外にいたはず…」
呆然と呟く男に、神官長は冷たく言った。
「転移魔法が使えるのは己だけと思ったか?副団長。其奴を捕えよ。聖女を拐った犯人だ。ゾンビ・ドラゴンの件も聞かねばな」
ジェラルドは無言で彼を床に押さえつけた。駆け寄る敵兵達は、肺の酸素を燃やして無力化した。
やっと状況が飲み込めたルノーは、憤怒に顔を染め、神官長を睨んだ。
「何故、貴様なんだ!何故、エテルナ神は聖女を遣わさなかった!ビザンツをお見捨てになったのか!」
ほとんど八つ当たりだ。神官長は蔑むような目で奴を見下ろした。
「神は関係ない。この国は、浄化したところで、すぐまた穢れる。無駄だ」
「瘴気の原因を知っているのか?」
「教える義理はない。連れて行け」
副団長は部下にルノーを引き渡した。王城は着々と制圧されていく。元から魔道具に頼った警備で、抵抗する兵はほとんどいなかった。すぐにビザンツ王も捕らえた。
痩せこけた臣下達と違って、王は一人肥えていた。
「全てルノーが企んだ事だ!ワシは知らん!」
王は白を切り続けたが、神官長は無視した。ちょうど我が国の大使が来たので、宣戦布告に立ち合わせた。と言っても、ほとんど勝敗は決していたが。
「…パルデュー副団長。実はその…」
大使は言いにくそうに、声をかけてきた。ジェラルドはそこで初めて、キコが自力で帰ろうとしていることを知った。
♡
その頃、きよ子達はエクラン王国との国境を目指していた。王都の物価は高騰しており、最低限の食料を買ったら、手持ちのお金は尽きてしまった。なので徒歩で向かっている。同じように、歩いて国境を越えようとしている人々が沢山いた。難民だ。
川にかかる橋の関所まで来た。
「1人小金貨1枚だ」
役人は金を要求してきた。手数料にしても高過ぎる。払えない難民は川沿いに移動していった。きよ子達も同じく、浅瀬を探して渡った。
「キャン!」
ハチが一番に川に飛び込んだ。脚が短いので泳いでいく。人間達は膝まで濡れながらも、何とか渡り切った。
「ここはもうエクラン王国なの?」
靴を乾かしながら、きよ子が尋ねると、側にいた難民のお爺さんが教えてくれた。
「違うよ。自由国境地帯って言うんだ。魔物が多すぎてどこの国も欲しがらないんだよ」
「へえ。ありがとう。良かったら、一緒に行きませんか?多い方が安全だし」
痩せたお爺さんは首を振った。
「食いもんがもう無い。わしらはここまでだ」
「え?」
何を言っているのだろう。せっかく川を越えたのに。だが、20人程の難民は項垂れて座り込んでいた。
「私たちが持っています。ほら」
きよ子はバッグを開けて、手持ちの麦を見せた。お爺さんは、そっと蓋を閉めさせた。
「わしら全員には足りないよ。坊や達だけなら保つ。行きなさい」
「…お兄ちゃん」
アンジーも目を潤ませている。きよ子は暫し考え、子供達を呼び集めた。まず、秘蔵の飴玉を1個ずつ与え、充電する。それからお爺さんに言った。
「森で食べられる物を探してきます。大丈夫。全員のお腹を満たしてみせます」
季節は春。山菜の類があるはずだ。きよ子はアンジーとハチ、子供達を連れて森に入った。タラの芽、セリ、行者ニンニク。山芋や牛蒡も見つかった。一度教えれば、子供達はあっという間に大量の山菜を採ってきた。
「根っこなんか食えるのかい?」
「草だろ?」
大人達は疑わしそうに言った。きよ子は気にせず調理を始めた。
「まあ見てなさいって」
細かく切った根菜と大麦を煮て、最後にアク抜きをした山菜を入れる。味付けは塩のみだが、美味しい麦粥が出来た。難民家族に振る舞うと、皆、喜んで食べてくれた。ハチも塩無し粥をガツガツと食べた。
「あれまあ。何か、力が湧いてきたよ」
ぐったりしていたお婆さんも、疲れたお母さんも、元気な顔になった。口々にお礼を言われ、きよ子は胸が温かくなった。
難民達と自由国境地帯を歩く旅が始まった。夜は寒いし、心細い。だが不思議と開放感を感じる。このまま、どこかでお粥の屋台を開いても良いな…星空を見上げて、そんな事を考えていたら、アンジーに読まれた。
「出奔なさるつもりですか?副団長はどうするんです?」
「しないわよ。でもまあ、このまま逃げてたら、会えないわね」
結局、聖女は空気清浄機みたいなものだ。この世のどこかで元気に稼働していれば良い。過剰な警備に息が詰まることもなく、1人でひっそりと暮らすのも悪くない。
