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間話05・アンタッチャブル

間話その5です。読まなくても、本筋は変わりません。主人公出ません。若様チートです。

          ◇



 瘴気が晴れ、ようやく神殿と連絡がついた。だが眠り続ける聖女を動かせず、騎士と冒険者達は東の森に留まっていた。傷病者を運ぶ馬車で神官長が着いたのは、翌日の夜だった。


「聖女はどこだ?」


 神官長はまず、テントに寝かされたキコを診察した。大まかな経緯は従軍神官から伝えてある。


「どうです?」


 副団長が尋ねると、神官長は厳しい表情で答えた。


「魔力が底をついておる。よく生きているものだ。さすが聖女と言うべきか…」


「光の魔力を注ぎました。でも、お目覚めになりません」


 若い従軍神官は説明した。脈が止まりかける度に、聖女の心臓に魔力を入れた。ここでできる治療は、それが限界だったと。


「神殿に運ぶぞ。ドラゴンの死体から瘴気が出ている。側に居るのは良くない」


 副団長は老女を抱き上げ、馬車にそっと移した。白い髪に深いシワ。飴屋の屋台で見かけた時と同じ姿だ。小さな体は冷えている。温めてやりたかったが、今は他属性の魔力は毒になると止められた。


「明日には馬と搬送隊が着く。副団長、其方(そなた)はドラゴンの死骸を魔物研究所に運んでくれ。そこで封印する」


「承知いたしました」


 神官長は慌ただしく出発していった。その様子から、いかにキコの容体が深刻なのかが分かる。副団長はいつまでも馬車が去った方を見ていた。団員達も、誰も声をかけてこなかった。



          ◇



 翌朝、騎馬をつれた搬送部隊と多くの神官達が現れた。ドラゴンの死体を運びやすいように切り分け、仮封印の札をベタベタと貼る。それを荷馬車に積み込むと、騎士達はようやく東の森を後にした。


 『紅の狼』とは王都の手前で分かれた。


「世話になったな。スタローン」

 

