試合
夜には、チェコは激しいカーマとの特訓を続けていた。
翌日は、三年生との練習に参加した。
「ほう、お前が、山の英雄、か?」
眼の、やけに細い先輩が、チェコの相手だった。
「はい。
チェコ・ラクサクです!」
三年となると、さすがに小柄な大人ほどの体格を持ち、顔も骨ばって子供とは空気が違う。
「俺はぺテロ・シモン、ナイトの家系だ」
つまり、武功で貴族籍を勝ち取った、成功した武家、ということだ。
「シモン先輩、宜しくお願いします」
チェコは頭を下げた。
「なーに、堅苦しい挨拶など要らない。
俺は、お前をこてんぱんに倒して、山の英雄、の二つ名を叩き壊すつもりだからだ」
シモンの骨ばった顔の中で、細い目が異様に光った。
「お前は今まで運が良かった。
相手にした上級生と言えばブルー兄弟ぐらいだからな」
くくく、とシモンは笑い。
「到底、お話にならないヘナチョコだ」
言いながらシモンは剣を構えた。
す、と腰を落とす仕草が、いかにも戦い慣れている。
チェコも、剣を構えた。
「ふん、良い構えだ。
だが、そういうのは汗みどろに戦ってから使えてこそ、本物なのだ」
この人、なかなか強いな…。
チェコは本能で感じた。
きっと家庭でもチェコ並みに鍛えられているのだろう。
ナイトは貴族扱いはされるが、一代限りの称号だ。
つまり、シモンも今の暮らしを維持するには、武功を上げなければならないのだ。
「いく…!」
短く語ると、シモンは火が出るように、飛びかかかり、チェコに撃ち込んできた。
素早く、そして重い。
体重ならば、骨格の育っている三年は、一年の倍ほどの重さがあり、シモンのそれは、ほぼ筋肉だった。
チェコはまともには受けずに、力を流して、シモンの剣を防いだ。
だが、それでもシモンは烈火のように剣を打ち続ける。
老ヴィッキスに聞いたことがあった。
戦場では、綺麗な剣よりも、手数に勝ったほうが勝つことが多い、と。
手数に勝れば、いつか体力負けした相手は崩れるからだ。
また、連続攻撃は、早いため、肘を入れたり、蹴ったりしても、見逃されやすい。
見逃されれば、反則も立派な技なのである。
斜め上から打ち下ろしてきたシモンの剣を、チェコは一歩、前に進んで交わした。
木剣に当たらなかった剣は、力が入っているだけに、急には止められない。
チェコは、体の前に、立てて構えていた剣を、柔らかい手首を返して微かに引いた。
一歩、前に進んでいる。
シモンは剣を空振りして、前に飛び出していた。
崩れ、だ。
チェコの剣の切っ先は、微かに手首を引いた事と、前に一歩、進んだ事で、存分に振れる空間を手に入れていた。
沈むように、チェコはシモンの肩口から脇腹へ、斜めに振り抜いた。
崩れていたためもあり、シモンは弾けるように、横に倒れた。
「ラクサク!」
教師がチェコに軍配を上げた。
おお、と一年はおろか、三年もどよめいた。
「素晴らしかったですわ、チェコ様!」
ブリトニーは、熱烈な抱擁をみんなの前で披露する。
ブリトニー自身、武道大会に向けて筋力を上げているので、凄い力だ。
ブリトニーが手を離すと、小柄なチェコはヘナヘナとよろめいたが、とん、と誰かがチェコを支えた。
「あ、シモン先輩!」
チェコも慌てたが、シモンはチェコの頭から爪先まで確かめ、
「お前、よく鍛えているな…」
チェコの細い腕の手甲をめくり、
「聖歌隊なんて、ほどほどにしとけよ。
男の化粧は、死に化粧だけで充分だ…」
頭をぐしゃぐしゃと撫でると、去っていった。
「俺、シモン先輩は格好いいと思うなー!」
チェコはシモンに、男、というものを感じていた。
ヒヨウやナミといったエルフの方が強いかも知れなかったが、同じ向上しようとしている先輩に対する、憧れ、だ。
カイは、チェコの隣で制服を着替えながら、
「シモンさんも、イエガー先輩の弟子なんだ。
だが、俺はとてもシモンさんから一本取るなんて、出来ない…」
と、唸った。
「まー、俺もたまたま勝てただけで、何本もやったら負けてるよ」
チェコはシルクのシャツを着て、さっさとズボンを履こうとすると、
「あ、チェコ、それじゃあダメだよ」
近くで着替えていた聖歌隊のラリーに、途中でズボンを押さえられてしまう。
「わ、ラリー!
悪いけど俺に、そっちの気は無いから!」
慌てて、高い声を、チェコはうっかり出してしまい、赤面する。
「違うよ。
足を出してごらん」
何か、とチェコが足を出すと、ラリーはクリーム的なものをチェコの足に塗りつけた。
「顔だけを綺麗にしてもダメなんだよ。
こうして、純白の肌を体にも作るんだ」
「嘘ー、そんなめんどくさいこと、しなきゃならないの?」
うんざりするチェコだが、
「君はヴァルダヴァ王のソリストなんだよ!」
なぜか、チェコはラリーに叱られていた。
「ケケケ、大変だなソリスト様は」
教室でアドスはチェコをせせら笑うが、村で苛められていたチェコには、気持ちよくイジられているようにしか感じない。
「大変だよ。
毎日、塗れって言うんだよ…」
と机に突っ伏すチェコだが、教室前の廊下をブルー弟が取り巻きと共に通りすぎた。
「見たっ!」
ガタンとチェコは、アドスを振り返り、
「あの人、足までぬってる上に、それがよく見えるように、ノー靴下だった!」
アドスはうんざり、
「どうせ俺に教えてくれるなら、可愛い女の子の事にしてくれよ。
フロムの素足だったら、今、この時間が黄金の時に変わるのに…」
チェコはポカンと、
「女の子の足なんて、元々、毛なんて無いんだから驚く必要もないじゃない。
色も白くて当たり前だろ?」
アドスは、ほう、とチェコを覗き込み。
「お前って、本当に山育ちなんだなぁ…」
と、感嘆した。