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13 黄泉がえり

            ♡



 午前中は体調が良いので、きよ子はせっせと鶴を折った。涙脆い神官の青年が何くれとなく世話をしてくれる。彼に折り方を教えたり、神官長のおまじないみたいな治療を受けたりしていた。


 ある日、若様が来た。調子の良くない午後だったので、あまり話せなかった。気になっていたことを頼んで終わってしまった。でも元気そうだった。良かった。


(多分、退院はできない)


 何となくそう思う。お迎えが近い気がする。今のきよ子は一歩もベッドから出られないのだ。


「会いたい人間はいるか?」


 神官長が訊いてきた。予感は確信に変わった。


「ジュリアを。冒険者組合で働いてます」


 最後に親友に会いたかった。


「パルデュー副団長ではないのか?」


「お忙しいでしょう。先日お会いしましたし」


 翌日、ジュリアが来てくれた。久しぶりにお喋りを楽しんだ。きよ子は親友の手を握り、眠った。そのまま息を引き取った。800羽の折り鶴は完成していた。



           ◇



 キコの葬儀には身分を問わず、多くの人々が来た。口入れ屋の青年と冒険者組合の受付嬢に“紅の狼”のメンバー。侯爵家の使用人達も出たがった。騎士とその婚約者、親も皆来た。


 ジェラルドの母親はひどく嘆き悲しんだ。父が支えて何とか歩いている。


「綺麗でしょう?あなたのサイズで縫わせたのよ。誰も着られないわ。あの世で着てね」


 母は花嫁衣装を遺骸に掛けた。そしてまた大泣きした。


「聖女キヨコ・シライシはその命をかけて世界を救った。感謝を捧げる。末長く言い伝えよう」


 陛下が弔辞を読んだ。騎士団長、神官長も一言ずつ述べた。我々の都合で召喚した。我々が殺したも同然だ。ジェラルドは怒りと後悔、罪悪感で何も言えずに俯いていた。


 死に顔は穏やかだった。遺骸は防腐処置をほどこした後、神殿に安置される。いつでも会いに行ける。だが。


(生きている君に会いたいよ…)


「皆様。お別れはお済みでしょうか?ではお手元の御鳥を祭壇に置いてください」


 彼女が作った紙の鳥を、参列者は次々と捧げた。魔力を込めても良いと言われた。ジェラルドは火属性の魔力を注ぎ、あの世のキコに届けと祈った。


「聖女よ。安らかなれ」


 神官長が光魔法で鳥を浮かせた。それは棺の周りをつむじ風のようにくるくると飛び、光りながら消えた。



            ♡



 きよ子は別れ道まで来た。どちらに進もうか迷っていたら、左の道に死んだ夫が立っていた。互いに若い頃の姿だった。


「きよ子。迎えに来てやったぞ」


「…」


 忘れていた恨みつらみが蘇った。金遣いの荒い男だった。猫撫で声で優しい事を言う時は、必ず借金が発覚した。そのくせ、きよ子が外で働くのを嫌がった。


 いくつもパートを掛け持ちして何とか借金を返してきたのに。いつかは落ち着くだろうと思っていたのに。子供達も独立し、やっとほっとした頃に離婚を突きつけてきた。


 長年の愛人がいたらしい。きよ子は50代で何もかもを失ってしまった。3人の息子らに支えられ、何とか生きてきたのだ。


 夫はぬけぬけと復縁を迫ってきた。


「俺が悪かったよ。今度こそ添い遂げよう」


 冗談じゃない。住む家も財産も全てを奪われた苦しみ。腹違いの兄妹がいると息子たちに知られた時の悲しみ。知らぬ間に離婚届を出されたという屈辱。死んでも忘れるものか。きよ子はキッパリと拒絶した。


「嫌よ」


 だが動く歩道みたいに、勝手に左の方へと進む。嫌だ。あのスクリーンの中のような、美しい世界が良い。一生懸命働いて、感謝されて、親友と遊んで。優しい若様のお世話をして。今度こそ自分の人生を歩きたい。


「駄目だ。お前は俺の女房なんだから」


「勝手に離婚したのは、あんたじゃない!」


 歩道が停まった。スカートの後ろを引かれ、きよ子は振り向いた。高さが2メートルくらいある大きな折り鶴が、裾をくわえていた。


 それはグイグイと彼女を別れ道まで引っ張っていった。クイッと首を後ろに曲げて、乗れと言っている。


「きよ子!」


「さよなら」


 右の道の先に行けば、あちらに生まれ変われる。きよ子は折り鶴の背に乗った。夫は急にドラゴンに変身して、後を追ってきた。


「逃がすものか!」


 鉤爪が届きそうな程に迫る。すると小さな折り鶴の群れがドラゴンに群がった。怪物は速度を落とした。


「助けて!ジェラルド!」


 大きな折り鶴の首にしがみつき、きよ子は叫んだ。



            ◇



 棺の蓋が吹き飛んだ。中から光の柱が立った。まるで召喚の時のようだ。参列者達は驚きに身を固くした。


「助けて!ジェラルド!」


 キコの声が聞こえた。副団長は祭壇に駆け上がり、光の柱の下に行った。天から、大きな鳥に乗ったキコが降りてくる。その姿は東の森で見た時のままだった。黒い髪をなびかせ、花嫁衣装を纏ったキコは両手を伸ばした。


「キコ!」


 細い体を、彼はしっかりと受け止めた。


「ドラゴンが!…あれ?」


「おかえり。キコ」


 ぎゅうと抱きしめる。温かい。生きている。嬉しくて思わず口付けた。もう一度しようとしたら、神官長の杖が降ってきて、頭を強かに打たれた。


「やめんか。馬鹿者」


 神官長はキコの手首の脈を測った。


「生きておる…。聖女は復活したようだ」


 それを聞いた参列者は歓喜した。神殿が揺れたような気がするほどの、大歓声だった。


「キコ!良かった!」


「お帰りなさい!キヨ!」


「キコ様~!」


 当の本人はポカンとしている。キコは神官長に訊いた。


「何やってるんですか?これ」


「お前の葬式だ」


「へ?」


「まだ歩くな。検査をする。副団長、運んでやれ」


 ジェラルドは喜んでキコを抱き上げて、そのまま人の列の中を歩いた。皆が拍手と涙で祝う。まるで結婚式のようだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 元夫が迎えに来たのを見て、恨みつらみが蘇るのが最高にリアルで涙が出るほど笑いました。 ドクズだった元夫とも決別できて優しいジェラルドとの未来も明るいですね!
[良い点] とっても面白かったです!一話一話の題名もいいですね!勝手にジュリアとかエイドリアンとか呼んじゃうところもおばあちゃんらしい!でも、好きな人の名前はきちんと覚える。ハッピーエンドで良かったで…
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