3.デートは攻防戦
――今のオレを知らないからダメって言うなら、まずはオレのこと知ってよ。
そう言ったエドに半ば強引に連れられてやってきたのは、昔からある商店街。私が占い師として商いをしている露天商が集まる細い路地とは違い、大通りに面したそこは、小さいながらもいろんな店舗が並んでいる。
「ねぇ、ソフィア、さっきのとどっちが似合う?」
「……どっちでもいいんじゃないでしょうか」
父さんが亡くなって以来、挨拶を交わす程度だった仕立屋さんで、彼は私のよく知る所謂庶民の格好をして、くるりとターンをしてみせる。そして、気のない私の返事に不満げに言った。
「せっかくのデートなんだから、真剣に考えてよ」
デートという単語に、顔に熱が集まる。ただの買い物と言い聞かせる私の横から、店番のおじさんがにんまりと笑い、親指を立てて言った。
「おっ、なんだ兄ちゃん、ソフィアのこれか?」
「あ、そう見えま……」
「違うからっ!」
言うに事欠いて何を言い出すのかと、思わず即座に否定する。とにかくこの場から離れるために、彼が今着ている服と手に持っている一式の代金――私の稼ぎ二日分相当のお金をテーブルに半ば叩き付けるように置く。
「はいっ、おじさん、お会計!」
「照れるな照れるな」
「照れてないからっ!!」
『兄ちゃん、頑張れよ~』なんていらない応援を背に、彼の手を引いて店を後にする。人の少ない場所で彼から差し出された服の立替分のお金を受け取り、私は彼を睨んで言った。
「変なこと口走らないで」
「だって、ああでも言わなきゃ、いつソフィアに悪い虫がつくとも限らないし」
「つきません! だいたい、エドには関係ないでしょう!?」
そう言って、ふいっと顔を逸らす。エドは私の恋人でも何でもない。再会したばかりの昔馴染みだ。
「関係おおありだよ。オレはソフィアに求婚してるんだから」
無理って断ったのに、まだ言うかこの人は!?
そう思って振り返れば、思いのほか真剣な青い瞳がそこにあって、言おうとした言葉が出なかった。なんて返せばいいのかわからなくて、答えに窮していたら、彼は私の遥か背後を見て言った。
「ねぇ、ソフィア。次はあのお店にしよう」
「え、どこ? ……って、そこ女性用の服しか置いてな……、ちょっとエド……!」
さっきまで私が引っ張っていた手が、今度は逆に私を握り引っ張って行く。大きくてちょっとやそっとじゃ振り払えないゴツゴツとした手は暖かい。問答無用で引っ張られているのに、怖いと感じないのはエドが知っている人だからなのかと首を傾げる。そんな中あっという間に、さっきと同様、顔馴染みのおばさんが経営しているお店に辿り着いた。
「マダム。彼女に似合う服を見繕ってはもらえないかな?」
「あらあら、マダムだなんて、お上手だこと。それに……」
エドの言葉におばさんは上機嫌で手を振ったあと、私を見て頬に手を当てて言った。
「ようやくソフィにも春が来たのね」
「そんなんじゃないからっ!!」
「照れない照れない。ソフィはいつも似たような服ばかり買ってくから、選びがいがあるってものよ」
おじさん同様、おばさんも訳知り顔で頷いて取り合ってくれない。がなる私を気にした様子もなく、彼女は私の肩を抱いて言った。
「さぁ、こっちにおいで。おばさんに万事任せなさい」
「いや、別に私は今いらな……って、話を聞いてぇー!!」
そうして、私はここぞとばかりに、おばさんに着せ替え人形にされたのだった。
それから、エドがいつの間にかお会計を済ませた服の包みを抱え、待っている彼の元に向かう。すると彼は私の格好を見て言った。
「あれ、着替えなかったの?」
「……靴と合わないし」
「なるほど。じゃあ、次の行き先はそこだね」
「え……?」
何か不穏な単語に、お財布を取り出そうとした私の手が止まる。そんな私の状況を知ってか知らでか、彼は私の手を引いてまた歩き出す。
そうして、その後私は彼に靴屋、鞄屋、果ては装飾品のお店までとにかく引きずり回された。ほぼ丸一日引っ張り回され、街の食堂で椅子に座った途端、一気に疲労が襲い掛かる。
「つ、疲れた……」
「ごめんごめん。十年ぶりだからつい」
今私たちのテーブルの横には、エドが買ってくれた服その他。そんなに私は払えないと言っても、『プレゼントだから気にしないで』と取り合って貰えず。行く先々のお店の人はエドにすごく好意的で話も聞いて貰えず、こうして今、彼がプレゼントと称した品が積み上がっている。
やや途方に暮れた私に、彼は首を傾げながら問いかけた。
「ところで、最初の酒場はどうしてダメだったんだい? あそこは評判いいと店主たちに聞いてたんだけど」
「あそこで昼から夜遅くまで、母さんが働いてるのよ」
どうせ誰かに聞かれたら知られることだし、回避はしたからいいだろうと思い、理由を告げる。すると彼は、顎に手を当てて言った。
「しくじったな……。挨拶しておくんだった」
