聖歌隊
祝祭日の朝、チェコは忙しかった。
聖歌隊としてコクライナ礼拝堂に立ち、それからヒヨウと白アースの講義を受けるのだ。
「確かに俺はタメクを好きではない。
向こうも、俺を好きではないだろう。
だが、互いにエルフの利益のため努力している点では同じだし、お前は俺に引きずられてタメクを敵対視してはいけない。
なんと言っても自分の学校の生徒会長なのだからな」
言われ、チェコは晴れがましい老ヴィッキスに連れられて、コクライナ礼拝堂へ向かったのだ。
聖歌隊は三十人ほどのメンバーで、幾つかの声質に分かれてレッスンをし、やがて九時から本番になる。
チェコも何度か来ているので、聞いた歌は歌うことが出来た。
「驚いたな、よく曲が頭に入っている」
最高音のグループは、チェコと同じぐらいの子供が多かった。
同級のラリーもいたので、気は楽だ。
「俺、十三にしては声が高すぎるんじゃないかと思って、普段低く喋ってたんだ」
チェコが言うと、一つ上のハフナーも、
「僕も普段は、こんな声で使用人に話すんだ」
と低い声自慢が始まった。
練習の指示をするのはエルフで、タメクの使用人らしかった。
「ほらほら、もう一度、やるからね」
たぶん、このリーダーとは仲良くなって、普段のタメクの事をヒヨウに教えれば、ヒヨウの役に立つだろう。
練習は和やかに進み、
「ではチェコ君、一人で歌って見てくれ」
歌には自信があったので、チェコは全力で歌った。
「ほう、良い声だな」
遠くで、タメク・ストロンガが声をかけてきた。
「ソリストにもなれるかもしれないぞ」
チェコは眉をひそめて、
「ソリスト?」
「ああ。
普段はしないが、一人で歌うんだよ」
あまり意味は判らなかったので、チェコはふーん、と空返事をした。
が、タメクは勝手に近づいてきて、ピアノ合奏をする。
チェコは、村の祭りで覚えて、楽譜は読めた。
三十分も練習すると、タメクはチェコの顔をしげしげと眺め、
「化粧をすれば映えそうだな」
と髪もいじり、
「次の生誕祭の時、ソリストでやってみよう」
周りは驚愕したが、チェコは事の重大さには気がつかない。
「チェコ。
もう一段、高い声が出るだろう。
やってごらん」
チェコは、普段は封印している、女より高い声を出して、周りを驚かせた。
「チェコ!
君、ソリストなんて凄いよ!」
ラリーが喜んだ。
「そんな…」
言って、ん、ぐ…、と顔をしかめたチェコは、改めて一段声を低くして、
「そんなに驚く事なの?」
「生誕祭はヴァルダヴァ王もいらっしゃる大変な祭りだよ!
君は、君だけの衣装をつけて、一人で歌を披露するんだ!」
「俺、この声を馬鹿にされたことがあって、出さないようにしているんだ…。
みんなの前で、って嫌だな」
リコ村の悪夢が、チェコによぎった。
「心配ない。
君は、全ての女子の心を掴むよ」
タメクの使用人、オトは穏和な性格で、チェコを激賞した。
「えー、そうかな…」
リコ村で女の声、等と馬鹿にされた記憶が、チェコを苛む。
「ソリストは聖歌隊の花形なんだ。
タメク生徒会長も声変わりまではソリストをして、それは凄い人気だったよ」
人気者になる、というのは悪くはない…。
チェコの心は揺れた。
が、本日の聖歌隊の業務もあった。
チェコは、牧師の説法を後ろで聴きながら、タメクの指揮で歌を歌った。
タメクは、不意にチェコ一人を指揮棒で差して、高音を出すよう指示を出した。
チェコは、封印していた最高音を披露し、大喝采を浴びた。
「チェコ!
素晴らしい歌声でしたわ!」
エズラ・ルァビアンがチェコの声を激賞した。
「え、男らしく無くなかった?」
チェコは、半信半疑だ。
他の女子も集まる。
「まさに天使の声ですわ!」
「見て、この子、顔も、地味だけど天使のように美しいわ!」
チェコは自分の容姿を綺麗だ、等と言われたことはない。
汚い錬金術師の拾われ子、だったのだ。
「まさに天使!」
等と誉められ、ふわふわとしているところをヒヨウに捕まり、講義を受けた。
「俺、綺麗なんて言われたの、始めてだよ…」
チェコは、講義が終わっても、未だ、地に足がついていない。
「おそらく、タメクはお前を気に入ったはずだ。
可能な限り接近してくれ」
うん、判った…、と夢心地で呟いてから、
「あれ?
ヒヨウ、タメクは嫌いだけど、悪い奴じゃない、って言ってたよね?
俺、なんでタメクを調べるの?」
やっと素に戻る。
「タメクの背後に悪いものがあるかもしれない。
ただ、お前は何も知らずに、タメクも信頼し、付き合うと良い。
女の扱い方などは、俺より数段、上手のはずだ」
とヒヨウは教えた。
「ただし、人間関係など、いちいち俺に教えてくれ。
悪い奴も、奴は意図あって付き合っているのだからな」