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寂れたパン屋で店番をしていたら、見覚えのない美少女がやってきました。

作者: 水定ユウ

 俺は士道司二十歳。

 大学二年生で年生で株で儲けている男だ。


 そんな俺が今何をしているのか。

 そう、溜息を吐いていた。


「はぁー」


 どうしてこんなことになったのか。

 俺はガランとした店内を見回す。


 もちろん見回してみても何も面白い物はない。

 店内に設置された棚にはたくさんのトレイが置かれている。

 もちろんその上にはパンが陳列されているのだが、随分と冷めてしまっていた。


「やっぱり売れないか」


 どうしてこうなったのか。

 それは親父が検査入院しているせいで、ここ二週間仕方なく俺が店を切り盛りしていた。


 わざわざ店を開けなくてもいいのに俺に押し付けてきやがった。

 そのせいで俺は大学に通えていない。

 こうしている間にも授業の遅れが響く中、俺は再度溜息を吐いた。


「親父も親父だよな。だって俺、パン作りなんてほとんどしたことないんだぞ?」


 5年くらい前までは俺も中学生だったからパン作りを手伝ったりしていた。

 けれど高校に進学すると同時にパン作りは興味が無くなって止めてしまった。

 もちろん今も興味はない。


「大体、隣のアパートの家賃収入だけでも十分稼いでいるのに、どうしてまだパン作りなんてしてんだろうな」


 親父たちは別に年でもない。まだ黒髪で染まったナイスな年頃だ。

 しかも何故検査入院。あの親父に限って病気何て何かの勘違いに決まっている。

 俺は大きな溜息が出るとともに、今一度ガランとした店内を睨んだ。

 やはり客は誰もいない。


「うちのパン屋もすっかりくたびれたな」


 そもそもうちはパン屋が発端だが、現在は飲食店全体に影響を及ぼしている。

 ノーマルパンから菓子パン作りへと進歩し、今では全国のコンビニに置かれるようになった。


 それだけではない。

 ラーメン屋ステーキ店など、様々な飲食店を店舗展開し、行ってしまえば裕福な生活ができるほどだった。


 とは言えまめな性格の親父だ。

 おふくろも特に無駄遣いをするわけでもなく、今もこうしてくたびれた店で暮らしている。

 そもそもうちがこんな小さいパン屋をやっていることなど誰も知らないはずで、店に関しても俺は興味の欠片もなかった。


「今月も店の売り上げは赤字か。はぁー、さっさと閉めればいいのに」


 元も子もないことを口にしてしまった。

 だけどこんなに人が入らないし、こんなにつまらないなら毎日店を開ける意味もない。


 残念だが俺には何の思い入れもないので、店だけ開けている状態にして奥で作業をすることにした。

 現代人にとって、暇はとんだ怠慢だからだ。


 そんな時だった。

 急に店の扉が開き、昔ながらのベルの音が鳴った。

 マジで何年ぶりに聞いたのか、俺は音に釣られて視線が移り、そこにいたのはこんな店に来るか? と怪しくなるような美人な少女だった。




 驚いた。まさかこんな店に客が来るなんて。

 しかもかなりの美少女で、俺と同い年か少し年下ぐらいの少女だ。


 とは言え欲情などしない。

ましてや俺の意識は、「どうしてこんな店に?」と首を捻った。


 もしも俺ならこんな客の居ない寂れた店に入ったりはしない。

 普通にスルーして、コンビニで適当な菓子パンを買うだろう。


「いらっしゃいませ」


 とりあえずほかに客が誰もいないので、挨拶はしておいた。

 すると俺のことを見てにこりと微笑んだ。

 可愛いと心から思ったので、俺はこんな子が来てくれて嬉しいと思った。


 しかしやっぱり拭いきれない。

 ただの気まぐれだろうが、如何してこの店にやって来たのか。

 外から見ても廃れていて、繁盛していないのは明白だ。

 なのに如何して、トレイを手に取りトングでパンを乗せていく。


「しかも同じパンばっかり。確かクリームパンだっけ?」


