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12 遠い夜明け

            ◇



 行方不明だった騎士達が伝説のドラゴンを倒した。民衆は狂喜した。勝利を導いたジェラルド・パルデュー副団長は英雄になった。また、討伐に参加した銅級冒険者パーティー“紅の狼”は、一気に金級に昇格した。


 神殿は高瘴気の収束を発表した。数百年に一度の厄災は回避できたのだ。全てが上手くいった。ただ1人、眠り続ける聖女を除いては。


「聖女は何故目覚めない?」


 王城では聖女召喚を分析する会議が行われた。後世に記録を残すためだ。


「おそらく、一気に瘴気を祓ったせいかと」


 王の問いに神官長が答えた。昏睡状態が続く聖女は、神殿が預かっている。


「2週間は長いな。このまま死んでしまうのでは?」


 王子が無責任に言う。副団長は拳を握りしめた。魔力が滲み出てしまったのか、王子はビクッとして目を逸らした。


「流れを整理する。聖女は何らかの原因で一時的に若返った。偶然、パルデュー侯爵家で働き始め、今回の捜索隊に参加した」


 神官長が書類を読み上げた。


「騎士達に配った護符の紐には聖女の祝福が込められていた。それでブレスを受けても無事だった。また、ブレスを弾き返したのは聖女自身の力だ。あの鍋を詳しく調べたが、ただの鍋だった」


 押し花のカードもジェラルドを護ってくれた。もうキコがくれた物は何もない。


「最後のブレスを受け、急激に引き出された力が、一気に世界中の瘴気を消し去った。それで魔力が切れ、元の老女に戻った。これが神殿の見解だ」


「お目覚めになる確率は?」


 堪え切れずに、副団長は訊いた。神官長は難しい顔で答えた。


「半々だ。以前の聖女は光魔法を習得し、何年もかけて瘴気を祓った。そして王族と婚姻し、長く生きたと伝えられる。今回は、修行を積まずに魔力を全放出したことで、かなり寿命を縮めてしまった」


「…」


 召喚後、直ぐに保護していたら。ゆっくりと魔法を学んでいれば。キコは自分が聖女だと気づいてなかった。もしドラゴンと戦わなかったら。今も侯爵家で侍女をしていただろうに。


(謝れなかった…ごめんよ。キコ)


 聖女はその後1週間以上、目覚めなかった。



            ♡



 きよ子は布団の中でぐずぐずしていた。腰が痛いし、目眩がひどい。ゴミ出しに行けるかも怪しい。とりあえず起きあがろう。掛け布団から顔を出すと、見知らぬ部屋だった。


(もしかしてまた入院しちゃった?)


 以前、部屋で倒れて救急車で運ばれたことがある。きよ子はそれを全く覚えていなかった。


 高い天井に大きな窓。個室だ。差額ベッド代を取られてしまう。大部屋に変えてもらわなくちゃ。慌ててナースコールを探すが、見当たらない。


 看護師さんを呼ぶのは諦めた。そのうち様子を見に来るだろう。腰の痛みが辛いので少しベッドを起こしてほしいな…と思ったら、自動で持ち上がった。最近の医療用ベッドはすごい。考えただけで動くんだ。感心していると、


「セイジョ様?!」


 いきなりドアがバンっと開いた。白い制服を着た、男性の看護師さんが飛び込んできた。銀髪に水色の目をした外国人だ。


「お…お目覚めに?本当に?」


「すみません、部屋の件ですが…」


 日本語通じるかしら。心配していたら、看護師さんは泣き出した。その腕に巻かれたミサンガに見覚えがある。楽しい夢を見ていて、それに出てきた気がする。またドアが開いた。


「起きたか!」


 白い長い髪と髭の、偉そうな爺さんがやってきた。白の魔法使いだ。きよ子は完全に目が覚めた。



            ♡



 説明を聞いてもピンと来ない。きよ子はベッドの横に座る魔法使いに訊いた。


「とにかく、やるべきことは終わったんですね?」


「まあ。そうなるな」


 じゃあ、退院したら好きにさせてもらおう。侍女はもう無理だ。またジェームズに仕事を貰わなきゃね。だが爺さんは反対した。


「神殿で余生を過ごせ。召喚した責任は取る」


「借金があるんです。大金貨80枚の」


「それくらい儂が払う」


 男気がある。しかし自分で返したいときよ子は粘った。神官長は折衷案を出してきた。


「暫くは絶対安静だ。あの紙の鳥を作ってくれ。こちらで買おう」


「そんなので良いんですか?」


「あれは魔道具だ。魔力を込めて飛ばせる」


 小金貨1枚の価値があるらしい。きよ子は療養しつつ、内職をすることにした。



            ◇



「キコが目覚めた?!本当ですか?」


 騎士団に神殿から知らせが来た。ジェラルドはすぐに出ようとしたが、使者に止められた。


「申し訳ありません。大変お加減が悪く。面会はできません」


 その後、1週間が過ぎても会うことは出来なかった。痺れを切らせた副団長は神殿に乗り込んだ。



            ◇



 短い時間だけという条件で、ジェラルドは面会許可をもぎ取った。そっと病室に入ると、彼女は眠っていた。かなり痩せた気がする。


「キコ」


 その細い手を握り、呼びかけたら、うっすらと目が開いた。


「若様?」


 声もか細い。彼は努めて明るい声で訊いた。


「具合はどうだい?」


「良いですよ。おかゆばっかりでウンザリです」


 姿は老人だが、中身は確かにキコだ。彼女は急に話を変えた。


「あの。給料の前借りの件なんですけど」


「え?」


「神官長が立て替えてくれるんです。お館様に伝えていただけますか?」


 そんな話をしに来たんじゃない。言いかけたが止めた。キコは遺言をしているのだ。ジェラルドは頷いた。


「分かった」


「奥方様にも、急に辞めることになってすみませんって。最後の月給は日割りでお願いします」


「うん」


「スタローンには振込み済なんですけど、もし足りなかったら、神殿に請求するよう言ってください」


「ああ」


「従業員金庫の私のお金は、半分はジュリアに渡してください。半分はジェームズに」


「…」


 金のことばかりだ。下を向いて黙っていると、キコは手に力を込めた。


「あの時、大金貨をありがとう。幸せになってね。ジェラルド」


 初めて名を呼ばれた。驚いて顔を上げたが、もうその目は閉じていた。何度呼んでも、キコが起きることはなかった。


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