信仰
「白のアースとは、つまり信仰の結晶なのです」
牧師は語った。
チェコとヒヨウは、既に聖典の内容は解説されており、たどたどしくなら、自分でも読めた。
ただし、それだけでは白のアースは生まれないのだ、と牧師は釘を刺したのだ。
「神に感謝し、祈りを捧げ、神のお心に叶うとき、自ずと白のアースが生まれるのです」
なかなか抽象的で難しい。
「えと、俺は、なにをすれば…?」
チェコは、つい聞いてしまう。
「チェコ。
それがいけないのですよ。
あなたはもう、聖典も理解し、神のお心をお察しするだけの素養は充分にあるはずなのです。
つまり、こうも言えるでしょう。
神はもう、あなたの心の中にある、と」
聖典は、いわば神と信者との数々のエピソードによって成り立っていた。
ある者は神に己の息子を捧げようとし、またあるものは、絶体絶命の危機を、神に祈ると、山が割れる、という奇跡で乗り切る事が出来た。
牧師の説明も判りやすく、神のお心、も、そのストーリーの中でなら理解は出来る。
いかなる理由でも殺してはいけない、とか、真に手を差しのべるべきときにだけ、神は手を差し出す、とか、チェコにも答えられる。
だが、白のアースを身に宿すには、信仰が必要なのだという。
チェコは、ダリアが錬金術師で信仰など鼻で笑っていたため、教会へ通ったのも最近だし、信仰というのがピンと来ない。
今まで、そんなものがなくとも、なんの不自由もしなかったのだ。
「えー、朝、起きたときと、夜、寝るときは神に祈っているし、食事の前には神に感謝し、鼻くそだってほじってないし…」
神父は、
「必要があるのなら、鼻くそはほじっても神はお怒りになりませんよ…」
「そうなんだ!
しっこしたら手を洗ったり、野糞をしたら埋めなきゃ、って思ってたよ!」
「それは、その通りですが、それと神のお心は関係ありません。
そうですね…」
神父は小首をかしげ、
「道で困っている人がいたときに、チェコはどうします?」
「えー」
言いながらチェコは考えを巡らし、
「何か、私にお手伝いできることがありますか? 、と聞く」
「そうですそうです。
そうした心がけが、大切なのですよ」
「そうすれば、白のアースが出せるようになるの?」
「…チェコ、敬語ぐらい使え…」
パトスに駄目出しされた。
「信仰は、見返りではないのですよチェコ。
その事が理解できたとき、白のアースは宿るでしょう」
「いまいちピンと来ないんだよなぁ…」
チェコは、そうは見えなかったにしても、真剣に悩んでいた。
白のアースが欲しいのだ。
ただ、それには真の信仰と理解が必要なのだという。
「まー、慌てるな。
まだ時間はあるし、規定の講習を終えれば、必ずアースは出る」
ヒヨウは焦っていない。
エルフであるヒヨウには、既に別の神があり、白のアースは、まあオマケのようなものなのだ。
が、チェコは、可能なら、今すぐ信仰に目覚め、アースを出したかった。
後、一ヶ月で地方トーナメントは始まるのだ。
それまでにデッキも組まなければならないし、無論、組んだデッキは強くなければならない。
最悪、ゴーレムデッキにならざるを得ないかも知れなかったが、可能ならゴーレムデッキを打ち破れる、オリジナルデッキで勝負したかった。
そして。
可能なら、タッカーもマイヤーメーカーも破って、世界大会へ足を運びたい!
今年の世界大会は、あの銀嶺山の先の国、極寒のドルキバ侯爵国で行われる。
残念ながら、雪に閉ざされる前の秋の事であり、鯨を見ることも叶わないらしいのだが。
ぜひ、ドルキバラに行ってみたい!
雪の壁に閉ざされる国とは、一体、どのようなところなのだろう!
鯨の味は、どんななのだ?
ハバムートやクラーケンと同じほどに狂暴で巨大な怪物を、彼らはどうやって丸木船に槍だけで立ち向かうのか!
だいたい!
世界大会は、どんなに煌びやかなトーナメントになるのだろう?
本当はマイヤーメーカーとも、もっともっと親しくなって、色々聞きたいのだが、子供のウロウロする時間には、彼女はあまり出てこない。
バトルシップも、子供がはけた後の時間があるのだ。
いつかマイヤーメーカーが戦っているのを観戦したが、今は、公式にヒヨウの馬車でバトルシップに乗り付けているので、チェコはその時間まではいられなかった。
チェコたちは、そのまま貧民窟に向かった。
今は、祝祭日だからか、憲兵はいないようだった。
畑はずいぶん拡大し、作物も、北向の土地なりには育っている。
本当の農家のようには、芋も粟も育たないのは判っていた。
チェコも、ダリアの家の裏で、北向の畑を育てていたのだから。
それでも芽はでて、よほどの天候不純でもない限りは収穫は出来るだろう。
畑を見て、陵墓を見ようとしたチェコは、子供の獣人と出会った。
「あんた、ここの人?」
とても人懐っこい獣人だった。