Last.恋の蕾
ジンジンと痛む頬を押さえ振り返れば、クロエさんは私に掴みかかって叫んだ。
「どういうことか説明してよ!!」
「お、落ち着いてください! どうしたんですかっ?」
何がどうなっているのかわからず、そう問いかければ、彼女は私を睨んで言った。
「どうもこうないわ! 彼、他に女が居たのよ!」
「え……」
その言葉に、彼女を占ったときに引っかかっていたことが頭を掠める。そんな私に彼女は目に涙を滲ませて言った。
「ヴィオラ言ったじゃない。『この恋は結ばれる』って。あなたがそう言ったから信じたのよ?」
私がそう伝えて、彼女は嬉しそうにしていたからホッとしていた。だけど、今彼女は目の前で泣いていて、頭が真っ白になった。
「何とか言いなさいよ!」
なんて返せばいいのかわからなくて、先ほどとは反対の手が持ち上がるのをぼんやり見つめる。すると、彼女の手を掴んで、それを阻んだ手があった。
「これは何の騒ぎかな?」
クロエさんを止めたのは、エドだった。少し息を弾ませた様子に唖然としていると、クロエさんは彼を怒鳴った。
「あんたに関係ないでしょ、引っ込んでなさいよ!」
「そういう訳にはいかないよ。ソフィアはオレの大事な人だ」
彼の言葉に、心臓がトクンと小さく鳴る。そんな私と彼を見比べ、彼女は苦々しげに笑って言った。
「はっ、いいご身分ね! 人には二股男と上手く行くなんてデタラメ言っておいて、自分は幸せになろうって言うの!?」
「ち、ちが……」
「何が違うっていうのよ。ふざけないで!」
ギラギラと怒りの眼差しを向ける彼女のそれに、足が竦む。そんな顔をさせたい訳じゃないのに、どうしていいかわからない。そこへ、エドが間に割って入るように言った。
「レディ。キミは彼女の占いを信じて行動した結果、意中の男性と恋人にはなれた。だが、その男が二股をしていたから、彼女にこうして文句をつけている。その認識であっているかな?」
「そうよ! わかったら手を離しなさいよ!」
「離せないな」
彼女の怒りがエドにまで向いて、止めようと手を伸ばそうとしたところで、彼が静かに言った。
「結果はどうあれ、意中の人と恋人になれたのならば、占いそのものが外れていたわけではないんじゃないのかい?」
「そ、それは……」
静かなその言葉に、彼女は不意を突かれたように言葉を濁す。その様子に、エドは畳みかけるように言った。
「それにレディが暴けなかった相手の本性を、どうして彼女に見抜くことができるんだい? 占いは万能の魔法じゃないというのに」
「エド、待って」
悪いのはクロエさんじゃない。これ以上、二人のどちらも悪者にさせたくなくて、振り返る彼に首を振る。そして、そっと一歩下がった彼に代わり、私は真っ直ぐ彼女を見て言った。
「クロエさん、ごめんなさい。本当は、気になる結果も出てたんです」
「え……?」
「でも、意味がよくわからなくて、不安にさせるんじゃないかって思ったら言えなくて……。だけど、私がちゃんと伝えなかったことで傷付けてしまって、本当にごめんなさい」
許して貰えないかもしれない。殴られるかもしれない。
けれど、それでも伝えるべきを伝えなかった罰を私は受けるべきだと思い、目を閉じて静かに待った。そんな私の耳に響いたのは、私を解放した彼女の大きなため息だった。
「私もカッとなって悪かったわ。本当に怒るべきはあなたじゃなくて、あの人にするべきなのに……」
予想外の言葉に、ポカンと彼女の名を呼べば、彼女は涙目で言った。
「だけどね。あなたも反省してちょうだい。私を含め、あなたに相談に来る恋する女はね、みんな真剣なの。それを同情や哀れみで手を抜かないで」
「はい……。本当に申し訳ありませんでした」
今の私には謝罪と、お代を返す以外できないから、誠心誠意を込めて頭を下げる。頭を下げたままの私の頭上に、気まずそうなクロエさんの声が響く。
「わかればいいのよ、わかれば。それじゃ、私は行くわ。本当に殴らないといけないヤツを殴りに行かなきゃ」
「あ、お代を……」
「いらない」
慌てて財布を取り出したけど、拒絶の言葉に固まる。他の償い方法が浮かばなくて、視線を落とした私に彼女は言った。
「その代わり、また悩んだときは頼らせてもらうから」
その言葉に顔を上げれば、彼女は腕を組み、困ったように……でも綺麗に笑って言った。
「今度は悪い結果も含めて、ちゃんと占いなさいよね」
「……はいっ!」
もう一度頭を下げれば、『またね、ソフィア』と言って彼女は颯爽と去って行った。
