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 六月二十四日。

 城門が開き、勝ち誇った顔を引っ提げた軍隊が粛々と入城していく。

 全軍の先頭に立つライナルト王子の後ろに、バーブル・フェルト、シェルード宰相ら主だった武将が従い、更に六万の将兵が続く。王都エンリルの市民達は、彼らを拍手喝采、感謝の嵐をもって迎えた。わずか一ヶ月とはいえ、アンリ王子が振りまいた暴政の数々は、彼らの心の上でライナルト軍を解放者と位置付けさせるに十分だったのだ。

 ライナルト王子、即ちライナルト・シエル・サンジュストは、弱冠十歳の少年らしいあどけなさをわざとらしく振りまきながら、市民達の人気を根こそぎ掻っ攫っていた。ともすれば、此度の快挙の真の功労者たるバーブル・フェルト将軍すら凌駕する勢いだが、さすがに市民達も、ライナルト軍の実態がバーブル軍である事ぐらいは承知しており、ライナルトに次いで関心を集めている存在ではあった。

 ライナルトとバーブルに比べると、他の面子はいささか存在感が落ちるというか、どうして脇役に位置づけられる事は避けられず、主役二人の引き立て役にならざるを得なかった。たいていの者は、それに納得していたが、シェルード宰相だけはそうもいかないようで、自分を差し置いて脚光を浴び続けるバーブルに対して嫉妬や不満にも似た複雑な感情を向けていた。

 とはいえ、バーブルの功績は比類ない。

 彼の挙兵が無ければ、僅か一ヶ月足らずでアンリ王子から政権を奪還する事は出来なかったはずである。それどころか、政権を得たアンリによってライナルトごと滅ぼされていた事だろう。そう考えると、彼こそは、国家の功労者であるだけでなく、シェルード宰相以下ライナルト派にとっての大恩人と言ってもよいのだ。

 とはいえ、シェルード宰相ら他の面々が気が気ではないのは、大衆の評価や支持は、今後行われる論功行賞にも少なからず影響を及ぼすはずだからだった。バーブルは最大の殊勲者として莫大な恩賞を賜るに違いないが、彼の功績に報いるに、領地の倍増ぐらいでは不足だろう。だからとて、更に多くの領地を与えれば、彼以外の者に与える領地が無くなる、ライナルト王子の権力基盤たりうる王家直轄領に手を付けるのは愚の骨頂。

 であれば、地位をもって不足を補うしかないが、既に男爵であり、高位の将軍に列する彼を遇するには、宰相ぐらいが適役ではないかというのが衆目の一致するところだった。しかしそれでは、現職の宰相たるシェルードは困る。シェルードを宰相より格上の太傅(王の相談役)として遇するという案もあるが、太傅は格式こそ高くとも実態を伴わぬ露骨な名誉職であって、シェルードにとっては許容し難いものだった。

 肝心のバーブルは、

「領地も役職も要りません。ただ、サルードに帰還させていただければ」

 などと殊勝な事を言っていたが、誰も額面通り受け止めてはいない。

 謙虚なところを見せて、衆目の関心を買おうとしているに違いない、という穿った見方が大勢を占めていた。しかし、バーブルは割と本気でそう考えていて、ライナルトには事あるごとに伝えていたのだが、さすがのライナルトも真に受ける事が出来ず、判断に困って保留にしていたのである。

 王都に入城し、王宮に向かう途上、

 バーブルは改めて、恩賞辞退の意向をライナルトに伝えた。

「フェルト卿の力と手腕は今後ますます必要になる。辺境に置いておくなど勿体ない」

 年若い王子の答えは、至極尤もなものであった。

「いえ、私のような者は辺境にいてこそ輝くのですよ。それに、私が御側にあっては、殿下にとっても何かとやりにくいでしょう」

 然るに英雄は頑なである。引き籠りがすっかり板についた彼は、一ヶ月土地を離れただけで、既にホームシックに陥ってしまっているようだった。

「そんなに国に帰りたいのか?」

 呆れ顔で問うライナルトに、

「ええ」

 バーブルの答えには寸分の迷いも躊躇いもなかった。



 翌日。

 王宮の大広間では、当日付で新たにサクラカンド王に即位した“ライナルト三世”の名において、一連の戦役に対する論功行賞が行われていた。

 バーブル軍に参じて功績を挙げた諸将や、アンリ政権に抵抗し続けた文官らに次々と恩賞が授けられていく。行われたのは恩典の授与に限らず、逆にアンリ派に加担したとして罰せられた者も少なくない。例えば、アンリ王子を寵愛し、彼の権力独占を許したオスカル王は、王位を剥奪されただけでなく、長年に渡る無気力な治世を公然と弾劾されて、立場と尊厳を完全に失ってしまった。また、生粋のアンリ派と目されながら、土壇場でアンリを裏切って彼を殺したハルン・フェルトは、その功を賞されるどころか、ライナルト王の逆鱗に触れ、処刑こそ免れたものの、騎士の称号を剥奪され、私財も没収されたうえで王都から追放されるという憂き目を見た。殺されなかったのは、英雄バーブルの弟であったからだと言うのが専らの評である。

