瞠目
四年生はさすがに大人だった。
十六というと、兵士にもなれる、結婚もできる年齢なはずだ。
そんな大人に、チェコはカエルを配った。
「あら、君、山の勇者君ね?」
ときれいなお姉さんが声をかけてくる。
「あ、ハイ。
チェコ・ラクサクです!」
皆、好意的にチェコに対応してくれた。
「さて、今日は錬金術で作った生物と本物の見分け方を講義する」
パーカー先生は、威厳たっぷりだ。
「こちらに、採種してきた本物のアマガエルがある。
よく観察して、違いを述べよ」
勉強の仕方も、だいぶ違うんだな…。
なんか、ちょっと軍隊みたいに授業が進んでいる。
笑い声とか、全く無い。
チェコは、驚きながら上級生の授業を見学した。
皆、自分の杖を持っていて、それで魔法的にカエルの違いを調べるらしい。
「水のエレメントに違いはないぞ…」
「火のエレメントもちゃんと含まれているわ!」
なかなか、白熱の授業だった。
「あー、一応言っておくが、そのカエルは、このチェコ君が作ったものだ。
一年の作ったカエルの判別もつかないようでは、君たちが五年に上がるのもだいぶ先の話のようだな」
優しそうに見えたパーカー先生だが、なかなか意地悪な発言もする。
「えーと、四年から落第とかあるのかな?」
チェコの呟きに、パトスが、
「…馬鹿、一年からある…!」
と教えた。
近くの席に座っていた男子生とが、
「おい、ラクサク。
何を仕掛けた!
言え!」
と脅してきた。
「えー、何も仕掛けてないよ」
チェコは正直に語った。
エレメントを調べても、全く同じだから判らないはずだ。
チェコのカエルなら、最長で半年生きたこともあるのだ。
「そうだ!
生体法を使おう!」
真面目そうな、メガネの生徒が名案を叫び、皆、一斉に教科書をめくった。
本当に生きている生物と言うのは、実は人工生物より、ずっと不安定なのだ。
頻繁にエレメントのバランスも変わる。
その係数を計算すれば、人工物か本当の生き物か、計算で割り出せる。
「おかしい!
計算が!」
生徒たちの悲鳴が響くなか、パーカー先生は、
「アッハッハ、このチェコ君は、私の恩師、ダリア博士の秘蔵っ子なのだよ。
君たち程度が計算できるようなヤワなカエルではない!」
「えー、先生、ダリア爺ちゃんの弟子だったの!」
パーカー先生は、親指を立て、
「さー、この難問を解ける生徒はいるのかな?」
錬金術で作った偽物と、本当の生物を見比べるのはなかなか難しい。
特にカエルなどの単純な行動しかしない生き物の場合、手だては限られる。
ただ、本物が目の前にいるのだから、本物から割り出すのが、実は近道だった。
あるいは調理して味を見る、でも違いは判る。
あるいは、賢者の石を持っていれば、バランスを狂わせたときの自己修復力の差で判別も可能だ。
ただ、四年生に石は扱えないらしく、なんとか杖を使いこなそうとしている最中のようだ。
「おい、なんか教えろよ!」
さっき脅かしてきた、大柄で太った男子生徒が、また言ってきた。
「俺、先輩たちのレベルが判らないから、教えろったって無理だよ」
言いながら、ちらっ、とパーカー先生を見ると、分厚いメガネで表情は判りにくいが、教えてもよさそうな感じに見えた。
「えーと、杖でも、物質に対して限定的だけど影響を与えられるよね?」
デブの男子に助言する。
「え、何かできたっけ?」
デブの隣に座っていた、小柄な男子が混乱したように叫んだ。
「待って!」
と、前の席の綺麗なお姉さんが、すごい形相で分厚い教科書をめくった。
半分以上開いた辺りで、
「エレメントを増加、減少させる、の事!」
飛び付くように振り向いて叫んだ。
あー、その辺りか…。
チェコはだんだん判ってくる。
杖は、使いようでは、簡単なスペルも発生させられる機具なのだが、その基本は、エレメントの増加と減少のコントロールにあった。
たぶん初歩なら、泥水に水エレメントを増加させて真水にする、とか、火の温度を上げて違う色の炎にする、とかのはずだ。
チェコが教科書通りに解説すると、生徒はみんな、それらができるようになった。
「えーと、ここまでは基本なんだけど、応用として、もしカエルが人工物と完璧に判っているのなら、エレメントを狂わせる、という事ができます。
ただ、本当の生き物にすると、大変なことになるから気をつけて。
本当の生き物は、人工物より対応力が強いんだよ。
つまり、人工物なら、対応できない、という訳です」
チェコが話すと、パーカー先生は拍手して、
「いやぁ、秋にゆっくりやろうと思ってた事が一日で済んでしまったな。
みんな、試してみなさい」
え、あれをやらせるの!
と、チェコは思ったが、知らない四年生はホイホイとエレメントのバランスを崩した。
バンッ、とチェコのカエルが破裂した。
パーカー先生よりも背の高い強者が、黄色い叫びを上げた。
あ、俺以外にも、意外と声の高いことを気にしてる人っているんだな…。
と、チェコが瞠目する中…。
各自の机の上では、カエルは爆発したり、溶けたり、大変な騒ぎになった。
パーカー先生は、腹を抱えて笑っていた。