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スペルランカー2  作者: 六青ゆーせー
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「…チェコ、お前…」


パトスも絶句する。


チェコは己の錬金術で、睫毛を伸ばし、目をパッチリさせて、桃色の唇を手に入れていた。


「…三日に三千リンくれるんだ。

このくらい、やってやるよ…」


ハァー、と重いため息をチェコはついた。


山の英雄って言葉は、チェコ自身も気に入っていたのだが、すっかり聖歌隊のソリストにシフトしてしまっていた。


「可愛いわよ、チェコ」


フロル・エネルは真顔で言うのだが、それは全く、チェコの求める称賛の言葉では無かった。


ただ、ブリトニーは、


「チェコ様!

男性は容姿よりも強さですわ。

あたくしは、チェコ様が聖歌隊のソリストになっても、逞しいチェコ様をお慕いしていますわ!」


と言ってくれ、少しチェコの気持ちも晴れた。


事実、武道大会は二週間先にまで迫っており、練習時間も増えていたが、ヨーヨーを使わないカイでは、もはやチェコの相手は務まらない。


「くそぅ!

俺だって、いつまでもパトリック一人守れないままではいられないって言うのに!」


学生に上げてもらった以上、カイはますますパトリックのボディーガードの手腕を向上させなければ、立場がない。


二年生との練習試合でも、ブリトニーやチェコは勝ちをもぎ取っている。


「現実的には、あれだけのヨーヨー使いなのだ。

そこを高めた方がいい。

チェコもブリトニーも、本職に日夜鍛えられているんだからな」


ヒヨウは言うが。


「俺も、師匠が欲しい…」


両親を失っていたカイは、元武家の誇りだけが重く背中を締め付けていた。


「ならば、一つ先輩を紹介しようか?」


最近、チェコ絡みで一年の教室に来るようになったタメク生徒会長は、カイに、四年のイエガーを紹介した。


武家の二男で、快くカイを指導してくれることになった。


カイは、すぐに武士道を重んじるイエガーに心酔していった。


早く貧民窟に向かおうと急ぐチェコに、物陰からエズラ・ルァビアンが声をかけた。


「チェコ君。

待って」


エズラに君付けされたことなど無かったので、チェコもさすがに驚いた。


「どーしたの、エズラ?」


こっち、こっち、と階段室の奥の談話スペースにチェコを招くと、


「ねぇ、チェコ君?

顧客の秘密は守るわよね?」


チェコはキャッシュの匂いを嗅ぎ付けた。


「もちろんだよ。

俺に出来ることなら何でも相談してよ!」


エズラは、小さなレース編みのハンカチを両手で握りしめ、しばらく躊躇っていたが…。


「…鼻が…」


あまりの小声に、チェコが、ん、と聞き直すと…。


「あたし、自分の鼻が嫌いなの…。

低いと思うのよ…」


「えー、別に低くはないと思うけど…」


チェコの美的センスでは、鼻は息を効率的に吸えればそれで良かった。


「あたし、芸能人のユリンガみたいな鼻が欲しいのよ」


八侯二四爵の世界では、貴族が最も重んじられていたが、演劇やサーカス、歌唱などで富を得る芸能人も、その頂点ともなれば貴族に準じるほどの扱いを受ける。


ナイトに叙された芸能人もいるぐらいだ。


ナイトは騎士だが、最下位の貴族でもあり、貴族の扱いも受ける。


ユリンガは、歌唱手としてもダンサーとしても、そしてサーカスのアクロバットとしても名を馳せた才女で、その鼻は、ツンと尖っていた。


「えー、あれがいいの?」


チェコは驚く。

ユリンガは、全体としては美人だが鼻は頂けない、と内心、思っていたのだ。


「あの高貴な鼻が欲しいのよ!」


怪我や病気の回復を目指す治療と、全く違う形にする整形は、錬金術でも、似ては見えても全く違うテクニックだった。


それは、言ってみれば、一度壊して、間違った治し方をする、というようなことになる。


「なかなか、後から元の姿には戻せないんだよ?」


本当は簡単だったが、エズラはなんとなく、そう判ったらホイホイ顔を変えそうなので、チェコは脅すように言った。


「一日でもいい。

あんな鼻になってみたいの」


そんな便利な錬金術はない。


「一応、ご両親の承諾書が欲しいな?」


「あのブルーの顔はホイホイ治しているじゃない?」


「睫毛を少し長くするとか、顔に美容的なシワを一本つけるのと、鼻の形を変えるのは、全然違うからね」


エズラは決然と。


「判ったわ!

パパの承諾書があればいいのね!」


胸を反らせて、エズラは立ち去った。


「あんな美人なのに、まだ足りないんだね…」


エズラの美への執念に、チェコは恐ろしいものを感じた。





馬車が貧民窟に向かうと、貧民窟の男たちが集まって、二人の男を威嚇していた。


大砲のガニオンと魔眼のジモンが陵墓に入れろ、と押し掛けているのだ。


昨日、パックを忍び込ませたのだが、ゴブリンを見つけられずに、チェコと友達になって帰ってきていた。


どうやらドリアンの差し金、というのは、無論、貧民も判ったし、チェコにも察せられた。


「いーかよ。

金のない人間なんて壊しても一銭の特にもならない。

大人しくしていれば怪我はさせない、と確約しているんだ。

あんたたちだってゴブリン、いない方が助かるだろ」


ジモンが説得しようとするが、住人たちは、とても貧民窟の人間とは思えない反抗心で二人を拒んでいた。


「ややこしい事になってきたな」


ヒヨウも、どうしたものか、と困る。


「俺、あの人たちに会ってみるよ!」


チェコは決然と、馬車の扉を開いた。

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