 そう言えば焼いてから時間がかなり経っているはずだ。

 そろそろ取り替えないとマズいので、悪いけど引き下げさせてもらう。


「あの、すみません」


「はい?」


「そちらのパン、店頭に置いてからしばらく経っているので硬くなっていると思うんです。なのでお客様にお買い求めいただくことは……」


「ダメなんですか? こんなに美味しそうなのに」


「味は問題ないでしょうが……」


「ちなみにこのパンは?」


「そうですね。俺は要らないので、廃棄になるかと……」


「だったら私これを買います。捨てるなんて勿体ないです」


 急に向きになって食らいついてきた。

 まあ、少し値段を下げて提供する分にはいいかもしれない。

 そこで俺は値札表示を変えることにした。


「では……このくらいに」


「は、半額ですか!」


「は、はい? ご不満でしょうか?」


「いえ。あの、本当にいいんですか?」


 如何してそんなに割引になることを意外に思うのか。

 俺にはよくわからなかったが、とにかく表情が可愛い。

だけど何処か見覚えがあるような気がするのは気のせいだろうか?

俺は失礼だがジッと顔を見てしまった。


「あ、あの!?」


「あっ、すみません。それでは会計を済ませますね」


 俺はそう言うとトレイを預かりレジで会計を済ませる。


「袋はご利用になられますか?」


「はい。お願いします」


 俺は袋を取り出し、パンを袋の中に詰めていく。

全部クリームパンなのが何故か引っかかるが、この店の唯一の売れ筋商品、メガメンチカツチーズバーガーを堂々と入り口正面に置き、さらにはPOPまでレジ横に置いているのにまるで見向きもしない。


「他にもこちらの商品がおすすめですよ?」


「大丈夫です。私はクリームパンを買いに来ただけですから」


「そうですか……あっ!」


 クリームパンが一つ崩れていた。

 表面が破けていて、流石にこれを売るのは忍びないと俺の脳が訴える。

 一言申してから下げようとしたが、何故か止められてしまった。


「待ってください。如何してそのパンだけ下げるんですか!」


「すみません。少し崩れてしまっているので。流石に久々に来ていただいたお客様にお売りするわけにはいきません」


「私は気にしませんよ?」


「俺が気になるんです。やっぱりパン作りはもういいや」


「ではここにあるパンは……」


「このクリームパンはまあ俺が作りましたよ。ただ店内のほとんどは外注で知り合いのパン屋さんに頼んで作って貰ったものですけどね」


 そんなことができるのはうちが実は大手だからだ。

 たくさんの子会社があり、その中には昔営業危機から救ったパン屋もある。

 この際、投資していた甲斐があったと俺は胸を撫で下ろす。


「ということは、やっぱり貴方が作ったものなんですね」


「そうですけど、何か問題でも?」


「いいえ。むしろ嬉しいです。また買いに来ますね」


 おっ、これはお得意様を作るチャンス。

 俺はにやりと笑みを浮かべて「ありがとうございます」と頭を下げた。

 それにしても美少女だったなと思い、店から出ていく後姿を思い出す。

 次はいつ来てくれるのか。客がいないとつまらない。

 そう思った俺だったが、次の日から毎日やって来るのは予想外だった。




「いらっしゃい。って、また君?」


「はい、今日もクリームパンを買いに決ました」


 それから二週間。毎日決まった時間に少女がやってくる。

 嬉しいことなんだが、正直こんな店の何が良いのか。

 そんなにクリームパンが好評だったとは思えない。

 けれど買ってもらえるのは嬉しいので、自然と熱が入っていたのかも。


「一つ聞いてもいいですか?」


「はい。私の個人情報ですか?」


「そうじゃないですよ。如何してうちの店でしかもクリームパンばかりをお買い求めになるのかなと。いや、悪くはないんですけど。見たところ学生さんっぽいので、近くにコンビニやデパートもあります。それにうちの唯一の人気商品とも違う普通の。しかも俺が作った駄作のクリームパンを……」


