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 六月二十一日。

 進軍を再開したライナルト軍が王都エンリルの近郊に迫る。

 既に王都からは脱走兵が相次ぎ、あるいは城攻めに至った場合の内通を約束する者が引きも切らなかった。聞けば、アンリ王子はライナルト軍の急接近をようやく知って、慌てふためく余り、手当たり次第に八つ当たりを始めているのだと言う。アンリ王子の周辺にいる者は次々と殺され、もはや誰も彼の間近に近づこうとはしない。文字通り裸の王様となり果てた彼は、遂にトチ狂って、自ら兵を率いて城内より打って出、ライナルト軍を野戦にて打ち砕くと豪語しているという事だった。

「やれるものならやってみるがいい」

 それと知ったシェルード宰相は高笑いしている。

「城内の兵は、内通者からの情報によると、もはや五千を割り込んでいる。一方、わが軍はさらに増して、今や七万に迫る勢いだ。野戦を挑んでくれるというなら、いっそ重畳だ。そこで返り討ちに出来れば、エンリルを傷つける事無く奪還できる」

 宰相やその側近たる諸将がケラケラ笑う中、改めて全軍の大将軍に指名されていたバーブル・フェルトは無言を貫いていた。状況を悲観的に考えているわけではなく、他に考える事があって、彼らの会話に入り込む気がなかっただけの事である。

「フェルト将軍はどう思う。アンリ王子は、本当に出てくると思うか?」

 宰相に問われて、バーブルはようやく我に返った。

「ああ、それはないでしょう。というか、誰も従いませんよ」

「ハハハ、それもそうだ」

「但し、警戒はするに越した事はありません。窮鼠猫を噛むという言葉もあります」

「なるほど。しかし、フェルト将軍は心配性だな」

「それだけが取り柄ですので」

 バーブルとて本気でアンリ王子側に一矢報いられるとは思っていない。窮鼠猫を噛むにしても、最低限の力ぐらいは残っていなければ、猫に近づく事すらできないだろう。今やアンリ王子にはその最低限の力すら残ってはいない。城内には未だ数千の兵が残っていると言っても、まさしく残っているだけだ。いざという時に役に立つ兵は、その十分の一以下だろう。

「それと、総攻撃はなるべく控えるべきです。王都を傷つけては元も子もありません」

「うむ。それはそうだ」

 首肯してから、宰相は“玉座”に腰を据えている少年に視線を向けた。

 その少年、ライナルト王子は静かに頷き、おもむろに口を開いた。

「フェルト将軍の言やよしである。確かにエンリル総攻撃は慎まねばならぬ。あれは余が治めるべき城市であるし、我が国の要ともいうべき都である。ハスラードを含め、隣国が虎視眈々と我が国を狙っている中で、自らこれに傷をつけるなど愚の骨頂だ。よって我らの基本的な方策は、和をもって貴しとなすで行く。降伏を勧告し、叔父が応じればそれでよし。応じねば、叔父の取巻きに投降を求める。民衆にも呼びかければ、じきに都はわが手に落ちるだろう」

 相変わらず子供らしからぬ迫力満載の王子であった。

 そんな王子を諸将は頼もしげに見つめている。

 この御方であれば、多事多難のサクラカンド王国も無事に治めていくだろう。かつてこの国を興した偉大なる初代王と同じ名を持つ事実は、単なる偶然かもしれないが、吉兆の如く思われたという事もある。



 早速、城内に使者が送り込まれ、降伏の勧告が行われた。

 結果は拒絶。

 使者は首と下が分かれた状態で帰ってきた。

 翌日、ライナルト軍が王都の包囲を完了すると、状況は変わった。絶望的光景を目の当たりにした城兵の多くが、投降に傾き、それはアンリ王子の身辺に侍る側近達にまで及び始めたからである。

「フン、敵が十万の大軍であろうと、エンリルの城壁を落とす事はできん。いずれ奴らも兵糧切れに陥って撤退するさ。かつてエルミラでハスラード軍が陥ったようにな。フフ、かつてエルミラでハスラード軍を撃退したバーブルは英雄と呼ばれた。今度は余が英雄と呼ばれる番なのだ」

 などと言って、アンリは一人孤独に強がっていたが、周りはそんな空元気に付き合っている暇はなかった。いかにエンリルの城壁が堅牢を誇ろうと、内部が腐り切っていてはどうしようもない。いつ何時、城兵が裏切って城門が開くか分からないのだ。

 最悪の事態に陥ってしまう前に包囲軍にコンタクトして、投降を約定しなければならない。全てが終わった後に降伏しても厳罰は免れないが、そうなる前に投降しておけば多少は罪を免じられるだろうし、あるいはある程度の地位も維持できるかもしれないのだ。

 皆が皆、こんな風に考えている以上、エンリルの陥落は時間の問題であったと言っていい。

 それと知らぬは、アンリ王子ただ一人……。

 そして包囲完了の翌日の事だった。

 即ち六月二十三日。

 アンリ王子は側近によって殺された。

 半ば以上予期された事であり、驚きの代わりに納得が広がっていく。

 ただ人々が関心を向けたのは、誰が殺したのかという事で、

 その正体が判明すると、少なからぬ人々を驚かせた。

 下手人の名はハルンと言い、情事の最中にアンリ王子を絞め殺したのだという。


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