(今なら、若様の美しい思い出になれるかな…)
「キャウウンッ!」
ハチの悲鳴が妄想を断ち切った。何かが唸りながら近づいて来る。きよ子は急いで皆を起こした。焚き火の火を松明に移し、音の方を照らすと、巨大な熊がいた。
「魔物だ!」
その刺身包丁みたいに長い爪には、子犬が刺さっていた。
◇
ビザンツに近づくにつれ、花の精霊とキコの繋がりは弱くなっていった。瘴気が濃過ぎるせいだ。そのため、大使に聞くまで、彼女は城に幽閉されているとばかり思っていた。
大使は平身低頭した。匿うつもりだったのが、誤解されたらしい。
「も、申し訳ない!まさか自力でお帰りになるとは思わず…」
神官長は額を押さえて、花の精霊に尋ねた。
「居場所は分かるか?」
『…オ金ガ無クテ、川ヲ渡ッタ…山菜粥…』
段々と声が小さくなり、ついに花の精霊は沈黙した。キコが込めた魔力が切れたのだ。ただの花になった彼女を、ジェラルドはそっと拾い上げた。
下を向いて考えていた神官長は、すぐに顔を上げ、
「金が無くて関所を通れなかった。ならば上流で渡ったはずだ。聖女は自由国境地帯にいる!」
凄い推理力でキコの居場所を断定した。
「森で山菜を摘んで飢えを凌いでいる。急げ、副団長!」
「はっ!」
小隊だけを率いて、彼は王城を飛び出した。後のことは神官長が何とかしてくれる。今はただ、キコを救う、それだけに集中する。
(無事でいてくれ)
副団長は自由国境地帯を目指して、凄まじい勢いで馬を走らせていった。
◆
ルノーは尋問もそこそこに、釈放された。迎えに来た部下によると、聖女が見つかったらしい。王は人質として連れていくが、エクラン軍は城を放棄するようだ、と言う。訳が分からない。
「占領しないのか?」
「はい。後は好きにしろ、と…」
(バカにしてるのか?ビザンツなど要らんと?)
腹が立ってきた。あいつらは俺たちを嘲りにきたのか。ルノーは城下の様子を尋ねた。概ね冷静、というか、一般市民は城が落ちたことも知らないのだろう。部下は他国の動きも伝えた。
「各国の諜報が自由国境地帯に向かっています。エクラン軍の指令も、半日前にそちらの方角に出て行きました」
「では聖女はそこにいるな」
ルノーは決心した。このままでは気が済まない。あの傲岸不遜なジジイに一泡吹かせてやる。
「俺も自由国境地帯に行く。転移魔法陣の用意を!」
♡
きよ子は咄嗟に“光の盾”を張った。魔物化した熊は、一軒家並みに大きい。その巨体が長く伸びた爪で、盾を切り裂こうとした。弾みでハチの体はどこかに飛んで行く。
(早く助けないと。盾を張りながら魔物を倒すって、どうやるの?ああ。もっと一生懸命、修行しておけば良かった)
「光から出ないで!大丈夫!この中にいれば安全です!」
パニックになったきよ子に代わり、アンジーが皆を落ち着かせている。助かる。目の前の熊に集中して…と思ったら、子供が叫んだ。
「あんちゃん!後ろと右!あ、左も!」
何と、新手の魔物がやってきた。そう言えば、聖女は魔物に好かれるんだっけ。おぞましい唸り声を上げながら、魔物達は光のドームに襲いかかってきた。非常にまずい。さすがの大魔力を誇るきよ子でも、このままではもたない。
その時、熊が爆発した。
「キコ!!」
青い炎に照らされたのは、若様だった。
「撃て!」
その後ろからエクランの騎士達が、対魔物砲をぶっ放す。四方の魔物は爆散した。だが続々と小型の魔物が集まってくる。きよ子が誘蛾灯になってしまっているのだ。若様達はそれらも倒しつつ、なぜか黒づくめの人間達とも戦っている。
「何あれ?」
アンジーにこっそりと訊く。
「他国のスパイです。聖女様がここにいるとバレたんです」
「ひどいわ。修羅場に乱入して来るなんて。若様達が大変じゃない」
きよ子は深呼吸を一つすると、光の盾を解いた。同時に強力な浄化を放つ。魔物は瞬時に死んだ。胸が痛むが、仕方がない。心の中で冥福を祈った。
対人戦に集中した騎士達は、すぐに敵を無力化した。全てが終わった時には、夜が明けていた。
「ハチ!ハチ!」
きよ子とアンジーは子犬を探した。一緒に探してくれた子供が、腹の裂けたハチを見つけた。あんなに長い爪に貫かれたのだ。どれほど痛かったか。
「キコ。その犬は?」
ハチを抱くきよ子に、若様はそっと尋ねた。色々と説明しなくてはと思うのだが、涙が止まらい。
(神様!ハチをお助けください!)