「駄作なんかじゃないです!」


 急に大声を出された。

 俺はビックリして目を見開いたが、彼女は自分が感情的になっていたことを悔いた。


「すみません、店員さん」


「いえ、こちらこそお客様がお買いになる商品に対して非難してしまい申し訳ございません」


「あの、できればもう少しフラットにお話ししていただけませんか?」


「構いませんよ。それで……えっ?」


 何で泣いているんだろう。

 もしかして俺の口調がいけなかったのか? 俺は困惑してしまい、如何していいかわからなくなった。

 しかし彼女が泣いているのは違う理由があるらしい。

 何となくこの泣き顔を俺は知っている。

 思い出せ。何かのドラマじゃないはずだ。実際に会ったことのはずなんだ。


「嬉しかったんです。貴方がまだこのパンを作ってくれていて。本当に嬉しかったんです」


「嬉しかった? ってことは俺の作ったパンを……あっ!」


 俺は思い出した。

 それは今から五年前。しかもずっと寒くて、まだ隣で内が経営しているアパートに入居者がいた頃だった。

 確か中学生だった俺はその日、町内会の組合に参加していた両親の代わりに、学校帰りに店番をしていた。


 ふと、俺の記憶は過去を呼び起こす。




「ううっ、寒い。ったく、如何してこんな日の限って……」


 俺は文句を吐いていた。

 外は大粒の白い雪が降っている。

 暗闇が包み込み、町中を静寂が包み込む。今夜も冷え込みそうだ。


「早く片付けて家に帰ろう」


 俺は外に立っていた(のぼり)を片付け、早く帰ろうと急いでいた。

 すると——


「はぁー」


 吐息のような声が聞こえた。

 今にも消えてしまいそうなほどか細く、静寂でなければ聞き逃してしまっただろう。


「今の人の吐息だよな。一体何処に……はっ?」


 俺はキョロキョロ辺りを見回した。

 隣のアパートの階段下で少女が体育座りをして座っている。

 隣には赤いランドセルが置いてあるので、如何やら小学生のようだが、こんな時間に何をしているのか。


「流石に見過ごせないよな」


 隣のアパートはうちで経営している賃貸住宅だ。

 こんな時間に外にいたら風邪を引いてしまうかもしれないので、俺は早く部屋に入るように声を掛けようと思った。


「君、大丈夫?」


「えっ? あっ、大丈夫です」


 顔が白くなっている。

 随分長い間外でこうしていたのか、体も冷え込んでいた。


「部屋には入らないの?」


「それが……」


 少女は目を泳がせる。

 もしかして部屋に入れない理由があるのか。


「家の人はいないの?」


「お母さんはお仕事でいないから」


 なるほど、どうやら合い鍵を無くしてしまったらしい。

 それでお母さんが帰って来るまでこうしてじっと待っているつもりだったらしい。


 一応うちの物件なので合い鍵はあるはずだけど、俺も両親の許可がないと勝手には持ち出せない。

 緊急事態だけれど弱った俺はとりあえず少女の身体を温めることを優先した。


「そうだ。お母さんが帰って来るまで、隣のパン屋さんで待っててよ」


「そんな、お店の人に迷惑を掛けちゃいます」


「大丈夫だよ。うちの店だから。ほら、行こう」


 俺は手をそっと差し出した。

 少女は涙目を浮かべていた。寒すぎて涙は凍っているようだったけど、優しく俺の手を取り握ってくれた。

 やっぱり冷たくなっているので、俺は置いてあったランドセルを拾うと、少女をパン屋の中に通した。


「……暖かいです」


「それは良かったよ。しばらくここで待っていよう」


「は、はい!」


 少女ははきはきと返事をしてくれた。

 けれど俺の目は少女がやけに痩せていることに疑問を抱いた。

 たしか隣のアパートは、この辺りでは最安値で月三万円を切っている。

 ということは自ずと答えは見えてきた。


「お腹減っているでしょ? 好きなの食べていいよ」


「だ、ダメですよ。そこまでしてもらったら……」


「どうせ余り物だから。それにこんなに痩せ細ってたらダメでしょ? 成長期なんだし、せっかく可愛いんだからさ」


 俺は少女の顔立ちが可愛らしくて、将来美人になることを確信していた。

 しかしここでちゃんと食べないと成長期を逃してしまう。