 副団長が右手を差し出す。リーダーはその手を力強く握った。


「…もう何でも良いんだがよ。今度はあんたが信じる番だと思うぜ。キコは治るってな」


「そうだな。本当に報奨金は要らないのか?」


「ああ。ドラゴンとの戦闘分はキコに請求する。契約外だからな!」


 逞しい冒険者は笑顔で去っていった。金のためならどんな危険も引き受ける荒くれ者。そんな風に思っていたが、実に気持ちのいい連中だった。


 その後、ドラゴンの死骸を研究所に運びこみ、騎士団本部に向かった。どこから情報が漏れたか知らないが、王都の大通りには民衆が詰めかけていた。


「騎士団万歳!」


「ドラゴンスレイヤー!パルデュー副団長!」


「よくやった!」


 歓呼の声の中、騎馬は粛々と進む。副団長は部下達に命じた。


「笑え。せめて手を振るんだ」


「しかし…」


 渋る部下に、上官は手本を見せてやった。晴れやかな笑顔で歓声に応える、その心の内は嵐が吹き荒れていた。



          ◇



 生還した100名の騎士達には褒賞と特別休暇が与えられた。副団長も実家に帰った。


「お帰りなさい。ジェラルド」


「ただいま帰りました。ご心配をおかけして…」


 出迎えた母親はひどく痩せていた。息子は胸が詰まって、言葉が続かなかった。何を言えば良いのだろう。黙っていると、母は息子をギュッと抱きしめた。


「何も言わなくて良いのよ。全部聞いたわ。キコが聖女様だったのね。どうして気づかなかったのかしら。あんなにも気高い魂を」


 ジェラルドは母親の肩に顔を埋めた。


「…俺、キコを叱ったんです。父上達が彼女を送ったと思って。でも、違った」


「うん」


「謝ろうとしたら、ブレスを喰らって。あの時、油断しないで、ちゃんと殺しておけば…」


「うん」


「俺はかすり傷一つ無いのに。キコは…」


 話すうちに、部下の前では隠せていた激しい感情が溢れ出す。嗚咽を堪える息子の背を、母は優しく撫でた。


「きっと回復する。元気にならなきゃ困るわ。お給料、8年分も前借りしてるんだから!」


 スタローンと同じ事を言っている。ジェラルドは吹き出しそうになった。そうだ、治療を受ければ良くなる可能性だってある。そう思えるようになった。


 だが1週間経っても、聖女が目覚めたという知らせは来なかった。



          ◇



「3日後にドラゴン討伐記念式典ですか?」


 騎士団長との打ち合わせ中、唐突に言われた副団長は驚いた。


「そうだ。聖女召喚の成功と、ドラゴンを倒した事を諸国が嗅ぎつけた。証拠を見せろと喚いている」


「どこの国です?」


「うるさいのはムガール王国、ビザンツ王国あたりだ。かなり瘴気に悩まされているからな。聖女の派遣を求める信書を送ってきた」


「聖女は今…」


 言い淀むと、団長は深い同情を湛えた目で頷いた。


「もちろん、派遣は不可能だ。だがドラゴンの死骸を見せることはできる。研究所のデータ採取は終わっているので、封印の前に式典を開くことなった」


「…分かりました。そのように通達します」


 副団長は重い足取りで『聖女捜索隊本部』に向かった。東の森から生還した騎士のほとんどはここの隊員だった。そして今日、解散する。


 閉鎖作業の前に、先ほどの話の詳細を部下達に伝えた。


「式典は正午から、魔物研の隣の庭園で行われる。家族、婚約者など参加者名を明日昼までに出してくれ。第一礼装、警護ではないので装飾刀で。おそらく、各国の大使が聖女の正体と現状を探ってくるが、一切の口外を禁ずる。対魔物砲は明かしても良い。見学会で披露する予定だからな」


「副団長、質問です。どうしても、ドラゴンの死骸を見せなくてはいけませんか?女性は、多分嫌がると思うのですが」


 多くの隊員が賛同の顔をしている。副団長は首を振った。


「無理に見せる必要はない。会場に残っても良い」


 別の者がまた手を挙げた。


「あの、スタローンさん達も呼んで良いですか?堅苦しいパーティーなんて、断られるかもしれませんが」


 忘れていた。彼らこそ、一番の功労者だと言うのに。


「もちろんだ。時間が無いが、手配してくれ。必要経費は騎士団で持つ。通達は以上。これより捜索隊本部の撤収をする」


 部下達は手分けして撤収作業を始めた。副団長は破棄する書類をどんどん暖炉に入れて燃やしていった。他国の密偵の手に渡らないよう、細かな灰になるまで焼却する。


 その中に、老聖女の似顔絵があった。ジェラルドはじっとそれを眺めた。


(本物はもっと綺麗だった。キコが歳をとったらーーいや、元がこっちなのか)


 副官の声が、奇妙な思考を断ち切った。


「1枚ぐらい、取っておきますか?」


 ジェラルドは迷ったが、


「いや…」


 全て焼いた。老いたキコの顔が燃え尽きるまで、目が離せなかった。



          ◇



 式典当日。よく晴れた空の下、広い庭園は豪華に飾り付けられ、数々の美味美食が並べられている。そこに生還した騎士とその家族が集まった。貴賓は国王陛下、王太子殿下で、各国大使多数が参列する。


 副団長は主賓という扱いだ。当然挨拶をする。淡々と、だが聖女については省いて、討伐の経緯を説明した。陛下は瘴気問題は間も無く落ち着く事、ドラゴンを倒した事は人類の大きな一歩だと述べた。