彼女の背を見送ったあと、エドは私を頬にそっと手を伸ばして問いかけた。
「大丈夫?」
「まだ痛むけど、大丈夫」
これはクロエさんの心の痛みであり、間違えた私が受け入れなければいけない罰で痛みだ。
「エドの言ったとおり、だったね」
そう言えば、彼の青い目が微かに見開かれる。そんな彼に私は静かに言った。
「本当は、おばあちゃんに昔言われたことあったの。『占いに私情を挟んじゃダメだ。それは占いの結果を、相手の運命をねじ曲げてしまうから』って。こういうこと、だったんだね」
昔はよくわからなかった言葉が、今痛みを伴ってようやく私の中で意味と形を成す。
「傷付けたくないっていう私情を挟んで、それで大事なお客さん傷付けてたら世話ないし、私占い師としても失格だよね」
そう言って苦笑いを浮かべれば、彼は少し考え込んで言った。
「ねぇ、ソフィア。占いって、悪い結果が出たらどうすることもできないのかな?」
「え?」
「例えば、それを回避する方法を占ったりとかはできないのかな、って」
エドの言葉に虚を突かれ、思わず目を見開く。そんな私の反応に、彼は半ば確信を持って問いかけた。
「可能、なんだね?」
「基本的に聞かれたことしか占ってないけど、それならできる、けど……」
「けど?」
考えなかった訳ではないけど、それを積極的に行うには躊躇う理由があった。
「私情を挟んでることに、ならないかな……?」
さっきの今だから、握った両手が微かに震える。その手をそっと包み込むように握り、彼は言った。
「大丈夫だよ、ソフィアなら。優しさの使い方に気をつければいいだけだし。また間違えてもオレが守るし、教えるよ」
「エド……」
彼の言葉に、ほんのり胸が温かくなる。けれど、同時にさっき見た光景が過り、ズキンと痛んだ。それに気付かれたくなくて、笑顔を貼り付けて言った。
「そんなこと言って、エドには他に守るべき素敵な人がいるじゃない」
「……それなんだけど。もしかして、銀髪に青い目の子、だったりする?」
ほら、やっぱりと思いながら頷き返せば、彼は苦笑しながら言った。
「ソフィア。その子、オレの妹」
「いも……え?」
思わず目を瞬かせた私に、エドは大きくため息をついて、頭を掻きながら言った。
「オレの好きな人――ソフィアがどんな人かを知るために、跡をつけてきてたんだって」
「わた、し……?」
「それに気付いて、屋敷に帰るよう説得してたんだけど……」
チラリと私を見た目が、嬉しそうに細められる。
「ねぇ、ソフィア。もしかして妬いた?」
「し、知らないっ!」
恋人でもないのに妬く意味がわからない。でも何故か否定できなくて顔を背けた。というか、それなら私はさっき勘違いで彼に八つ当たり染みたことをしたわけで……。気まずい気持ちに思わず逃げたくなるのを抑え、彼をそっと振り返って言った。
「知らない、けど、怒ってごめんなさい。あと……助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。少しは惚れてくれた?」
こういうことを言わなければ、格好いいのになと思いつつ、そっぽ向いて言った。
「……さぁ、ちょっとは惚れたかもね?」
「やっぱりまだダメ……えっ?」
何か驚いた声が聞こえるけど、無視無視。少しくらい彼だって慌てふためけばいいと思う。
「ソフィア、今なんて!?」
「しーらない」
知らんぷりをして先に歩き出せば、慌てて彼が追いかけてくる。
エドが居たから前を向けたし、隣にいたいとも思う。その想いが恋なのかは、正直まだよくわからない。だけど、この気持ちに名前を付けられたら、そのときはちゃんと伝えようと心に決める。
隣に並んで、触れそうで触れない距離を歩く彼を見上げれば、しょぼくれた青い目とかち合う。普段のキラキラとした姿と違うそれは少しばかり可愛くて、思わず笑みがこぼれる。そんな彼の方へ、身体ごと振り返って立ち止まり、私は言った。
「もう少しだけ、待っててくれる?」
そう告げたら、エドは目を見開いたあと、『仕方ないなぁ』と言いたげにふわりと笑った。その笑顔はとても綺麗で、再会したときと変わらず、キラキラと眩しかった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました(〃'▽'〃)
この作品は長岡更紗様主催の『小鳩さんブッ刺せ企画』を見かけて書いた物語ですが、少しでもいろんな方にお楽しみいただけたら幸いです。
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