1話 アビゲイル抹殺の協力者
私は、とある人物の部屋の前に立っていた。同僚であり、先輩神官長であるアリーズ殿の部屋だ。
扉をノックすると、中からアリーズ殿が顔を出して、部屋の中へ招いてくれた。
「待っていたよ、グロウス殿。さあ、こちらへ」
「夜分遅くに申し訳ありません、アリーズ殿」
アリーズ殿にうながされて、私はソファーに腰を下ろした。
彼のもとへと訪れたのは、アビーをどうにかして抹殺するためだ。
同じようにアビーを敵視しているアリーズ殿なら力を貸してくれる。そう思い、私はこれまでの経緯を説明した。
「ふむ、方法はわからないが、送りこんだ四人の十二神たちがアビゲイルに捕らえられたと……逃げ帰ってきた彼らの部下がそう報告したのか」
「その通りでございます。ラヴァに関しては、まだよくわかっておりませんが……」
「捕らえられた可能性が高い、と?」
向かいのソファーに座っているアリーズ殿の目が、ギラッと輝いたように見えて、私は思わず息をのんだ。
「は、はい。魔力で劣っているはずのアビーが、どのようにして十二神を捕らえたのかわかりませんが、悪知恵を働かせて汚い手を使ったに違いありません!」
「それで、要件はつまり、アビー抹殺に協力してほしいということかな?」
「ええ、ぜひ、アリーズ殿の知恵を貸していただきたいのです!」
アリーズ殿は顎をさすりながら、しばらく黙考していた。さすがに次期総神官長候補と言われるだけの貫禄がある。
噂では、裏社会の人間とつながっていて、どのような手段を使ってでも敵を排除するという恐ろしい男だそうだ。
もっとも敵に回したくない相手だが、同じ敵を共有した場合は、これ以上頼もしい存在はいない。
考えがまとまったのか、アリーズ殿が口を開いた。
「私は元々アビゲイルを排除すべきと考えていたからな。その申し出はこちらとしても好都合。実はすでに手は打ってあるのだよ」
「さ、さすがです、アリーズ殿!」
「ええ、すべて私に任せていただきたい」
アリーズ殿がにっこりと微笑んだ。顔のしわが深い影を刻んでいて、ちょっと不気味だ。
「ところでグロウス殿、ここだけの話ですが……」
「はい?」
「陛下が行方不明になっていることは、ご存知ですかな」
「は!? 陛下が行方不明!?」
「声が大きい」
「も、申し訳ありません!」
陛下が行方不明になっているなど寝耳に水である。たしかに、近頃宮殿でお見かけしないとは思っていた。
「陛下が宮殿を抜け出した、ということですか?」
「いや、誘拐されたのではないかという話だ」
「誘拐!?」
「しかも、誘拐犯はあなたではないかと、総神官長は疑っているようだ」
「なっ!? 違う、私ではありません!」
アリーズ殿は見定めるように私の反応を見ていた。
この私が疑われている!? 私は恐怖で頭の中が真っ白になってしまった。
「ちが、アリーズ殿、信じてください! このグロウス、誓って陛下を誘拐などしておりません!」
「私もそう信じたい。いいかなグロウス殿、このままでは、あなたは神官長の立場どころか、命が危ういかもしれない。なんせ陛下の誘拐を疑われているのだから」
「そ、そんなぁ! 私はどうすれば……」
「私に全面的に協力するならば、助けてあげよう」
「本当ですか!? 協力とは、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
私はすがるような気持ちで、アリーズ殿を見つめた。
「ふん、簡単なことだ」
アリーズ殿の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
さっきまでと雰囲気が違う。完全に私を見下した顔だ。
戦慄が私の全身を走った。
「グロウス殿の権限を使用して、魔道具をとってきてほしい。アビゲイルをこの世から排除するためにな」
「ま、魔道具?」
「お前には、それしか使い道がないということだ」
「だ、誰だ!?」
突然話に割って入った第三者の声に、私は跳ねるように立ち上がった。
声のした方向に視線を向けると、薄暗い部屋の隅から人影が近づいてきた。
年は二十歳くらいだろうか。眼鏡をかけた、端正な顔立ちの青年である。
名家の魔術師だろうか? 見覚えはないが……。
「ああ、紹介が遅れたな」
アリーズ殿が立ち上がる。
「彼は我が同志、シニストラ。リヴァイアサンを倒したと聞けば、彼の実力がおわかりいただけるだろう」
「なんと! 最強の海の魔物と言われるあのリヴァイアサンを!?」
「ええ。彼はアビゲイル抹殺の協力者だ」
「なんと心強い!」
勝った! 私は思わず拳を強くにぎっていた。
リヴァイアサンを倒せるような魔術師は、十二神でもほとんどいない。
勝利を確信したその時、シニストラ殿がかすかに笑いながら言った。
「ではグロウス殿、早速協力してもらおうか。宮殿内の保管庫から、願いの薬壺を持ってきていただきたい」
「願いの薬壺だと!? 不可能だ! 願いの薬壺は陛下の許可がなければ持ち出すことはできない!」
バシンと何かが弾けるような音が響き、私は驚いて床に尻餅をついた。
恐る恐るシニストラ殿を見上げると、その手には黒い鞭がにぎられていた。
「できる、できないの話ではない。僕がやれと言ったらやれ」
「ひっ!?」
彼に冷たく見下ろされた瞬間、私は激しい恐怖に襲われて、全身に鳥肌が立った。
逆らってはいけない。本能がそう警告している。
アリーズ殿は私のことなど目もくれず、シニストラ殿と話し始めた。
「油断するなよ、シニストラ。アビゲイルは何らかの方法で十二神を捕らえている」
「ふん、送りこんだ十二神は魔力に頼ってばかりのカスどもじゃないか。王の守護者が聞いてあきれるよ。そいつらを捕まえたって大した戦力にもならないだろ? アビゲイルもただのカス魔術師だ」
彼らを従えていた自分まで否定された気分になり、かっと顔が熱くなる。
大声で抗議したかったが、身がすくんで床から立ち上がることすらできない。
アリーズ殿はわずかに肩をすくめて言った。
「まあ、そう言うな、退屈しのぎにはなるだろう。遊び終わったら殺せばいい」
「そうだな、ちょうど魔術師の実験体が欲しかったんだ。無能で役立たずのカスでも有効活用してやらないとな」
シニストラ殿の悪魔のような高笑いが響く。私はひたすら震えることしかできなかった。
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