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 サクラカンド王国を治めるオスカル四世は老齢である。

 このところは体調も芳しくなく、いつ万が一の事態が生じてもおかしくない状況にあった。こうなると、シェルード宰相ら朝廷にとって気になるのは、次の王が誰になるのかという事だった。

 次の王は明確ではない。

 先年までは第一王子のシャルルが王太子の地位にあり、衆目一致する最有力の次期国王候補であったが、彼は二年前に病没していた。そこで歳の離れた第二王子のアンリと、第三王子のフィリップが候補として挙がっているのだが、アンリ王子は母の身分が低く、フィリップは母の身分こそ高くとも第三王子に過ぎないという点で、それぞれに決め手が欠けていた。

 また彼らとは別に、今は亡きシャルル王太子には息子としてライナルト王子が存在し、王統の正嫡は彼の方であるという点が問題をややこしくした。とはいえライナルト王子は未だ十歳で、母の身分も低いうえに、そもそも駆け落ち同然で結婚した事から、オスカル王からは孫として認められていないという有様だった。ただ溺愛していたシャルル王太子の実子ゆえに辛うじて王子の称号は与えられていたが、それだけの事だった。王に忖度した廷臣達も王子を敬遠しており、ライナルト王子を支持する層は生前のシャルル王太子に縁のあった貴族か、あるいは騎士階級を中心とする下級貴族に限られていた。

 アンリ王子もフィリップ王子もライナルト王子も、それぞれが王位を主張するに足る正統性を持つ一方で、強引に事を進めるだけの実力を欠き、三すくみの状態が続いていた。だが、この状態が続く事は、王国の安定を至上命題とするシェルード宰相にとって由々しき問題だった。万が一の事が起きた時に王国が分裂しかねないし、それ以前に既に廷臣達は三王子の派閥に分かれ、朝廷を舞台に政争に明け暮れている有様なのだ。

 本来であれば、こういった問題はオスカル王の直裁を仰いだ方が良い。王の意向であれば、誰も従わざるを得ないからである。王が指名した者以外を支持していた者達も文字通りぐうの音も出ないだろう。

 しかし今のオスカル王にそれを求めるのは酷だった。

 体調が悪化しているわけではない。

 最近のオスカル王は、益々政治や現実から目を背けるようになり、日夜後宮に入り浸って酒と女に明け暮れる退廃的な生活を送るようになっている。そんな自堕落な生活が、年齢と相まって体調不良の原因ではないかとも思うのだが、それはともかく、厄介な後継者問題という難題を今のオスカル王の下に持ち込んでも困惑するだけだろうし、困惑するだけならばまだしも、激怒して、トバッチリが自分達に降り注ぐ恐れすらあった。また何よりも今のオスカル王に決断させ、自分達が意図しない候補を支持された場合、問題がややこしくなりかねないという危機感もあった。

 シェルード宰相ら政府メンバーは、廷臣達が水面下で繰り広げている王位継承争いを苦々しく思う一方で、彼らもまた多分に漏れず継承争いのプレイヤーなのだ。

 そんな宰相らが密かに支持しているのは、ライナルト王子だった。シャルル王太子の忘れ形見である彼こそが王家の正統であるというのは表向きのお題目に過ぎない。実際は、年少のライナルトであれば他の王子達に比して操りやすいというのが本音だった。またライナルトは独自の勢力が乏しい為、その意味でも傀儡にしやすいだろう。



「もし閣下が、ライナルト殿下を次の王になさりたいのであれば、鍵となるのはやはりあの男かと」

 そう言ったのは、紅の騎士団を率いるルイス・ペロー団長であった。

「あの男というと、例の英雄殿か」

 宰相が問うと、団長は「御意」と答えた。

「今や奴は……、いえフェルト卿はサルードの地を見事に治め、僅か一年に満たぬ間に小藩ながら新興の雄藩と評されるに至りました。エルミラの英雄としての雷名も未だ天下に轟き、とりわけ騎士曹や庶民達からの支持は絶大です」

「しかし、奴は大貴族との折り合いが悪かろう。サルードの統治でも、周辺の領主とはいざこざが絶えぬと聞く」

「確かに。ただそれは、周辺領主の僻みというか、己の悪政を棚に上げて、フェルト卿の善政のせいで領民が逃げてしまったとか、そういうたぐいの話です。何にせよ、ライナルト殿下はどうしても大貴族達の支持は薄い。ならいっそ、彼らの支持など切り捨て、岩盤支持層たる騎士や庶民の支持を固めに行った方がよいでしょう。その為には、彼らから熱烈な支持を受けているフェルト卿を取り込む事が肝要かと」