「よお。元気か。つっても10日ぶりくらいか」


 歓談の時間になると、まずスタローンがやってきた。窮屈そうな貴族服に冒険者の剣を吊るしている。あまりに不釣り合いで、ジェラルドは笑ってしまった。


「元気だよ。聞いたぞ。ランク上がりそうだって。良かったな」


「当たり前だ。これで銅級のままなんて、ウチのカミさんが許さねえ」


「奥さんも来てるのか?」


 会場を見回すと、異様な気迫のテーブルがあった。『紅の狼』達が凄い勢いで食事を平らげている。スタローンはワインのグラスをあおった。


「悪いけど、俺たち、美味いもん食いに来たから。じゃあな」


「待てよ。陛下に紹介するから」


「ええ?!やだよ!」


 立ち去ろうとするスタローンを無理やり、貴賓席に連れて行く。


「営業って言うんだろ?貴族に顔を売っておくのもリーダーの仕事だぞ」


「国王じゃねえか。もっと下の役人紹介しろよ」


 ブツブツ言いながらも、さすが一流冒険者の頭、陛下の前でも萎縮することはなかった。陛下も武張った者がお好きな方で、冒険者の戦い方などについて詳しく語らせた。


 スタローンが下がると、陛下は副団長をお側に召した。


「ゆっくり話す機会がなかったな。礼を言う。お前のお陰で我が国は救われた」


「滅相もない。対魔物砲がなければ勝てませんでした。全て陛下のご威光の賜物でございます」


「…捜索隊を出さなかったこと、許せ。ジェラルド」


 久しぶりに名前で呼ばれた。だから甥として答えた。


「いいえ。私が伯父上の立場でも、同じ判断をしたと思います。運が良かっただけです」


「そうだ。運が良かった。それだけだ」


 隣に座っていた従弟が、険しい顔で割り込んできた。


「ルイ。良い加減にしろ」


「…」


 父親に嗜められ、王太子はぷいと席を立っていってしまった。兵を率いてロワーヌ川でドラゴンを待っていたらしい。手柄を取られて腹立たしいのだろう。


「すまんな」


 陛下はため息をついて謝った。副団長は苦笑いで言った。


「まだお若いのでしょう。殿下の国を思うお気持ちは存じております」


 御前を辞して、重臣や各隊員の両親に挨拶をした後、各国大使に捕まった。まずはムガール大使と笑顔で乾杯した。


「ドラゴン・スレイヤーに!ぜひ聖女殿と我が国へいらしてください。全国民が歓迎いたします」


 収穫量が激減した土地を浄化したいのだろう。ジェラルドは慎重に答えた。


「ありがとうございます。そのような王命を賜れば、いずれ」


 やんわり、『私に決定権はありませんよ』と言うと、ムガール大使はよく肥えた体を揺すった。


「ハッハッハッ!またご冗談を。次期エクラン王はパルデュー卿だと、もっぱらの噂ですぞ。龍殺しの英雄じゃないですか。あなたが行きたいと言えば、陛下もお許しになるのでは?」


「武勲だけが王の資格ではありません。お国ではどうか知りませんが」


 『こっちは文明国なんだよ。野蛮人』と当てつけてやると、大使は顔を真っ赤にして行ってしまった。すぐさまビザンツ大使が寄ってきて、グラスを寄越した。


「困った方ですな。ささ、一献。ドラゴン討伐、おめでとうございます」


 痩せた陰気な男だ。だが光の魔力を感じる。


「失礼ですが、神官でいらっしゃいますか?」


 ジェラルドが尋ねると、ビザンツの大使は頷いた。


「ええ。ぜひ、聖女様にお会いしたくて。どうでしょう?少しで良いのですが」


「神殿にお問い合わせください」


「そこを何とか!ウチはリュミエール教ではないので、ツテがないんです」


 率直すぎて交渉になっていない。呆れていたら、研究所への移動を促すアナウンスが聞こえた。副団長は大使の願いには応えず、


「さ、ドラゴンをご覧ください」


 にこやかに言って、その場を離れた。



          ◇



 ドラゴンの死骸見学に参加したのは、男性がほとんどだった。横で研究所員が対魔物砲の説明をする。実射を見たいと言われたので、皆は研究所の裏手にある訓練場に移動した。


 副団長が大型魔物に似た的を爆散させると、各国の大使は興奮して拍手した。


「お見事!この武器は譲っていただけるのですか?」


「技術供与の予定は?」


 騎士団長が進み出て答えた。


「もちろん同盟国にはお譲りする。だが技術を渡すことはできない。これはあくまで魔物を倒す物。対人には発射できない仕掛けがある。誓約魔法もしていただく。資料を希望の方は、あちらのテーブルへどうぞ」