 それは流石に食品関係の家として見過ごせないような気がした。あくまでも倫理観からだ。


「ほ、本当に大丈夫です。それに私お腹……」


 グー


 少女のお腹が鳴った。

 恥ずかしそうに顔を赤らめていたので、俺は何も言わずに適当に置いてあったパンを差し出す。

 一番人気はもう売れ残っていないので、俺が作ったクリームパンを手渡した。

 実はこのパン、俺が作って店内に置いてもらったけど全然売れなかった駄作だ。


「こんなものしかないけど、食べて」


「いいんですか、私が貰っても……」


「もちろん。だからいつかまた会った時に、成長して美少女になった君を見せてよ。何て、ちょっと変態だな、俺って」


 流石に何言ってんだと思った。

 こういう展開の動画を観たからか、俺は気恥ずかしくて頬を掻いた。


「は、はい! はむっ。お、美味しいです!」


「そう言って貰えて何よりだよ。俺の作った奴だけどね」


 俺はにこりと微笑んで、少女は美味しそうに俺の作ったクリームパンを食べてくれた。

 やっぱり嬉しかった。


 


「そっか。それじゃあ君はあの時の」


「はい。やっと思い出してくれましたか?」


 期待されてもらっては悪いけど、俺は鈍い方だ。

 だからこうして再会を果たしても全然思い出せなかった。


「そう言えば、あの後すぐに引っ越したんだっけ?」


「はい。ろくにお礼も言えないまま、私は引っ越してしまいました」


「でもここにこうして現れたってことは、上手く行っているって証拠なんだな」


「もちろんです。実はあの後色々ありまして、無事に貧しい生活から脱却できたんです」


「それはよかったね。ってことは、ここに来たのは懐かしむため?」


「いえ、違いますよ。私がここに来たのは引っ越してきたからです」


 引っ越してきた? もしかしてこことは違う街で成功したのに、何かあって戻って来たのか。

 そう言えばあれから五年ってことは、今頃高校生ぐらいだろう。


「もしかして高校はこっち?」


「はい。私、貴方にお礼が言いたくてこっちの学校に入学したんです」


「わざわざ俺に? どうしてまた」


「むっ。鈍いですね。こんなに可愛い子が貴方のためにやって来たんですよ?」


 何が言いたいんだ。

 確かにあの時は決め顔で「成長して美少女になった君を見せてよ」とか、かなりイタイことを言っていた。今思えばいろんなところから苦情が来そうで怖い。

 けれど少女はこうして俺の前に現れてくれた。

 予想以上の美少女になっている。


「やっぱり可愛いな」


「はうっ! それって、アレですか。もしかして告白……」


「いや、普通に可愛いからな。俺にはない特徴だ。やはり俺の見立ては間違っていなかった。うん」


 俺は腕を組んで大きく頷く。

 すると少女は頬をリスみたいに膨らませた。


「せっかく再会できたのにそれだけなんですか?」


「それだけだけど?」


「私はとっても嬉しいんです。ですからこの感情を共有……」


「それは無理だよ」


「利己的ですね。でも、私は諦めませんからね。これからも、お店に通わせてもらいますから」


「お得意様はありがたいよ。俺は店にはいないだろうけど」


「そうなんですか! ショックです……」


 少女はがっくし肩を落とした。

 コミカルで表情豊かになってくれてやっぱり嬉しい。


「でも時々はいるから」


「本当ですね。私は言質取りましたから」


「はいはい。現地取ったね。ところでどこに住んでいるのかな?」


「隣のアパートです。前と同じ部屋ですよ」


「マジ?」


「はい。私にとってあのアパートは色々と思い出の場所なんです。だから、絶対に貴方のことも振り向かせてみせます。覚悟しておいていてくださいね。こんなに可愛い子が来てくれるお店も貴方もきっと楽しくなりますよ!」


 悪女の笑みを浮かべた。

 俺はそんな少女の柔らかな表情に心を打たれてしまった。

 もちろん好意ではない。けれど何かこう、流行らない本店の店番を二人だけで過ごせてよかったと、心の底から思っている自分がいた。

『武器屋無双』や『千年ぶりに目覚めた魔女』などを投稿しています。



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