彼女は祈りと共に治癒魔法をハチに注いだ。それは溢れ出て、周囲に広がっていく。意識が途切れそうになる直前、若様に肩を揺さぶられた。
「止めるんだ!それ以上は危険だ!」
ハッと目を開ける。その頬を、小さな舌が舐めた。
「クウウン」
「ハチ!」
子犬は復活していた。地面に下ろすと、アンジーや子供達にも駆け寄って舐めまくっていた。きよ子は喜びのあまり、若様に抱きついた。
「良かった…若様…ありがとうございます…」
「いや。君が救ったんだ。ところで、これは男装のつもり?」
若様はきよ子のターバン風帽子を取った。そして彼女の髪にバラの花を挿した。
「眉が太いだけじゃないか」
「美少年でしょう?」
「…」
ギュッと抱きしめられた。すごく心配させてしまった。ごめんなさい、と大きな背中を撫でる。
(ごめんなさい。ちょっと、家出を考えてました)
「坊やは…聖女様だったのかい?」
お爺さんに声をかけられ、振り向く。何だかふっくらとして色艶が良い。痩せこけていた人々は、皆、同じように健康を取り戻していた。
◆
ルノーが着いた時、聖女は泣きながら子犬の死骸を抱いていた。その姿を見て、あれこれ考えていた企みは消え去った。たかが犬1匹に。なぜそれほど悲しむ必要がある。次の瞬間、聖女は溢れんばかりの治癒魔法を放った。それは薄まることなく、どこまでも広がっていった。
『ルノー様!聞こえますか!?』
王都の部下から遠話が入る。
『今の治癒魔法は何ですか?瘴気が、瘴気が消えました!』
『何だと?』
『体も元に戻っています!奇跡です!』
慌てて自分の手を見て、顔を触る。すると、削げ落ちていた肉が戻っていた。ルノーは呆然とした。
(これが聖女の力…)
歓声を上げる難民達の、誰も彼もが、健康で喜びに満ちている。
(民の怨嗟が、瘴気を生んでいたのか。そんな事にも気づかずに…)
彼は聖女の御前に平伏した。
「えーっと。どちら様?」
「エテルナ教上級神官、ルノーです。これまでの無礼をお許しください。また、ビザンツの民を癒してくださった事、幾重にも御礼申し上げます」
すぐさま、騎士達がルノーを押さえつけた。だが聖女は離すようにと言った。
「許します。あなたも中間管理職で大変だったのでしょう。あんな王様が上司ではね。あ、そうだ。食事を運んでくれた女性に何か食べさせてあげて。すごく痩せてたので」
あまりの慈悲深さに、涙が溢れる。そこへエクラン軍が合流した。神官長は跪くルノーと聖女、子犬を見て尋ねた。
「ルノーよ。召喚した犬は、これではなかったか?」
「は?いえ、すぐに追い出したので…」
よく覚えていない。もっと白かった気がする。神官長は子犬を拾い上げ、繁々と眺めた。
「先ほどの治癒魔法は、聖女の力だけではなかった。半分はこの犬だ」
「それはつまり…」
「神獣フェンリル。エテルナ教でも神使となっているだろう。其方の召喚は成功していたぞ」
あまりの衝撃に、ルノーは崩折れた。では、もしあの時、この犬を保護していれば…虫の良い想像を、神官長は切り捨てた。
「民の扱いが酷すぎる。今のままでは、神獣が保たなかっただろう。フェンリルは預かる。国を建て直したら、会いに来い」
「神殿で飼っていいんですか?」
聖女が嬉しそうに訊いた。
「良い。だが、一時、養育するだけだ。成獣になれば、自由に世界を駆け巡る。その時、ビザンツの居心地が良ければ、居つくだろうよ」
そう言って、神官長達は去った。ルノーは、子犬を抱く聖女を見送ることしか出来なかった。
♡
神殿に忍び込む賊はパッタリと絶えたらしい。おかげで、きよ子の自由度は上がった。外出時以外、護衛は要らなくなった。
アンジーだけを連れて、あの中庭に行くと、タイル職人が元の白い犬のモザイク画に変えていた。そういえば、きよ子を拐うために命を捨てた召使いは、ビザンツの密偵だったそうだ。
(可哀想な事をした。早く浄化をマスターして、お祓いの巡礼に出よう)
「また逃げようと考えてますね?」
ぼんやりとバラを眺めていたら、アンジーがまた心を読んできた。
「そんなことは…」
「難民と旅をしている間、本当に楽しそうでしたもの」
そこへ白くなったハチが駆けてきた。きよ子は笑って子犬を抱き上げた。
「ワンッ!」
「アハハハハ!ボールで遊びたいの?良いわよ」
ベロベロと顔を舐めるハチを愛でていると、アンジーがため息をついた。
「その笑顔を、若様に見せて差し上げれば宜しいのに…」
「大人は色々あるのよ」
きよ子はボールを遠くに投げた。子犬は大喜びで追いかける。その素直さが羨ましかった。