 大使達はゾロゾロと移動していく。副団長は砲を解体して仕舞った。スタローンが近づいてきて質問した。


「もっと威力が小さいのは作れないのか?これじゃ素材が採れない」


「研究者に相談してみろ。ただし、高いぞ」


 ジェラルドが開発にかかった総額を教えると、冒険者はのけぞった。


「マジか。遠距離攻撃の武器、欲しいんだがなぁ」


 雑談をしていると、背後の研究所の方から轟音が聞こえた。


「何だ?!」


 振り返った人々が見たのは、倉庫の屋根を突き破って立つ、ドス黒い瘴気を纏ったドラゴンだった。



          ◆



 30分前。式典会場には女性達が残っていた。生還した騎士達の妻あるいは婚約者と、『紅の狼』の女冒険者達である。男性達が研究所に行った隙に、令嬢達はくつろいで飲食した。


「好きに飲み食いすれば良くない?」


 女冒険者が訊く。令嬢達は小さな軽食をつまんで嘆息した。


「陛下がいるような式典では無理なのよ。あー。お腹減った。これ美味しいわ」


「今のうちに食べとかないと。あなた方は見に行かなくてよろしいの?」


「ドラゴン?だって一緒に解体したんだよ。もう見飽きたって」


 締めのデザートを頬張りながら女冒険者が言うと、


「まあ!では討伐に参加されていたのね?詳しく伺っても?」


 数人の令嬢が食いついた。どこから取り出したのか、紙とペンを持って、東の森での話を聞かせてくれと頼んだ。


「良いけど、密偵?に聞かれるとまずいんでしょ?」


 女冒険者が心配するので、フランソワは風魔法で周囲の音を消した。これで盗聴はできない。


「凄。あんた、冒険者にならない?」


「魅力的なお誘いだけど、派閥作らなきゃならないので。さあ、聞かせて。キコ様は今、どういう状態なの?」


 緘口令が敷かれているのか、婚約者達は肝心のところを教えない。


「若様に気兼ねしてんだね。実はさ…」


 フォークを置いて、冒険者の女は話し始めた。



          ◆




 聞き終えたフランソワ、ミシェル、ソフィーらは涙を拭いた。何と残酷な運命なのだろう。笑顔の下で、副団長はどれほどの苦悩を秘めておられたのか。


「泣きなさんな。…ん?何だか変な…」


 冒険者が急に剣に手を伸ばした。次の瞬間、研究所の方で爆音が轟いた。倉庫の屋根が吹き飛んで無くなり、黒い大きな建物が生えている…とフランソワは思ったが、違った。黒いおどろおどろしい空気を纏った、巨大な魔物が立っていた。


「全員集合!あの建物の後ろへ!」


 冒険者のリーダー夫人が号令した。固まっていた女性達はその指示に従い、速やかに庭園の管理棟裏に逃げた。


「ドラゴンだ。ゾンビ化してる。非常にヤバい。女が好きなんだよ、あいつ」


 夫人は小さな声で言った。なるべく音を立てないように、じっとしていれば、騎士達が助けてくれる。そう思ったが、女冒険者は首を振った。


「ブレスを吐かれたらお終いだ。今は鍋がない」


「鍋?」


「そう。聖なる鍋。神官長が持ってっちゃった」


 なら、作ろう。フランソワは100人近い女性を、属性別に分けた。大半が光属性だ。


「夫人。土属性持ちが大きな鍋を作ります。その表面に光の魔力を流せば、ブレスを反射できるかもしれない。その裏に隠れながら迎撃しましょう。その他の属性が援護しますから、何とかあれの足を止められませんか?」


