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 ハルンが言わんとしている事を、この場にいる人間――バーブルとアンナーーは薄々察していた。というよりこの期に及んで彼が紹介しようとする女など、一人ぐらいしか心当たりがなかったという事もある。

「アンナの妹のエレナの事は、兄者も知っているだろう。幼い頃は、四人でよく遊んだものだ。そのエレナが空いている。どうだ、エレナを正妻として迎えると言うのは。アンナにも勝るとも劣らぬ美貌の持ち主なのは、兄者も知っているだろう」

 アンナにも勝るとも劣らぬ……とハルンが口にした時、傍らに控えていたアンナの表情がいささか翳った。“悪魔憑き”と揶揄され、ひたすら家の奥深くに引き籠っている妹に対して、彼女はいろいろと思うところがあるようだった。

 だがこの提案に、表情が翳る以上の反応を示したのは、当然ながらバーブルの方であった。言うに事欠いて、アンナを奪った代わりに妹を与えると言い放つハルンの厚顔無恥さに彼は当然に激怒した。しかし、それは爆発の寸前で呆れに変化していった。彼は本質的に激昂するという事に馴れておらず、感情が昂り過ぎると途端に理性が抑えにかかって、必要以上に醒めてしまうという事が多々あったのだ。

「どうだ、悪い話ではないだろう。エレナと兄者が結ばれれば、我ら兄弟の仲はまさしく盤石になる。しかし、関係はいささか複雑になるかな。兄者は俺から見ると兄だが、妻の妹の夫という観点で見れば義弟という事になる。ハハハ、こりゃ面白い。兄者よ。時には俺の事を義兄上と呼んでくれよ」

 笑いのツボに入ったように、ケラケラと笑っているハルンに、バーブルは汚物でも見るような心底見下した視線を向けた。

 改めて思い返してみると、かつての自分もこの男と同じような事をしようとしていた事に気づく。ハルンと違って心から良かれと思っての事だったが、当人達の意思とは無関係にエレナとハルンの二人を結び付けようと考えていたわけで、大なり小なり自分もハルンと同じ穴の狢なのではないか、と思うのである。

 ともあれ、この話に深入りする気にもなれなかったバーブルは、フンと鼻を鳴らし、何度も深呼吸して気を落ち着けつつ、

「そうか。有難い話として心に留めておくよ。ただ俺の一存でどうこう出来る事でもないさ。エレナがどう思うかが重要だからな。それはそれとして、この一年、アンナの事を守って(・・・)くれて、どうもありがとう」

 皮肉めいた言葉を吐くに留めておいた。

 しかしハルンは気にした素振りも見せず、

「ああ、簡単ではなかったよ。兄者も一年ぶりにアンナと再会したわけだし、積もる話もあるだろう。少し話をしていくといい。俺は所用で出かけてくるから、その間だけだがな」

 鷹揚を気取る様にそんな事を言って、有言実行とばかり逃げるようにこの場から去っていった。



 残された二人の男女。

 バーブルと、アンナ。

 かつての婚約者同士だが、

 今は義理の兄妹という事になっている。

 正確には二人きりではない。彼女の腕の中には、彼とは違う男の子供が抱かれている。それもあってか、虫唾が走るような、張り詰めた空気が部屋中を満たしていた。

「アンナ。子供が出来たのか」

 しばらくの沈黙の果てに出てきた言葉がその程度である事に、バーブルは軽い自己嫌悪を覚えた。

「ええ」

 アンナの答えも当然に歯切れが悪い。

「あいつが好きなのか?」

 我ながら愚問だなとバーブルは思う。

「ええ」

 アンナの答えには迷いがなかった。

 一年.たった一年。

 されど一年。

 それは百年の恋が醒めるには十分な時間であったのかもしれない。

 そして新たな恋が芽生えるにも十分すぎる時間だったのだろう。

「貴方は死んだと思ってたから」

 申し訳程度に、アンナは言う。

「……そうか。俺は死んだか。確かにそういう事になってたみたいだが」

 だとしても、たった一年ぐらいは待ってくれなかったのか。待たせた男が言うべき事ではないかもしれないが、少なくとも自分はずっとアンナの事を考えていたわけで、だったら彼女も……と思うのは、男のエゴだろうか。

「まあいいさ。一つだけ聞かせてほしい事がある」

 意を決したように、バーブルは問うた。

 アンナは小さく頷く。

「これからあいつとやっていくつもりか?」

 相変わらず愚問だとは思う。既に子供もいるのだ。しかし聞かずにはいられない事だった。

「あいつはあれでいろいろと厄介な男だぞ」

 と思わず付け加えてしまったのは、本音としての側面とは別に、寝取られてしまった男としての悔しさもあっただろう。

 アンナは一瞬の迷いを間に挟んでから答えた。

「ええ。一生を添い遂げると誓いましたので」

 と。


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