「しなくていいから!」
これ以上、話をややこしくしないでほしい。というか、今日は本当に何なの、一体……。
そう思ってぐったりした私に、彼は少し考え込んだあと、怪訝そうに問いかけた。
「しかし、何故キミのお母様は、十年前と違って働きに出てるんだい? お父様は……?」
「父さんは、事故で六年前に死んじゃったから」
私の返事に、彼の目が微かに見開かれる。
「そう、だったのか……。おばあさまの話は噂で知っていたが、お父様も……。すまない」
「気にしないで。もう六年も経ってる話だし」
申し訳なさげに頭を下げる彼に、慌てて両手を振る。もう六年も母一人娘一人で生きてきて、慣れっこなのだから。
「私も母さんを助けようと思って働こうとしたんだけどね。料理も裁縫も下手だし、給仕とかも母さんのようには上手くいかなくて……」
「だから、街の外の人間が多いあの場所で占い師を……?」
その問いに頷き返す。私がお店を出してる場所は、時々荒っぽい人とかもいるし、正直そこまで治安のいい場所でもない。だからこそ、母さんは私の正体を隠すことを条件にした。誰にも話してはいないけど、占いの結果を巡って怖い目に遭ったのも一度や二度じゃない。
それでもその場所を選んだのにはもう一つ理由があった。
「大通りの昔馴染みの人は、私がおばあちゃんから占いを教わってたのも、うちの事情も知ってるし。みんな優しいから、きっと気を遣わせちゃう。それは……嫌だったの」
「頼ってもいいじゃないか」
そんな彼の言葉に私はやんわりと首を振って、真っ直ぐその目を見て言った。
「占いは人を幸せにするためにあるものなの。私が守られるためのものじゃない」
ハッキリとそう告げれば、彼はしばし言葉を失ったあと『そうか』とだけ返したのだった。
そのあとは、もう酒場以外店じまいをしていたのもあり、彼と共に家路についた。あともう目と鼻の先が自宅というところまで来て、私は彼に言った。
「送ってくれてありがとう。それに、服とかも……」
「いいよ。それくらい」
本当はお茶でも出した方がいいのかもしれない。そう頭を掠めるものの、微笑む彼に何か期待させてしまっては悪い気がして、言えなかった。そんな私に、彼は問いかけた。
「それで、一日過ごしてみてどうだった?」
「どう、って言われても……」
何度言われたところで私の答えは変わらない。
「やっぱり無……」
無理だと告げようとしたら、彼の長い人さし指が唇に触れる。そして、彼は真顔で言った。
「オレ、生半可な気持ちで求婚してるつもりはないよ。だから、真剣にオレを見て、考えてほしい」
今だって、真剣に考えてないわけじゃないのに、どうしたらいいんだろう。そう思って何も言えずにいたら、彼はニッコリ笑って言った。
「と言うわけで、また明日お店に行くから」
また営業妨害する気なのかと、思わずギョッとする。
「なんでそうなるのっ!?」
「今日は占ってもらえなかったし、ヴィオラとしてのソフィアも近くで見てみたいからね」
そう言って彼は、茶目っ気混じりに片目を閉じて、『また明日』と意気揚々と帰っていったのだった。
***
その翌日。いつもの場所でいつものように敷物の上に座った私の前に、キラキラしい笑顔を浮かべてエドはやってきた。
「本当に来たんですね……」
「もちろん」
そう言って彼は、私の前に腰を下ろして言った。
「キミとオレの結婚運について占ってもらえるかな?」
「それはできません」
キッパリと断れば、彼の目が瞬いた。騙したようで少し罪悪感が掠めるものの、コレばかりは嫌がらせとかではなく、できない理由があった。
「流派にもよりますが、占い師自身が自分を占うことはタブーとされています。ですので、私とではなく、お客様の結婚運、ということでしたら可能です」
「じゃあ、それでよろしく」
「承知いたしました」
彼の希望により、占うために取り出したのは、昨日十年ぶりに揃ったお守りのルーン。彼にいくつかの質問を投げかけたあと、胸の中で祈りを捧げ、ルーンを引いていく。五つの石を十字に並べ、そこに出た結果に私は一瞬口を閉ざしたくなった。
けれど、これは仕事だ仕事と割り切って、結果を告げる。
「辛抱強さを求められますが、お相手の方とは上手くいくでしょう」
「あ、じゃあ、受け入れてくれるってことかな?」
案の定というか、彼の顔がパアッと明るくなる。それに対し、私は淡々と言った。
「最初に申し上げたとおり、これはお客様の結婚運であって、相手がどなたかまでを占うものではございません」
「ダメか……」
彼の様子に少しばかり胸が痛んだのはほんの一瞬。彼は私に笑いかけて言った。
「なら、オレとキミの根比べと行こうか」
顔は笑っているのに、その目は真剣そのものだ。そんな彼の様子から、まだ続きそうな波乱の日々の予感を覚え、不意に私の心臓がまた大きく鳴いたのだった。