 彼女の提案を、夫人は受け入れた。


「よし。旦那達が来るまで女だけで頑張ろう。あの黒いモヤモヤ、触っちゃいけない気がする。風で払っておくれ。足場もあったら助かる」


「了解!」


 さすが騎士の妻や婚約者、静かに己の役目を果たすために動き始めた。



          ◇



 ゾンビ・ドラゴンの出現を目視した騎士団長は、すぐさま指示を下した。


「近衛!陛下と王太子殿下は避難路から脱出!警護兵!来賓と招待客を車寄せまで誘導しろ!伝令!増援を呼べ!神官長もだ!」


「はっ!」


「副団長!対魔物砲で撃破せよ!試作品もあるだけ出せ!騎士達は研究所にある対魔物剣を使え。鎧は無いが、いけるか?」


「いけます!」


 慌ただしく避難と戦闘準備が始まった。副団長はもう一度砲を組み立てた。


「ジェラルド!先行くぞ!クソ、また女どもに行きやがった!女好きかよ!」


 『紅の狼』の男達は式典会場に向かって走っていった。見上げると、確かに庭園の方にゆっくりと動いている。バラバラにしたはずの体は再構築され、以前より大きくなっていた。なぜ女を狙う?副団長も後を追いながら考えた。


(それに仮封印はなぜ解けた?)


 チラッとビザンツ大使の顔が浮かんだ。しかし、今はそれどころではない。宝飾刀を対魔物剣に履き替え、騎士達は式典会場に走った。いきなりブレスを喰らってはひとたまりもない。緩慢に進むゾンビ・ドラゴンの背後から側面に回ると、そこにスタローン達がいた。


 彼らと合流し、茂みに隠れて庭園を覗き見たが、無人だ。かなりの女性達が残っていたはず。避難し終わったとも思えないが。


「!!」


 その時、ゾンビが黒いブレスを吐いた。黒炎は管理棟を溶かした。


「何だありゃ?!」


 冒険者が叫ぶ。そこには、半ば地に埋まった巨大な鍋が立っていた。ブレスが当たった箇所が焦げている。しかし、超高温を耐え抜いていた。


「今だ!行くよ!」


 女冒険者達が鍋の背後から飛び出してきた。その足元が透明な階段状に隆起して、ゾンビの方に伸びる。5本の氷の階段を駆け上った女達は、一斉に切り掛かった。黒い瘴気の触手が迫るが、風がそれを払う。女達の剣は竜の肉を削った。再生はしない。だが、ドラゴンは動きを止めなかった。


