新たな脅威
講義を終えて、晴れ晴れと礼拝堂を出たチェコを、物陰から呼ぶ男がいた。
例のブルー弟だ。
「あ、どうしたの?」
と、チェコは爽やかに語った。
ブルー弟は、耳深く被った帽子を取り、
「根の脱色を頼みたい…」
最初から、新しく生える毛は元の色、というのは言ってあるので、そこに文句は来ない。
大聖堂近くは大きな建物が多いが、茂みもあるので、そこに潜り込んで、脱色をした。
賢者の石を使うので、全く濡れないし、臭いもない。
ほんの数分でブルー弟は帽子が取れるようになった。
鏡を見ながら、
「うん、とても気に入ってるし、ここも満足だ」
ダミァ・ブルーは納得して腕毛を撫でた。
「ただ、一部変更したいんだ」
チェコはダミァの望むように体毛を変化させた。
ダミァの欲求はかなりのマニアックだったが、鏡を見て、
「全く君は凄いよ。
僕の望んだ通りに出きるんだね!」
自分の裸の尻を撫でた。
「チューニングさえさぼらなければ、理想の体が手に入るよ」
チェコは、営業スマイルで語った。
チャリンと銀貨を手に入れ、チェコはダミァと別れる。
「…かなりの変態…」
パトスは、ダミァを気に入らない様子だ。
「いいお客さんじゃない。
もう二、三人、お客がほしいなぁ」
ランカーは、思うよりも元手がかかる仕事だった。
しかし、ダミァほど金払いも良く、色々こだわる人間もなかなかいなさそうだ。
馬車を走らせると、背後に、髪の長い男が姿を見せた。
老ヴィッキスが乗っているのを知っているのか、接近はしてこない。
一度、家に帰ってから、チェコは通りの反対側のガス灯の下に立っていた男と会った。
「え、ゴブリンを狩ろうと人を集めている?」
「ああ。
狡猾なドリアンは、それでハイロンの気を引くつもりだ」
現実には逆だったが、大雑把には事態は把握していた。
「だが、そういう話しは、俺の耳に必ず入る。
だが、憲兵には逆らえない…」
「まあ、そう心配は入らないだろう。
召喚獣ならともかく、野生のゴブリンを倒すのは、単体でも難しい。
しかも、あそこのように村になっている上、陵墓もあるのでは軍が動いても、落とせないだろう」
ヒヨウは冷静に判断した。
が、長髪の男は、
「しかし、それで怪我人でも出れば、軍も動くかもしれん」
せっかく作った池や畑が取り上げられてしまう。
それはチェコも嫌だった。
証書はあるのだが、現段階ではプロブァンヌもただの下水と貧民を守らない。
何か、大きな秘密が陵墓にはあるようだが、それはまだ、まるで解明されていない。
今、下手に動かれては、全てが台無しだった。
「なんとか阻止できないのかな?」
チェコは問うが長髪の男は、
「ドリアンはどこからか大枚を持ち出してきたようだ。
金があれば、力ある者たちが集まってくる」
この前のプルートゥやピンキーたちのような戦いの専門家というものが、この世界には存在していた。
彼らにしてみれば、ゴブリン狩りなどは容易い仕事だろう。
「プルートゥみたいなのが出てきたら、大変だね」
チェコは言うが、ヒヨウは、
「憲兵クラスの金ぐらいでは、傭兵まで雇えまい。
せいぜい灰かぶり猫クラスだろう」
チェコは、かなり上手にピンキー一味を撃退できたが、それは運によるところも大きかった。
剣の達人のはずの左手は最初の戦いで怪我を負わせていたし、右腕も出方を見極められたため、その圧倒的なパワーで一撃で押し潰されずに済んだのだ。
「まー、こう見えて、チェコはその辺の無頼者に負けないだけの力もある。
エルフも動員できるのだから、お前は敵の動きをくまなく追って、知らせてくれ」
ヒヨウは長髪の男に語った。
翌朝、チェコが学校で馬車を降りると、たくさんの女子に取り囲まれていた。
「チェコ!
コクライナ大聖堂のソリストになったんだって!」
いつもは冷静なフロル・エネルも興奮している。
女子たちは、ぜひ一声、歌声を聴かせてくれ、と言うのだ。
「喉というのは、とても繊細な楽器なのだ。
今すぐ、と急かすのはよせ」
とヒヨウが女子をなだめるが、全く効果はない。
「…うん、じゃあ、少しだけ…」
チェコは、いつもは封印している、女より高い声、で聖歌を一節、歌った。
女の子たちは、一瞬、声を失い、そして大感激した。
「素晴らしい歌声だわ!」
大騒ぎする女子たちを、
「ほらほら…」
と女の子たちを押し退けて、生徒会長タメク・ストロンガが、チェコを救いだしてくれた。
「彼は、我がコクライナ大聖堂の星になる子供なんだからね、玩具にしないでくれ」
と、やんわり笑顔で女子を退けて、校舎に送り届けてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「なーに、気にすることはない。
君はこれから、もっと凄い人気者になる。
その前に、少しだけ美容についてレクチャーさせてくれ」
タメクは、チェコの肩を抱くと、そのまま教室の一室に入っていった。