カエル
「え、どう言うこと…?」
とアドスに聞き返すチェコに、エズラ・ラァビアンが、さ、とアドスの間に入ってきて、
「アドス。
あまり皮肉ばかり言ってると、フロムにも嫌われますわよ!」
ピシャッ、と叱った。
アドスは慌てて、そんなつもりはない、とモゴモゴ言い訳をするが、エズラは、
「チェコ?
また、よろしいかしら?」
どうやら鼻の改造の話の続きらしい。
チェコはエズラと物静かな中庭に向かってから、
「エズラ。
俺は怪我の治療は必要から習ったけど、美容は素人なんだよ。
本当にするつもりなら、専門家に依頼した方が絶対にいいよ」
と忠告した。
エズラは悩ましく身をよじって。
「ええ。
だけどそれだと、あからさまに判ってしまうのですわ…」
「あぁ、こっそりと、少しづつ、的な…」
と聞くと、
「そうなのよ。
すこしづつ、ナチュラルになりたいのよ」
凄い贅沢でわがままな事を言っているのだが、エズラが言うと、なんとなく可愛げのようなものが漂ってくる。
「、、チェコ、美しさはバランスなのよ。
とても難しいの、、」
ちさが忠告する。
「そーだよなー。
睫毛を長くするとか、簡単な事ならエズラの頼みなら即座にOKするんだけど、鼻の形、となると、ちさの言うようにバランスだからさ…」
二の足を踏むチェコだが。
「大丈夫よ!
あたしが鏡を見て、指示するから、その通りにチェコはすれば良いのよ。
ほら…」
エズラは伝統あるドリュグ聖学院のグレーに青いラインの入った上着から書簡を取り出した。
「お父様の許可ももらってきたのよ!」
「マジ!」
チェコが、封蝋を開けて分厚い高級紙を読むと、確かにエズラの好きにさせてやってくれ、と書いてある。
どうやって、これを手に入れたのかは不明だが、ちゃんとエズラの父の署名もあった。
うーん…。
気は進まないが、ここまでされては断る理由もチェコにはない。
「じゃあ、やってもいいけど、ほんのすこしづつ、一週間に一度程度だよ。
鼻の軟骨の形を、少しだけ変える。
判った?」
エズラは目をキラキラさせて喜んでいる。
「それでいいわ!
じゃあ、始めるわね!」
エズラは手鏡を取り出すと、鼻の先端を少しだけ尖らせた。
言われなければ判らない程度だが、チェコは不安だ。
少し悩んだが、キャサリーンに相談することにした。
「あら、エズラもチェコ君を信用したもんね。
とはいえ、そんな専門的な話までは、あたしも判らないのよ。
魔法カードの作成が専門なんだから。
錬金術の先生は、あそこのパーカーさんよ」
パーカーさんは、頭頂部の禿げ上がった、ほぼ目が見えないほど分厚いメガネをかけた初老の小柄な男性だった。
灰色のフードは、言われてみればダリアも着ていた錬金術師の正式な衣装だ。
話を聞くと、パーカーは。
「鼻の軟骨を少しだけ…」
虫眼鏡のような丸いメガネがキラリと光り、
「少しだけとはどの程度かね?」
「えー、針先をニミリぐらいの量です」
チェコが答えると、ふーむ、とパーカー先生は分厚い本を、指を舐めながらページをめくり、
「…人体における軟骨の増加には係数があってね…」
ベラベラとページをめくり、
「うむ…」
目当ての箇所を見つけたらしい。
「針の太さにもよるのだが、おそらく…」
むっくりと顔を上げる。
「たぶん問題はないだろうね。
まあ適切の範疇に入るだろう。
ただ、次からは前回と違う箇所に施術すべきだな」
と語ってから。
「実は軟骨増加は、医療錬金だ。
それが膝など関節軟骨ならば、ね」
「あー、俺もそれならやったことあるよ。
更新もやった」
ふむ…。
と、パーカー先生はチェコを見て、
「四年のカエルの解剖実験に、カエルが三十匹いるのだが、合成できるかね?」
チェコは、いいよ、と言ってカエルを合成した。
錬金術が作るものは、一つ一つは無生物だ。
だが、法則にしたがって無生物のパーツを並べることで、比較的単純な生物は作り出せる。
また、無生物が生き物の法則通りに作り上げられても、それだけで生きたカエルにはならないが、一つ一つのパーツが、ちゃんと稼働すれば、一見生きている状態にはなる。
ただし錬金術で作ったカエルは子を産まない。
寿命も、最長で一週間程だ。
そこまでの生命の神秘は、錬金術には真似できないのだ。
チェコは、手のひらに乗るアマガエルを一匹作り、
「これでいい?」
と聞いた。
パーカー先生はアマガエルを調べ、
「ああ。
完璧だ。
これをあとニ九引き作って、離れに運んでくれ」
なかなかメンドクサイ要求だが、
「チェコ君。
魔法学はしばらく良いから、パーカー先生の助手をして。
一定額のお給金ももらえるわよ」
チェコは、金に釣られて、快諾した。