「魔法で支援しているのは誰だ?」


 副団長が訊くと、背後の団員が口々に言った。


「ミシェルの土魔法です。恐らく、同じ属性の子と協力してます」


「あの繊細な氷の階段はソフィーに間違いありません」


「風はフランソワだと思いますが…同時に5つは難しいでしょう」


 他に光属性持ちの令嬢達が、防壁の表面に魔力を流している。副団長は感心した。


「あの壁は防御陣地だな。前衛を安全な所から支援する。見事だ」


「いや、デカい鍋だろ。どう見ても」


 と言ってスタローンは立ち上がり、ピィーっと指笛を吹いた。それに気づいた女冒険者達は、階段を駆け降りて防壁の裏に隠れる。すぐさま暗黒のブレスが防壁を襲った。


「ブレスは160秒間隔だ。切っても無駄っぽい。どうする?このままじゃジリ貧だぜ」


「神官長が着くまでは持たないな。何とか足止めしたいが…」


 リーダーと副団長は相談した。こちらにある対魔物砲は、試作品を含めて10丁。ブレスを吐かせないように喉を徹底的に潰す。


「一斉射撃で頭を吹き飛ばす。砲手と護衛以外の騎士と冒険者は、ゾンビの足を切ってくれ」


 指示を出す間にも、1回、ブレスが来た。もう防壁とゾンビとの距離はそれほど無い。


「攻撃開始!」


 先ほど、リーダーに待機を命令されたので、女達は出てこない。代わりに騎士と冒険者が飛び出した。副団長と砲手達は息を合わせてゾンビの頭を狙う。


「撃て!」


 一斉射撃と足元への攻撃で、ゾンビは立ち止まった。今だ。副団長は女性達に呼びかけた。


「逃げろ!今ならブレスは来ない!」


 聞こえたはずなのに、誰も出てこない。不審に思った時、眼鏡をかけた令嬢が防壁の横に出てきた。両手に小旗を持ち、それを振り始める。見たこともない信号だった。


「ミシェルです!俺、分かります!」


 若い騎士の一人が名乗り出た。10秒ほどで彼女は引っ込む。


「何だ?怪我人が多いのか?」


「違います…その、ゾンビ・ドラゴンの狙いはキコ様、です」


 意外すぎるメッセージに、副団長は絶句した。



          ◆



 2回目のブレスを耐えた後、令嬢達の頭に不思議な雑音が走った。


「ねえ。何か聞こえない?」


「聞こえる。ジージー言ってる」


「そお?あたしには聞こえない」


 女冒険者達は全員、首を振った。フランソワは魔力の有無だと気づいた。皆に尋ねると、光属性持ちほどはっきりと言葉が聞こえると言う。


「多分、ドラゴンが『キ…コ』『ドコダ』って言ってるわ」


「そうそう『渡サナイ。俺ノモノダ』って。やだ。怖い。変態よ」


 それを聞いたソフィーが素晴らしい想像力で推理した。


「私たちをキコ様だと思ってる!だから執拗に攻撃するんだわ!片っ端から女性を殺して、聖女様に辿り着こうとしているのよ!」


「まあ、向こうからしたら区別つかないでしょうね」


 どれも虫けら並みに小さいわけだし。すると、3度目のブレスの後、副団長から逃げろと呼びかけられた。


「どうする?逃げても無駄だよね?」


 フランソワが参謀のミシェルに相談すると、彼女はどこからか小旗を2本出した。


「とりあえず、事情を副団長に知らせよう。報連相。判断を仰ごう」


「賛成」


 女冒険者達も賛成したので、ミシェルは鍋の外に出て手旗信号を送った。向こうにいる婚約者には分かるらしい。尚且つ密偵にバレない。良い方法だ。



「何て伝えたの?」


 フランソワが訊くと、ミシェルは簡潔なメッセージを言った。


「ゾンビ・ドラゴンの狙いはキコ様。『キコ、ドコダ、渡サナイ、俺ノモノダ』と言っている。恐らく女を皆殺しにして聖女の元に行こうとしている。なので出られない。指示を乞う」


 ゾンビは頭を吹っ飛ばされて止まっているらしい。皆はホッとした。


「じゃあ、一息つけ…」


 なかった。ドカンという衝撃波が空気を揺るがしたと思ったら、婚約者達が鍋の内側に駆け込んできたのである。


「何?!」


「説明は後!逃げるよ!」


 騎士達はそれぞれの妻や恋人を抱え上げ、全力で後方に走った。女冒険者達も夫に引っ張られて逃げる。フランソワは婚約者のジャックに担がれるように運ばれ、百メートル以上離れた高台でようやく下ろされた。


