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4.揺れ惑う心

 エドと再会して早二月。あれから彼は、それはもう毎日のようにやってきては、その日の運勢を占って帰って行った。


 とはいえ、一度は荒れた街の立て直しに尽力した伯爵家の跡取りだ。忙しい日もあるようで、お店に来ないこともあった。ただ、そんな日はだいたい帰り道の途中、息を切らしたように『ソフィア』の前に現れた。


 休みの日ならば、さすがに彼とも会わないだろう、なんて気を抜いていたら、家にやってきたりもして。母さんに見つかる前に、慌てて追い返す、なんてこともあった。


 それ以来、休みの日を予め伝えた上で、待ち合わせするようになった。


 恋人でもないのに、なんで私はこんなことをしてるんだろうと支度をしつつ思う。その一方、何となく『せっかくだし』と思い立ち、彼に買って貰った服に初めて袖を通した。だけど服が素敵な分、いつもどおりではさすがに微妙で、白粉や紅にも手を伸ばす。


 そんな私を後ろから覗き込んだ母さんが、目を丸くして言った。


「あら、ソフィ。おめかししてどうしたの?」

「べ、別に……。ちょっと人と会う用事があるだけで……」


 できるだけ見つからないうちに急いでと思ったものの、思ったよりも時間がかかっていたらしい。そんな私の言葉に、母さんは苦笑しながら言った。


「年頃なんだから、化粧くらいしなさいって言っても聞かないのに?」

「ヴィオラのときはしてるもん」

「普段はしてないでしょ」


 ため息交じりに言ったあと、母さんの目が何かキランと光る。その目に、いつかの仕立屋のおばさんやおじさんと似たものを感じて思わず後ずさる。そんな私に、母さんはにんまり笑って言った。


「もしかして、好きな人でもできた?」

「ちっ、違っ……! エドはそんなんじゃ……!」

「そう、エドくんって言うのね。ん? エドって……」


 首を傾げた母さんの意識が私から外れた瞬間、彼から貰った鞄をひっ掴み、おろし立ての靴を履いて言った。


「ま、待ち合わせに遅れるからもう行くねっ!」


 後ろから、何かよくわからない応援をもらいつつ、私が向かったのは街の広場の噴水。そこには、ラフな格好をしたエドが立っていた。


 立ってるだけでも絵になるというか、その場にいる若い女子から果ては少し年上のお姉様方まで、彼に熱い視線を送っている。そんな中、彼に話しかけるのは正直気が引けるものの、遅刻している身としてはそうも言っていられない。だから、深呼吸と共に腹を括り、駆け寄って言った。


「待たせてごめんなさいっ!」

「やぁ、ソフィア。そんなに待って、な……」


 私を振り返ったエドの言葉が不自然に途切れる。そんな彼を見上げれば、何故か顔を真っ赤に染めていた。首を傾げて名を呼べば、ハッとした様子で彼は言った。


「贈った服、着てくれたんだね」

「せ、せっかくもらったし、着ないともったいないじゃない」

「もったいない、か……」


 私の言葉に、彼は何故か少しだけ悲しげに笑う。何か変なことを言ったかと思ったものの、次の瞬間には、いつものエドに戻っていた。


 伸ばした黒髪を掬い上げて、彼は相変わらずキラキラしい笑顔を浮かべて言った。


「いつもと違って化粧をしたり、リボンでおめかししてるのは、期待してもいいのかな?」

「期待も何も、服に合わせたらこうなっただけ! 服だって、いつもの格好で私が隣を歩いてたら、エドが笑われるかなって思っただけだし……」


 そう、それ以外に彼が期待するような理由なんてない。ない、はずなのに、彼は何故か嬉そうに笑う。


「綺麗なソフィアも好きだけど、いつものソフィアもオレは好きだよ」

「そういうお世辞は別にいいからっ!!」

「……お世辞じゃないんだけどなぁ」


 いい加減、背中に刺さる視線に耐えかねて、とにかくこの場を離れたい一心で、彼の手を掴んで歩き出す。そんな私に、エドは苦笑しながら言った。


「ソフィアって、通り名の異名の割に自分のことには無頓着だよね」

「わ、悪かったわね! どうせ恋なんてしたことないわよ!」


 彼の言葉にカチンと来たのと、自分でも言われる度に逃げ出したくなる通り名に、思わずそう言えば、彼の目が瞬く。


「恋を、したことがない? 恋の魔法使いが?」


 言う必要のないことを口走ったことを自覚したものの、出た言葉は戻らない。だから、本当のことを話した。


「別に私が名乗ったんじゃない。私はただ占っただけだもの」

「でもそんな二つ名がつく理由はあるはずよね?」


 そんなの私の方が知りたいくらいだ。


 ――とは言えず。一応真剣に考え、心当たりについて口に出した。


「私は占いの結果を伝えてるだけ。強いて言えば、悪いことは極力伝えないようにしてることくらい……かな」

「どうして?」

「私と違ってキラキラしてる人を、不安にさせたくないの」


 みんな私と違って輝いてるから、その笑顔を曇らせたくない。それに納得行かない様子の彼に言葉を重ねる。


「占いは可能性の一つでしかないけれど、私はみんなに幸せに、笑顔になってほしいから」


 そう伝えると、エドは少し考え込んだあと、真剣な表情で問いかけた。


「ねぇ、ソフィア。それは本当にキミを頼ってくる人たちのためになるのかな?」

「え……?」

「キミのおばあさまは、オレに良いことも悪いこともどちらも教えてくれた。その上で、数日間オレを家に置いてくれて、どうしたいかを考える時間をくれた。だからオレはいろんな壁にぶつかっても、頑張ろうって思えたんだ」


