1話 アビゲイルさんは殺しても死なない気がしますけどね
「ヘリオス総神官長。『標的』が動きました」
十二神殿内にある総神官長室にて、私はシャリスから報告を受けていた。
「予想通りだな。ありがとう、シャリス」
「どういたしまして。ふあぁ、眠いけど、お腹も空きました」
私の向かいの椅子に座ったシャリスは、眠そうな目をしながら生のニンジンを美味しそうに頬張っている。上司を前にして何という態度だ。
「シャリス、標的の動きは……」
「相変わらずアビゲイルさんの命を狙っているようです」
「なぜやつは、アビゲイルくんの命を狙うのだ? やはり彼女も陛下の失踪に関係があるのだろうか」
「追放しただけでは飽き足らず、その命まで狙うということは、そういうことじゃないですか?」
「ふむ……」
「あーあ、もう少し同僚に興味を持てば良かったです。あれほど優秀でぶっ飛んだ魔術師がいると知っていれば、もっと十二神殿に顔を出したのに」
シャリスは残念そうにつぶやいた。他人に一切興味を持たない男が珍しい。
「たしかに彼女は、魔術師の墓場を開拓した優秀な魔術師だな。不当な扱いを受けていたのが悔やまれるよ。私が気づいていれば……」
「はあ、本当ですよ。しっかりしてください」
「きみ、本当に私に容赦ないよね。まあいいけど」
私はため息をついて、手元の書類をめくった。
シャリスはテーブルの上に身を乗り出して、私の手元を覗きこんだ。
「ヘリオス様、その書類が例の?」
「ああ、復元師に依頼していた陛下の日記だよ。暖炉で見つけた灰からの復元だから、ほとんど読み取れないがね。ちょうど今、陛下が失踪する前日まで読んで……何だと!?」
日記の一文を読んで、私は椅子から飛び上がった。
「どうしました?」
「『十二神のアビーと会った』と書いてある!」
「アビゲイルさん? 他には何が書いてあるんですか?」
「待ってくれ、えっと……『彼女はめっちゃオモロイ』」
シャリスは軽蔑するような目で私を見た。
「真面目にやってもらえます?」
「いや、本当にそう書いてあるんだって!」
私はあわてて次の一文を声に出して読んだ。
「『これは彼女にしか託せない。彼女でなければきっと耐えられない』……だめだな、これ以上はほとんど読み取れない」
「ですが、収穫はありましたね」
先ほどまで眠そうにしていたシャリスが、真剣な声で言った。
「陛下は失踪する直前にアビゲイルさんと接触し、何かを託したということですね」
「『やつ』もそれに気づいた。だから始末したい、ということか。確証があるわけではないが、このままではアビゲイルくんが危険だ。彼女は恐らく陛下の行方を知っているのだろう」
「アビゲイルさんは殺しても死なない気がしますけどね」
「馬鹿を言うな」
「割と本気ですよ」
シャリスの声はなぜか楽しそうだった。
「俺は標的の周辺を探ります。陛下の誘拐に関係する証拠をつかめるかもしれません」
「何を言い出すんだ、きみはアビゲイルくんを守るために魔術師の墓場に向かうべきだ。彼女を失うわけにはいかないんだぞ!」
「大丈夫、彼女は死にませんから」
「何を根拠に!? 十八歳の少女だぞ? 普通に死ぬよ?」
シャリスはきょとんとした目で、不思議そうに私を見た。
「え、あの人のこと、ただの十八歳の少女だと思ってるんですか?」
「きみこそ、アビゲイルくんのことをアンデッドか何かだと勘違いしているだろう」
「は? そんなわけないでしょ。前から思ってましたけど、ヘリオス様って変な人ですね」
「アハハ、こいつ~!」
私は必死に怒りを抑えながら、頬を引きつらせて笑った。
こいつ、私が上司じゃなかったらクビだぞ。
「はあ、わかった、きみはアビゲイルくんを信頼しているんだな?」
「はい。彼女は俺に好奇心と強い殺意を向けてきた人です。簡単にくたばるような人じゃないですよ」
「ほう」
シャリスの評価を聞いた私は、アビゲイルくんに興味を持ち始めていた。
十二神最強に対して喧嘩を売れる人間は、そうはいない。彼女の強気な態度は、勝算があってのことだろうか。
なるほど、シャリスが気に入るはずだ。
「わかった。ではシャリス、何か証拠をつかんでこい」
「了解しました。じゃあ、行ってきまーす」
シャリスは立ち上がると、散歩にでも行くような気軽さで部屋を出た。
私は窓の向こうに見える宮殿を眺めながら、手を組んで祈りを捧げた。
「待っていてください、陛下。必ずあなたを救い出してみせます。それまで、どうかご無事で……」
私の祈りをさえぎるように、扉をノックする音が響いた。
「入りたまえ」
「失礼します」
断りを入れて扉を開いたのは、私の部下の神官だ。
彼はティーセットを乗せた可動式のワゴンを押して、部屋に入ってきた。
「ヘリオス様、今日のおやつはチーズケーキですよ」
「やったー! 私は今日のおやつを楽しみに生きているからね! さあ、食べよう!」
私は祈りのことも忘れて、本日のおやつに飛びついた。
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