「何なのさ!説明しろよ!」


 冒険者のリーダーが妻に詰問されている。


「俺にもよく分からん!ジェラルドがキレたんだよ!奴が言ったんだ。なるべく遠くに逃げてくれって。そしたらこいつらが…」


「魔力爆発が起こります!伏せて!」


 ジャックはフランソワを押し倒すと、上に覆い被さった。次の瞬間、先ほどよりも数倍も大きな衝撃と熱波が押し寄せてきた。


 長い数秒間が終わり、ジャックが退いてくれる。助け起こされたフランソワは、爆心地を見て体を強張らせた。


「ふ…副団長が…」


 皆で作った鍋は跡形もなく消えていた。副団長の前には、ドラゴンの骨と思われる白い物が積み重なっている。その半径数十メートルは焼け野原となっていた。


「えっと。何でこうなったの?ジャック?」


「絶対に触れちゃいけない部分だったんだ。魔物研の敷地内で良かったよ。市街地だったら大惨事になるとこだった」


 フランソワは身震いした。当代随一とは、これほどのものだったのか。


「すげえな。貴族ってみんな、あんな事できんの?」


 だが、冒険者のリーダーは呑気に訊いた。近くにいた騎士は困ったように答えた。


「副団長だけです。あの。他言無用でお願いしますね」


「何で?」


「いやー。怖いでしょう。普通に」


「怒らせなきゃいいんだろ?」


 そう言って、リーダーは副団長の元へ歩いていった。冒険者達もゾロゾロと続く。魔力を持たない彼らの方が、ずっと強くて優しい人々だった。



          ◇



 ジェラルド自身が一番驚いていた。気がついたら、ゾンビ・ドラゴンを燃やしていた。熱に耐えられなかった衣服は燃え尽き、ズボンと靴しか身につけていない。


「おーい。若様!大丈夫かー」


 『紅の狼』達がやってきた。スタローンはジェラルドに上着を放って寄越し、文句を言った。


「早く本気出せよ。無駄に働いちまった」


「…皆は?」


 袖を通しながら恐る恐る訊くと、リーダーは丘の上を指差した。


「全員無事だよ。誰も怪我してない」


「陛下方も?」


「それは知らん。なあ、この骨、駄賃に少し貰っても…」


 そこへ神官長が割って入った。いつの間にかすぐ近くに来ていた。


「駄目だ。全て封印する。スケルトン・ドラゴンと戦いたいのか?」


「いやいや。遠慮します」


 冒険者は素直に引っ込んだ。神官長はジェラルドに向き直ると、雷を落とした。


「この未熟者!もし人死にが出ていたら、封印されるのは其方(そなた)だぞ!来週までに反省文100枚!分かったな!」


「はい…」


 返す言葉も無い。だがスタローンがジェラルドの肩を持った。


「そりゃないぜ。コイツが身体張って女達を救ったんだ。そもそも、何でドラゴンがゾンビ化したんだよ。そっちの仮封印とやらが甘かったせいだろ?」


「…証拠が燃えてしまったので、もう調べる術はない。ただ、怪しい神官が死骸に近づく機会があったな」


 ビザンツ大使だ。今からでも捕まえないと。副団長が動こうとすると、


「よせ。もう遅い。今は表に出るな。皆が恐怖する」


 真剣な顔で神官長が止めた。ジェラルドはヒュッと息が詰まった。だがスタローンに肩を打たれて、よろめいた。


「じゃあウチで飲み直そうぜ。行くぞ!お前ら!」


「了解!酒とつまみ買ってきます!」


「さあ!狭い家ですが!歓迎します、若様!」


 冒険者達がジェラルドの背を、グイグイと押して行く。後ろを見ると、部下達が手を振って「後はこちらで処理しときまーす!お疲れ様でしたー!」と言っている。神官長はしっしっと追い払う仕草をした。


 リーダーはそのまま、歩いて西地区の彼らの拠点に案内した。


「人に任せる度量も必要だぞ」


「そう…かな?」


 そのまま冒険者達と朝まで飲むことになってしまった。



          ◇



 翌日、副団長は少し遅刻して出勤した。すぐに国王の執務室に呼び出され、処罰覚悟で出頭したが、陛下は大層ご機嫌だった。


「眠そうだな。副団長。珍しいではないか」


「申し訳ありません。すぐに報告すべきところを…」


「良い。お前の武勇伝がますます面白くなった」


 副団長は不安になって訊いた。


「恐れながら、武勇伝とは…」


「ゾンビ・ドラゴンを骨まで燃やした後、冒険者達と飲み明かした。もう神話だ。各国大使が青くなって帰っていったぞ。これで暫くは、無茶な要求はできないだろう」


 二日酔いではない頭痛がする。道理でここに来るまでの間、誰もが目を伏せて道を譲るわけだ。


「そんな顔をするな。ビザンツ大使が姿を消した。封印を解いた犯人は自分だと言っているようなもの。悪いのはその男だ。お前ではない」


「寛大なるお言葉、痛み入ります。部下と令嬢達の協力、また、対魔物砲あってこその勝利でした。決して私一人の手柄では…」


 などと言い訳がましく並べ、お咎め無しだけが救いの一件は終わった。神官長へ提出する反省文が地獄だったが、何かしている間は気が紛れた。だが、キコが目覚めたという知らせは、一向に来なかった。


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