 彼の言葉に、心の奥底へしまい込んだ何かが、もの言いたげなおばあちゃんと一緒に顔を覗かせ、酷く心が騒つく。そんな私にエドは言った。


「だからこそ思うんだ。ソフィアのそれは、本当に彼女たちのためになるの?」


 その言葉が私の心の柔らかい場所に突き刺さり、身体が震えそうになる。それを抑え、私は言った。


「なるわよ……。なってるもの!」

「ソフィア!!」


 彼の手を振り払い駆け出した私を、彼が追ってくることはなかった。それに胸が微かに痛んだけれど、そうなるのが当然なのだからと、無視して家に帰る。


 母さんはすでに仕事に出たのか、家には誰もいなかった。誰もいない家の中で、おばあちゃんのルーンを胸に抱く。


「ねぇ、おばあちゃん、私、間違えてないよね? 占いは、誰かを幸せにするためにあるんだよね……?」


 そう問いかけても、答えてくれる声はなくて。私は理由もよくわからないまま、広がる不安と溢れる涙に膝を抱えたのだった。


***


 それから数日、エドは姿を見せなかった。彼の言った根比べも終わりかと思うと、何故かホッとするよりも胸がチクチク痛んだ。


 モヤモヤして占いにも身が入らず、早めに店じまいをして、宛もなく街の中を彷徨い歩く。一人で大通りを歩いていると、『一人かい?』と馴染みのみんなから声をかけられる。それに苦笑いで返せば、何故かみんな労るように頭を撫でて食べ物をくれた。


 その優しさが温かくて、でもすごく痛くて、人を避けるように歩く。どこに行っても、エドとの記憶が呼び起こされて、逃げるように歩いて歩いて。そうしていつの間にかやってきていたのは、待ち合わせに使っていた噴水のある広場だった。


 無性に泣きたくて、もう家に帰ろうと思ったそのとき、見慣れた後ろ姿が視界に入った。


「エド?」


 呼んでも振り返らない彼の隣には、流れるような銀髪の綺麗な青い目の女性。呆れた様子で相手の頭を小突き、女性もまた頬を膨らませる。それを見た瞬間、息が詰まった。


「なんだ。ちゃんとした相手、いるんじゃない」


 何故か声が震える。とにかくこの場にいたくなくて、二人の姿を見たくなくて、震える足をどうにか動かして踵を返したときだった。


「ソフィア?」


 背後からエドの声が私の名を呼ぶ。早くここから離れたいのに、足を動かせない私に彼が近付いてくる。


「今日は早々に店じまいをしたって聞いたけど、どうしたの?」


 私の前に回り込んだ彼に、精一杯笑って見せて言った。


「……何が?」

「何がって……」

「エドには関係ないでしょ?」


 そう彼には関係ない。彼なんて関係ない。ただ、私の調子が悪いだけ。それだけだ。


 そんな私の手首を掴んで彼は問いかけた。


「関係ないなら、どうしてオレから目を逸らすの? なんでそんな泣きそうなの?」

「知らないわよ、そんなのっ!」


 こんな感情知らない。頭の中がぐちゃぐちゃで、もう嫌だ。そんな気持ちで心は限界で、感情任せに私は叫んだ。


「私なんて放っておいて! 綺麗な彼女のところに行けばいいじゃない!」

「え?」


 呆気に取られたエドの手から力が抜けた瞬間、それを振り払って駆け出す。


「ソフィア!!」


 後ろから彼の声が追ってきたけど、聞こえないフリをして広場を駆け抜ける。滅茶苦茶に走ってやってきたのは、閑散とした小さな公園だった。


 乱れた息を整えながら、トボトボ歩いていると、前方のベンチに見知った人が座っていた。


「クロエさん?」


 ふわふわした金髪の彼女は、ボーッとした様子で、その姿があまりにも気になって思わず声をかけた。


「クロエさん、どうされたんですか?」

「……誰?」


 彼女の問いかけに、今『ソフィア』の姿だったことを思い出す。どうにか誤魔化せないかと思い、笑顔を貼り付けて言った。


「あ、いえ、その元気がなさそうだったので……」

「あなた、初対面よね。どうして私の名前を……?」

「そ、それは……その……」


 なんて言ったら不自然じゃないんだろうと、混乱する頭で考えていたら、彼女の目が不意に見開かれる。


「その目にその声、もしかしてヴィオラ……?」


 まさかエドの他にも見破る人が出てくるとは思わず、息を呑む。そんな私の反応を是としたのか、彼女は微かに笑みを浮かべて言った。


「そう、あなたなのね」


 そして、次の瞬間、乾いた音と共に、彼女の平手打ちが私の頬に襲い掛かったのだった。

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