09 めぐり逢えたら
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説明会での一件が噂になったのだろう。キコが冒険者らと出発した後、侯爵夫人の下には寄付が届き始めた。
「ただ泣くばかりで。お恥ずかしい限りです。あの侍女にお渡しください」
3人の息子が行方不明の伯爵夫人は、大金貨20枚を置いていった。
「私は充填ができなかったので…。少しですがキコ様に」
婚約者を待つ令嬢は宝石類を持ってきた。多くの娘達がそれに倣った。
「もうキコの借金以上じゃないか?」
目録を見た夫が驚いていた。ありがたい事に大金貨500枚以上が集まった。宝石類は後日返すつもりだ。令嬢達の間では、ジェラルドを慕う勇敢な侍女の物語が一人歩きしている。これはもう、豪勢な結婚式をするしかない。侯爵夫人は花嫁衣装を用意し始めた。
「絶対に帰ってくるわ。2人とも」
「ああ。きっとな」
そうやって、侯爵夫妻は不安を紛らわせていた。
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“紅の狼”は総勢10名の銅級冒険者だ。スタローンと息子2人、それぞれの妻にカップルが2組。男女半々のアットホームなパーティーだ。馬に乗れないきよ子は女性冒険者に同乗させてもらっている。
「ウチは全員前衛だから。安心してね」
と明るく言うスタローン夫人は、大柄な美人だ。『娘が欲しかったー』と言って小柄なきよ子を可愛がってくれた。
東の森まではずっと野宿だった。食事もテントも冒険者側が用意してくれる。暇なので夜はミサンガを作って過ごした。
「これあげる。私の国のお守りなの」
いよいよ東の森に着くという朝、きよ子はそれを配った。カップルは同じ配色でお揃いにした。厳密には日本のお守りではないが、皆喜んでくれた。
「綺麗ねぇ。買ったら高いわよ」
息子その1の妻は太鼓判を押してくれた。
道中、妻達から魔法について色々と教わった。基本的に魔力を持つのは貴族で、保有量や属性によって騎士や神官になる義務があるそうな。
「じゃあ冒険者は魔法を使わずに魔物と戦うの?」
「武器さえあれば魔法無しでも倒せるよ。むしろ騎士より良い状態で素材が取れる」
火魔法で丸焦げとか、風魔法でズタズタとか。あちらは討伐できれば良いんだとか。
「光魔法って何ができるの?私、光属性なんだって」
きよ子は神官長に言われたことを思い出した。
「神官になれば?お祓いとか充填とか。遠見とか先読みとかかな」
へえ。戻ったら借金返済が待っている。侍女兼神官にでもなろうか。ミサンガを売る副業も良いかも。きよ子が迷っているうちに目的地に着いた。スタローンが仲間に注意を促した。
「ここからは厳重警戒だ。キコは列の真ん中に来い。殿は俺がやる」
一行は森に入った。
◇
東の森奥深く。木の枝を組んで隠蔽工作をした塹壕があった。
「副団長。ドラゴンが西に移動しました」
遠眼鏡で監視していた部下が声をかけると、ジェラルドは仮眠から目覚めた。
「よし。第一小隊と第三小隊は後をつけろ。匂い消しを忘れるな」
「了解」
伝令は身を屈めて走って行った。
1週間前、急に現れたドラゴンが駐屯地を焼いた。馬も天幕も、何もかもが一瞬で溶け消えた。伝説のドラゴン・ブレス。恐るべき高温攻撃だった。
相対したジェラルドはその直撃を受けた。死んだと思ったが、気づくと身につけた物以外が消えていた。
手首の守り紐だけが、焼け焦げて落ちた。皆同じだった。騎士達は命からがら逃げた。森に身を潜めてドラゴンをやり過ごし、今は奴を監視しながら本国との連絡方法を探している。
「神殿とは繋がったか?」
副団長は横にいた神官に訊いた。
「ダメです。ドラゴンの瘴気が強すぎて。神官長様の遠見は感知できました」
ではこちらの惨状は知っているな。食糧はほとんど無い。魔石も空に近い。早く森を脱出しなければ、100人以上の部下を餓死させてしまう。
(ドラゴンに気づかれずに突破できる方法は。下手したら王国に奴を引き込んでしまう…)
ジェラルドは決断を迫られていた。
◇
ドラゴンは何かを食べる様子は無く、眠りもしない。普通の魔物とは全く違う。視覚と聴覚より嗅覚が鋭い。泥や草木の汁を身体に塗ると気づかれない。分ったのはそれだけだ。
「…様子が変です。6時の方角にブレスを吐きました!!」
「何だと!?」
監視員が叫んだ。目隠しの木の間から青白い光線が空を切るのが見える。
「誰かいます!冒険者のようです!」
知らずに森に入ってしまったのか。ジェラルドは迷った。今は助ける余力がない。その顔の横を、白い何かが飛んでいった。神官が持っていた紙の鳥だ。
「聖女様の鳥が!」
「おい!待て!」
神官は憑かれたように塹壕を飛び出した。仕方なくジェラルドも追った。瘴気の見せる幻覚かもしれない。鳥は結構な速さで飛んでいく。数分走ると、森の中に冒険者らしい一団がいた。
「大丈夫か?!」
ドラゴンの姿は見えない。副団長は彼らに近づいた。すると思いもかけない声が聞こえた。
「若様!ほら、言ったとおりでしょ?スタローン!」