 ペロー団長には、かつての部下に対する嫉妬のような負の感情は無いようだった。かつてエスティリアの戦いに参加しておきながら、王と共に戦場から逃げた自分と異なり、最後まで戦場に留まり、遂にはエルミラに籠って一年に渡って守り通して国難を救ったバーブルを見直したからかもしれず、あるいは単に英雄に成り上がったバーブルには遠く及ばぬという諦めが先行しているのかもしれなかった。

「なるほど。しかしフェルト卿はこの一年、王都にも来ず、領地に引き籠っておる。今更王都の揉め事に関わろうとするものかな」

「確かに。されど、地方領主は年始の挨拶として王宮に参内せねばなりませぬ。然るにフェルト卿は体調不良を理由に不参加でした。その代わりとして王都に参るよう命じれば、否とは言えないでしょう」

「フム」

 宰相の眼光が鈍く輝く。

 不貞腐れたように引き籠りを続けるバーブル・フェルトの事は、王位継承の問題とは別に、シェルード宰相の悩みの種であったのだ。いかに英雄とはいえ、彼の我儘を野放しにしておけば、他の領主達に示しがつかないからである。だが、逆に言えばそんな彼だからこそ、自分の命令で王都に参じたとなれば、その宣伝効果は大きい。王命ですら動かぬほど腰の重い英雄を動かしたとなれば、誰も彼も宰相たる自身の実力を見直すはずである。また自分がバーブルを取り込んだ事実を大々的に示す事も出来、騎士階級や庶民の支持を一挙に搔き集める事も出来る。

 それらを勘案すると、なかなかに悪くない策だった。

 問題は、自分の命令であのバーブルが本当に動いてくれるのかという事だった。

 命じたはいいが、無視されたのでは、いい面の皮である。

「彼が領地に引き籠ったのは、直接的には彼の婚約者を陛下が奪ったからです。正確には、彼の弟が寝取ってしまったわけですが、陛下は追認されてしまいました。これでは、フェルト卿から見れば、陛下の為に命懸けで戦っている間に陛下に裏切られたも同然であり、面白いはずがない」

「確かにそうだな」

「で、ここが肝心ですが、ハルン殿が結婚する事実を、陛下に取り次いだのは、アンリ殿下なのです」

「ほォ」

 かつて王に近侍していたハルンを、アンリ王子がとかくご執心であったという事は、宰相たるシェルードも承知していた。男色を好まぬハルンは二人からの好意に耐えられなくなって逃げ出してしまったが、王は未練タラタラで、しばらくはいかにハルンを呼び戻すか、そればかり考えていたが、実行に移さなかったのはアンリの存在を意識したからであった。即ちハルンを呼び戻したところで、アンリに“寝取られて”しまうのであれば、いっそ呼び戻さぬ方がマシと考えたわけである。

 だが、アンリが“恋人”としてハルンを求めていたとしたら、ハルンが結婚すると聞けば、むしろ怒るのではないだろうか。王に取り次いで祝福するような真似をするとも思えない。心底不思議そうに首を傾げているシェルードに、ペローは淡々と答えた。

「どうも、ハルン殿はアンリ殿下に身を差し出したようです。その後もちょくちょく、殿下の屋敷を出入りしているのが目撃されていますので、恐らく定期的に肉体関係を持つ代わりに、王への取次と、結婚自体を認めさせたのではないかと」

「……なるほど」

 倒錯した性的趣向の持ち主たるアンリらしいと、シェルードは思った。

「何にしても、今のハルン殿はアンリ殿下の寵臣です。殿下の庇護下で商売に精を出して、かなり羽振りも良くなっているようです。よって王位継承争いでは当然ながらアンリ派に属します。フェルト卿にとっては憎い仇ともいうべき二人が手を組んで次期王の座を狙うとなれば、彼も座して事態を静観しているわけにはいかないでしょう。フィリップ殿下に加勢するという手もなくはありませんが、フィリップ殿下の手が彼の下に伸びてしまう前に、こちらから先に手を出して、フェルト卿を取り込んでしまうのです」

 ペローは捲し立てるように言い終えると、シェルードは僅かな苦笑を間に挟んでから、意を決したように腰かけていた椅子から立ち上がった。

「よろしい。では団長。お主がサルードに赴き、フェルト卿を説得せよ」

 宰相たるシェルード公の命令に、

「御意」

 紅の騎士団団長たるルイス・ペロー男爵は大仰に頷いてみせた。


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