 それはともかく、次々と式典が執り行われていく中、最大の注目を集めているバーブルの名はなかなか上がらなかった。彼に次いで去就に注目が集まっていたシェルードは宰相の座を維持したうえで太傅も兼ねる事になり、名誉と実権の双方を得た事に大いに満足している様子だった。それだけにバーブルにも注目が集まったのだが、ライナルト王の甲高い声が彼の頭上に降り注いだのは、最後の最後になってからのことだった。

「余、ライナルト三世は、サルード男爵バーブル・フェルトを、新たにサルード侯爵に叙し、また五つの城市と百の町と村を加増する。侯爵たっての希望ゆえ、王都に常に参じる必要はなく、国家の枢機に参与せずともよいが、代わりにエルミラの代理総督に任ず。ハスラード軍に不穏な動きありとの風聞があるゆえ、侯爵は勝手知ったるエルミラにてかの国と相対し、侵攻があれば全力で防ぐのだ」

「……はっ!」

 頷き、ひれ伏すバーブルの表情が微妙に歪んでいる。

 やってくれたな、と言わんばかりの顔を平伏の下に隠した彼は、頭を上げる頃には平然を回復していたが、内心は複雑を極めていた。

 王都に常駐せず、王国の枢機に参与しなくても良い事は、彼にとって重畳だった。男爵から侯爵に挙げられ、加増を受けた事もまずまずの成果である。だが、エルミラの代理総督に任じられ、ハスラード王国との戦いに駆り出される事は、全く想定外であったし、ウンザリという他はなかった。

「以上は王命である。忠良なるわが英雄は、必ずや使命を全うしてくれるだろう。ああ、案ずる事はない。資金、物資の一切はわが政府が負担する。サルード侯爵がエルミラ警備に自費を投じる必要は一切ない」

 そう言う事ではない、とバーブルは声を荒げたかった。

 自分は引き籠りたいのだ。

 誰が悲しくて、あの危険なエルミラに帰って、恐るべきハスラードとの戦いに興じたいと思うのか。ザール・ザルならば確かに喜ぶかもしれないが……と彼は心の中で思った。

 論功行賞は恙無く終わり、

 文武百官はぞろぞろと部屋の外に出ていった。

 その様を、じっと玉座から見下ろしていたライナルト王は、半ば放心状態でいるバーブルに向かって、おもむろにこんな事を言った。

「サルード侯は、まだ結婚していないと聞いたが」

「……は?」

「しかし、想い人はいるとも聞いた」

「はぁ?」

 困惑しているバーブルを愉快そうに見つめている彼は、見た目も相まって、王と言うより悪戯小僧にしか見えなかった。

「しからば、余が間を取り持とう。此度の戦功に対する、せめてもの礼だ」

「と、取り持つ?」

「ああ、エレナとか言ったか。その女と結婚したいのであろう?」

 何の遠慮もなく、人のプライベートにずかずかと踏み込んでいく様は、いかにも王様らしいし、あるいは傍若無人な少年らしい。

「……ま、まあ。されど、陛下にご心配頂く必要はありません。これは私の問題。私の力でカタをつけますので」

「ほォ。さすがは英雄だ。国を一度ならず二度も救った男にとって、女を得るなど造作もないという事か」

「い、いや、そういうわけでは」

 泣く子も黙る英雄がしどろもどろになっている姿というのは、めったに見れるものではないだけに、なかなか面白い。ライナルトはそんな彼を見て、らしくもなく年相応にはしゃいでいた。しかし、年相応にはしゃぐ、子供らしい王こそ、滅多に見られぬ珍物と言うべきであった。聡明過ぎるがゆえに誰よりも大人びていて、また環境が子供でいる事を許してくれない彼は、子供らしさをどこかに置き忘れてしまったようなところがあって、周りの人間は密かに心配したりもしていたのだ。

 ライナルト王の無邪気さに、すっかり毒気を抜かれてしまったバーブルは、おちょくられた事に対して文句も言えず、ただ乾いた愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった。





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