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ライナルト王の行動は素早く、かつ強引で、バーブルとエレナの縁談は、肝心の当事者二人を棚に上げてとんとん拍子に進み、気が付けば結婚式を迎えるに至っていた。
結婚式は、辛うじてバーブル達の主張が通って、王都ではなくサルード城で開かれる事になっている。
時にシュメリア大陸暦一〇〇二年八月一日である。
国王ライナルト三世が派遣した勅使や、有力貴族が一堂に会する盛大な式典を経て、バーブルとエレナの二人は正式に夫婦となった。半ば以上、流れに任せる形ではあったが、当人達も心の中で望んでいた事であり、二人の顔の上では満面の幸せが花を咲かせていた。
純白のドレスに身を包んだ花嫁に、これまたピリッと引き締まった婚礼衣装に身を包んだ花婿が歩み寄る。牧師の合図に従い、二人の唇が一つに重なった。拍手が鳴り響き、歓声がその後に続く。先導したのは、招待客の最前列に陣取っているザール・ザルであった。しかし招待客の中に、二人にとって最も近しい親族の姿はない。そもそもこの式典は、特に新郎新婦が強く求めない限りは、騎士以上の地位を持つ者に参加資格が限られていたので、既に騎士の身分を失っていたハルンや、その妻たるアンナは近づく事も出来なかったのだ。
しかしザルは、後になって、ハルンやアンナと思しき人影を見たと言った。
「いや、ありゃ間違いない。御舎弟殿達ですよ。ただ随分とみすぼらしくて、最初は乞食か何かと思ったんですがね。それで何者かと問うてみたら、俺は新郎の弟だとか、新婦の姉だなどと言い出したんです」
「ほォ。あいつらが今更俺達の結婚式に何の用かな。参加したかったのだとしたら、少し悪い事をしたかもしれん。あれで、一応は血の通った弟だしな」
バーブルは困ったように苦笑している。
「ハハハ。あの格好で参列させるのはやめた方がいい。俺もそう思って、摘まみ出したんですよ。そうしたら、あいつら、何て言ったと思います」
「なんだ?」
「せめて食事だけでも、何て言いだすんですよ」
「腹が減ってたんだな」
どこまでも他人事なバーブルであった。
「ええ、だから残飯をくれてやったら、嬉しそうに立ち去っていきましたよ」
「……それは、誠に弟やアンナだったのか? ただの乞食だったのではないか?」
「ハハ、そうかもしれませんな」
カラカラ笑うザルに、釣られたようにバーブルも笑い出した。
ザルの言う乞食達が、真にハルンやアンナであろうと、あるいはそうでなかろうと、バーブルにとっては知った事ではなかった。既に彼らとは縁が切れている。
無縁となったかつての親族の事より、今はエレナとの新生活の方が大事だった。
しかし、それもいつまで続く事か。
しばらくしたら、彼は再び旅立たねばならないのだ。
因縁の地、エルミラに。
数日を経て、その日を迎えた。
見送りにやってきたエレナに対し、馬上のバーブルは、悠然と言った。
「行ってくる」
エレナは努めて淡々と答えた。
「待ってます」
不思議と、心配はなかった。
トラウマが蘇る事もなかった。
彼女に対する信頼が、かつて自分を裏切った女よりも遥かに厚かったという事もある。また、彼自身があの時よりも精神的に成長したという事もあった。
「ザル。……行くとするか。始まりの地に」
バーブルがそんな事を言うと、
「御意」
ザルはいつもと変わらぬ調子で答えた。
バーブルに従う兵は、二千。
彼らは一路、エルミラに向かう。
彼らにとっての始まりの地に。
新たな人生を始める為に。




